俺を軽々と抱き上げたり、毎日お菓子を用意して待っていてくれたり、一つ年を取る度に贈られたプレゼントを思い出しながらそう言えば自分は随分彼女に甘えまた甘やかされて生きてきたものだと思う。身内の母親や姉というよりも近所に住む気前のいいお姉さん気質だったベルギーを、警戒心も抱かず慕った。時には、いや確実にスペインよりも彼女の方に素直な自分を見せていた時期があった。見下ろすようでいてさりげなく身を屈めて自分の言葉に耳を傾けてくれる彼女の優しさと親身さが嬉しくて。抱きあげられる気恥しさに耐えてもその温もりに包まれる心地よさを選んだ。
好きだった。それは間違いなく自分がベルギーに向ける気持ちを形容するに相応しい言葉だったのに。身長ばかりが伸びても涙腺は変わらず緩く怖がりな自分をベルギーから遠ざけてしまいたくなった。今更どんな格好を付けたって覆えはしないありのままを晒し続けていたにも拘わらず。

「ロマーノはいつまでたってもかわええなあ」
「…嬉しくないぞ」
「男の子やねえ」

ずっと成長する過程を共にしては当然の結果なのだろうか。家族と他人を別つ境界線の合間で疑似家族のように過した自分とベルギーは、きっととても近しい関係なのだと思う。その形は、明らかに今自分が求めている形とはその形状を異としている。それでも自らの力で現状を打破しないのは結局自分の弱さと結果を既に突き付けられて受け入れているからだ。
ベルギーは、きっと未来永劫自分を異性の男としては見ないのだろう。例えば今。ベンチに並んで座っていて、不意に俺が彼女の頬に口付けを贈っても、彼女は俺が昔みたいな甘えたさんに戻ってしまったのかと陽気ににこにこ笑ってそして俺の頬を突つくのだ。抱きしめたって、そう。

二人きりで話すのは、当然ながら久しぶりだった。誰かに支配されない暮らしというのはやっぱり素晴らしいけれど、それまで当たり前に傍にいれた相手と予定を合わせなければ顔すら合わせられないのは不便ではないが寂しい。ベルギー同様に、未だに俺を子ども扱いすることをやめないスペインが、何年経っても俺の頭を撫でるのをやめない気持ちが、実はほんの少しだけ分かる。隣りに座るベルギーが、顔を合わせる度にもうとっくに成長期を終えた自分をやたらと褒めちぎるのもきっと同じ理由からだろう。戻れないし、戻りたくないけど、懐かしくて、優しくて、いつまで経っても捨てられない記憶ばかりが俺達を結んでいる。
各々の交流は決して絶えないけれど。こうしてベルギーと一緒にスペインの自宅に再び訪れる日が来ることは、いつかあるだろうと考えながら自ら進んで計画しようともまたしてこなかった。昔に比べたら当然こじんまりとしてしまったスペインの自宅の庭には相変わらず立派なトマト畑がある。そして庭の片隅にぽつりと置かれたベンチに彼女と腰かけながら見飽きた、けれど懐かしい客人を歓迎する為にとびきり美味しいトマトを収穫すると一人畑作業に勤しむスペインを眺めているのだ。そんな吟味しなくたって、どうせどれも美味いに決まっているのに。馬鹿だなあ、と背もたれに体重をかけてずるずると座り込む俺とは対照的にベルギーは少し浅めに腰かけて頑張れだなんて少し的外れな声援を畑に向って掛けている。

「今晩はトマト尽くしやねえ」
「パスタ食べたい」
「スペインが絶対ロマーノの為に作るやろ」
「ピザも作らせる」

恙無い会話は楽だ。難しい言葉なんて考えないし使わないから。だけどあの頃、一体俺は彼女とどんな会話をしていたんだっけと思い返そうとすれば今と大差ないはずなのにどれもはっきりとしない。きっとガキで呑気な俺は他愛なさすぎたのだ。忘れてしまっただけで、当り前の様に彼女に好きだなんて言っていた時期もあったのかもしれない。今では冗談でも言えないけれど。
俺はベルギーが好きだ。それは昔からのこと。だけど、スペインがベルギーの傍に居るのを眺めながら、自分よりも当然釣り合いのとれた似合いの二人に映ることに安心する自分もいた気がする。この二人が幸せであるならば自分もきっと幸せなのだと。我が物顔で三人一組で自分達を勘定していた。スペインはきっと、ベルギーのことが好きなのだろう。自分が憧れと恋心の間を絶えずぐらぐらしているように、奴もきっと家族愛と恋心の間を行き来しては勝手に家族愛でなくちゃいけないとか思って一人悩んで隠してへらりと笑っているんだ。スペインのその笑顔は案外下手くそで、俺とベルギーには通じないんだけどな。

「ベルの作った菓子食いたい」
「お、じゃあスペインに台所借りなあかんね」
「作ってくれんの?」
「ん!可愛い可愛いロマーノの為や」
「…だから嬉しくないぞちくしょー」

勝手知ったる頃の家とは造りが違う。それでもやっぱり知ったる家なのだろう。スペインに二言三言声を掛けた後、ベルギーは一人家の中に戻って行く。買い物に行く必要がない時点でスペインの台所にお菓子作りの材料があるのかとか、あるとしてそれは何でだよとか、どうしてそれをベルギーが知っているんだよとか、疑問はどんどん浮かんで来ては答えを弾き出し掛けてそこで止まる。多分答えは正解と間違いの間。普段通りの自分達の関係のままなのだろう。都合の良い憶測がいつだって正解だから甘えてしまう。憧れよりも恋心に近づきながら理想の男女像までも同じ他人に押し付けて一人悩むのだから馬鹿馬鹿しい。
ベルギーの菓子を食べ過ぎて、スペインの料理が食べられないなんてことにならないようにしよう。それより夕飯を作るのを手伝ってやろうか。最初は変な顔をされるだろうが、きっと笑って喜んでくれるだろう。スペインもベルギーも昔から変わることなく俺に甘いのだから。そしてまだ、俺はそんな曖昧な関係に包まって夢を見ている。






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