俺の中に在る最古の彼女に対する記憶は、俺が憧れてやまなかったあの人の隣に立っている姿だった。それはあの頃の俺にとって当たり前の光景で、つまりそこが彼女の定位置だと思っていた。
太一さんと空さんが、俺より先に中学生になるのは至極当然のことだった。だけど、空さんが太一さんから離れて一人でテニス部に入ったことは、当時の俺にとって凄まじい衝撃でもあった。そんな俺に、空さんは中学校には女子サッカー部はないのよ、と言って笑っていたけど、俺は全然笑えなかったし納得も出来なかった。だったらマネージャーやれば良いじゃないっすか、とは言わなかったのは、やはり俺にとっては空さんは一人のサッカープレイヤーとして認識されていたからだろうか。
俺の記憶の中の空さんは、感情豊かな人ではあったけれど、大半は笑顔で太一さんの隣にいた。面倒見の良い人だったから、彼女の笑顔はいつだって優しく俺の記憶の中に残り続けた。

「俺、空さんは太一さんの隣でずっと笑ってるんだと思ってました」

久しぶりに会った空さんは、あのクリスマスの日からずっと、ヤマトさんの隣に在り続けていた。そこにあるのは、記憶の中の笑顔に比べて少し穏やかな表情だった。唐突過ぎる言葉に、空さんは少し首を傾げた後、直ぐに昔のように呆れたような、それでいて優しい表情で俺を見た。

「私も、心の何所かでそう思ってたわ」
「太一さんの事、好きだったんすか?」
「そうね、あの頃は、きっと」

そのあの頃を思い出しているのであろう、空さんの横顔は。俺たちが一緒にデジタルワールドを駆け抜けた頃に比べて、幾分大人びていた。そう感じるだけの時間が、確かに流れたのだと、こうして昔の仲間に会う度に感じてしまう俺自身、あの頃に比べて年寄りくさくなったね、とこの間タケルに言われたばかりだ(大人になったと素直に言葉を選ばないあたりが実にアイツらしいと思ったのも記憶に新しい)。

「太一の隣では、笑っていられた」
「俺の記憶の中だと、二人セットで笑ってるイメージしかないっすね」
「ふふ、でもね。だから、私は太一の前で、泣いたりとか、弱音吐いたりとか出来なかったし、したくなかった」
「・・・だからヤマトさんだったんですか?」
「だから、じゃあないの。」

そこで言葉を切ったまま、空さんは暫く言葉を紡ごうとはしなかった。多分、彼女自身、上手く表現できないのだろう。俺だって、空さんが太一さんの代りにヤマトさんを選んだなんて思ってないけれど。ずっと、どうしてヤマトさんなんだろうな、とは思っていたのだ。多分、俺達は、特にタケルとヒカリちゃんとかはそう思っていたと思う。でも、きっと俺達には入り込む事の出来ない絆が、太一さんと空さんにはあって。そしてそれとは違う形で、太一さんと空さんとヤマトさんの間にも、強い絆があったのだろう。
だから、いくら年寄りくさくなっても未だ餓鬼っぽい俺には、太一さんと空さんが離れてしまった理由とか、空さんがヤマトさんを選んだ理由とか、全くこれっぽっちも分からないままなのだけれど。空さんの左薬指に光るシルバーリングに、一点の曇りも見つけられないのだ。
そしてきっと、それが正解。





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