※幼馴染パラレル

バナージが目を覚ますと、もうとっくに太陽が昇りきっている時間だった。コロニーに住む自分がこの表現を使って時間の所在を探る事に若干の違和感を感じるが、ならば他に何と表現しようか、と考えて直ぐに止める。何となくバナージには、コロニーがこうして明るい事も、薄暗い部屋がスイッチ一つで明るくなる事も大差ない事だと思えたからだ。いつも以上に緩慢な動きでベッドから身を起こすと、不意に、ホントに微かながらではあるものの、自分の部屋では馴染み無い香りが花を掠めた。そしてバナージの脳がその香りを認識した瞬間、さっきまでの緩慢さとは打って変わった俊敏な動きでこの寝室のドアを音を立てながら思い切り開いた。

「バナージ、扉は静かに開けて」

リビングのソファーに平然と、さも当然と座っていたのはオードリーで、バナージはああやはり、と納得しかけていや待てと首を振る。バナージの一人芝居宜しい動きを最初は不思議そうに眺めていたオードリーはふと思い出したように立ち上がると、今度は迷いもなくキッチンに向かって歩き出す。一人暮らし用のさほど広くないこの家で迷うなどまず実際有り得ないが、彼女は些か慣れすぎているくらいだ。

「朝ご飯用意してあるわよ、食べる?」
「あ、ありがとう」

今度こそバナージはオードリーのペースに流された。顔だけ洗って来る、と告げて洗面所に足を向ける。休日に朝食を取るのは随分久しぶりだ。一人暮らしのバナージは、一人とゆうその環境故に面倒くさいとゆう感情に幾分正直な性格をしていた。注意指導をする親の様な存在が身近にいない事が主な原因で、周囲のクラスメイト達は口喧しい人間が側にいないことをしきりに羨ましがっている。しかしそれは少し間違ってるとも言えた。確かにバナージはその一人暮らしの特性上、面倒くさいとゆう感情に従いやすいが、最後まで従い続けてそのしっぺ返しを食らうことも多い。そんな彼を、オードリーは容赦なくダメ人間と吐き捨てた。そんなダメ人間バナージの元にこうしてやって来ては、口喧しくお説教をしたり世話を焼くのは多分彼女の真面目な性格なのだろう。多分、自分が親と一緒に暮らしていたらこんな感じだろう。さしずめ、今のオードリーはぐうたらは息子を甲斐甲斐しく世話する母親か。苦笑しつつ、タオルで顔を拭きリビングへ戻る。ソファの前のミニデスクの上には朝食のサンドイッチが置かれていて、そのソファに座っているオードリーはテレビのリモコンの
接続が悪いのか、難しい顔で手にしたリモコンを振ったり叩いたりしている。
オードリーの隣りに座ると、少し痛んだソファからギシギシと音がする。以前オードリーがこのソファのくたびれた感じが好きだと言っていたのを思い出して、バナージは頭の隅でこのソファにはそっと座ろうと思っていた事を思い出した。
小さくいただきます、と言ってサンドイッチを咀嚼する。トマトの酸味が口内を刺激する。美味しい。そうオードリーに告げるべきだろうか。手に持ったサンドイッチを見詰めながら考える。咀嚼。その運動をひたすら繰り返すバナージを、リモコンを弄る手を止めて眺めていたオードリーはふと思った。

「ねえバナージ。私たちまるで夫婦みたいだわ」

そう口にした瞬間、バナージの手にあったサンドイッチがぼとりと音を立てて床に落ちた。







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