「気に入らないんです」 そう呟く春奈の表情は、生憎源田には彼女の前髪が邪魔をして、確かめることは出来ない。 源田の部屋、源田のベッド。その上で源田に馬乗りのような体制で彼を縛する春奈の態度は大きくて、横柄で、だけど今にも消えてしまいそうな程に小さい。 下から手を伸ばして頬に触れれば、指先が微かに濡れる。数秒、今度は源田の頬に春奈が零した涙が数滴落ちた。 「春奈?」 「気に入りません」 何が、と問えばきっと、春奈は本格的に泣き出すだろう。 他者が他者を言葉なしに完璧に理解することはきっと不可能だ。 今の源田には、春奈の行動の意図は読めないまま、だけど彼女の気持ちの揺れ幅だけは簡単に分かってしまえる。 春奈の涙も笑顔も、きっと源田の次の言葉次第で、それが微細な優越感を以て彼を満たしている。 「源田さんは、ちゃんと私に愛されています」 「ああ」 「だから、他の女の子からの気持ちなんて無視して下さい」 「ああ」 「……我が儘ですか」 「いいや?」 絶対嘘だ、と恐らく罵声だとか涙だとかを奥歯で噛み殺して、春奈は源田の胸に頭を押し付ける。そのまま春奈を抱き締める源田の視界に、ふとごみ箱から僅かにラッピングされた袋が映り込む。 練習試合の後、自分のファンだという見知らぬ女子に押しつけられた差し入れ。手作り感満載のそれを、源田は申し訳ないとは思いながら食べることなくゴミ箱に放り込んだ。相手が見ていなくても、食べれば少なからず好意を受け入れてしまうことになるような気がしたから。 「…春奈、」 「……はい」 「次からは、ちゃんと断るよ。受け取らない」 女心には大分疎いと言われる頭で考え突き詰めた結果。たぶん、自分が春奈を不安にさせた。自分と春奈が時間を共有する空間に、春奈の知らない女子の気配を存在させた時点で無神経だったのだ。 だが春奈は源田の胸におでこを付けたまま違うと首を横に振る。 「良いんです。それは別に良いんです」 「でも春奈はこうして嫌な想いをしてるだろう」 「これは私の問題です。私がもっと自信を持てれば良いだけの話です」 「なら、春奈が自信を持てるくらい春奈を愛するのが俺の役目だろう?」 「気障ですよ、それ」 源田に表情を見せないまま。それでも漸く笑ってくれた春奈に源田も少しだけ安堵する。 焼き餅、つまりは嫉妬を醜いと認識する春奈はいつからかその感情を押し込めようとばかり考えていた。やけにモテる源田の側で、幸せの笑みを浮かべながら、時折目を伏せて不安に耐えようとしていた。 「源田さん、」 「うん?」 「好きです、大好きです、愛してます」 「俺もだ」 源田に抱き締められた形のまま、漸く肩の力の抜けた春奈を、少し力を込めて抱き締め直す。 痛いです、と空気と共に吐き出された言葉に浮かぶ喜色に源田の頬が僅かに緩む。 嫉妬されるのが嬉しいなんて言ったら、春奈は怒るだろうか。日々の態度から、自分が春奈にどれほど愛されているか。それは源田も十分承知している。けれど、やはり嫉妬というものは意図して行うものではなく無意識に生まれてくる感情だから。潜在的な部分からも春奈に想われているような気がして、正直嬉しいと思ってしまった。 「源田さん、眠い…」 春奈は言葉の途中で既に瞼を閉じている。 眠ればいい。出来るだけ優しい手つきで頭を撫でてやる。 次に春奈の目が覚めた時、春奈をうんと甘やかしてやろうと思う。ふにゃり、と微笑む春奈を腕に閉じ込めたまま、源田も目を閉じた。 ←→ |