※大→まる、杉→←たま

揺れる木々の影が作る冷たさが好きだった。
涼む振りをしては、灼熱とも呼べる日差しの下を駆ける彼の姿を探しているのだ。
ひたむきになれる物がある人はきっと誰もが素敵な人。
だけど恋と云うフィルターを通して見る世界ではいつだって杉山君だけを素敵な人として映し出す。

「たまちゃん、見過ぎだよ?」
「え、」

茶化しながらも優しい声を出すまるちゃんの言葉で、私は漸く自分が部活中の杉山君を露骨に凝視していたことに気付いて慌てて視線を外す。
いけないことをしていた訳ではない。
だけど私はこの気持ちを杉山君に伝えたいとは何故か思っていなくて。
だから周囲に私が杉山君を好きだと悟られてしまうような行動は極力避けておきたかった。
まるちゃんに、自分の正直な気持ちを打ち明けた日、まるちゃんは優しく笑って、たまちゃんのしたいようにすればいいと言ってくれた。
だから今みたいに私の無意識な視線に気付かせてくれたりもする。
視線の先の杉山君は、いつだって沢山の女の子達から熱い視線を送られているから、きっと私一人の視線になんか気付きもしないのだろうけど。

「暑いのに頑張るよねえ、サッカー部」
「うん、熱中症とかにならなければ良いんだけど…」

校舎から近い水飲み場、上履きのまま行ける場所の木陰から眺めるサッカー部は少し遠い。
膨張した空気の中ではキャプテンらしき人物の大声も籠もってしまって広がらない。
年々暑くなっているような錯覚を齎す程の暑さに、木陰で涼んでいても自然と汗は浮かぶ。
隣りのまるちゃんはさっき程から手で自身を扇いでいるがあまり効果は無いのだろう。とうとう水道の蛇口を捻って水に触れようとしている。

「…ぬるーい」
「水道、直射日光だからね…」

この時期、屋外の水道はどこも温い水しか流してはくれなくて、生徒はどんどん校舎内に避難してしまう。
春から初夏に掛けて、遠くからでも外に出てサッカー部を眺めている女子は多かった。
その大半が帰り道の途中というものではあったけれど。

「たまちゃーん、」
「なあに?」
「まるこはたまちゃんが大好きだからね」
「え?」
「たまちゃんが杉山君に取られちゃうのは寂しいな」

サッカー部の方を眺めながら、まるちゃんはポツリポツリと言葉を紡ぐ。
内容とは裏腹に、まるちゃんの顔は楽しそうだった。
私は確かに杉山君が好きだけれど、杉山君はきっと私のことなんて地味な女子の一人としてしか認識していないと思うよ。
まるちゃんの前でこう自己評価を述べる度、まるちゃんは顔を歪めて私の言葉を否定する。
たまちゃんは可愛いんだから自信を持って。たまちゃん本当はもてもてなんだよ?
これはまるちゃんの私に対する言い分だった。そして私は、まるちゃんにこそこれと同じ文句を返してあげたいのだった。
昔から男女分け隔てなく友達を作ってきたまるちゃんだけど、中学、高校へと時間は流れて、一体何人の男子がまるちゃんへ向ける感情を友情から恋情に変えて行ったのだろう。
そして、そんな男子達の気持ちには微塵も気付かず、まるちゃんはいつまで経ってもまるちゃんのままだった。
それが私には、実は凄く嬉しいことなのだと、まるちゃんは知らないのだろう。

「大野君と一緒に帰れないかなあ」
「ええ!?」
「そしたら杉山君にたまちゃん家まで送らせるのに」
「もう、まるちゃんったら!」
「冗談、冗談」

おどけるまるちゃんは本当に変わらない。
もう何年も前から大野君はまるちゃんのことを一人の女の子として見ていると云うのに。

「あのね、まるちゃん」
「んー?」
「私もまるちゃんが大好きだから、まるちゃんが大野君に取られちゃうのは寂しいの」
「はい?何でまた大野君?」
「だからまるちゃんは今日は私と一緒に帰りまーす」

続いて私もおどけてみせればまるちゃんはそれっていつも通り、と笑った。
それに釣られて私も笑う。
人気のない夏の暑さだけが覆う空の下、乾ききった水飲み場には、私達の笑い声が響いている。







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