朝、目が覚めると家には誰もいなかった。寝ぼけ眼をこすりなが冬樹は家中を探したが母や姉は勿論、普段なら家事に勤しんでいるはずのケロロまで姿が見えなかった。また何か企んでいるのだろうか。首を傾げ、部屋に戻り着替えを済ませる。しんとした部屋の時計は正午より少し前を示していた。予定もない休日であるが故、焦る理由もなかった。リビングで朝食兼昼食を済ませる。器に盛ったフレークに勢いよく注いだ牛乳がテーブルの上に点々と跳ねていた。布巾を探せば流し台の端に畳まれて置かれていた。持ち上げていたスプーンを下ろして立ち上がる。食べ終わってからでも良かったかもしれないと今更ながらに気付き、だが立ち上がってしまったものは仕方ないのでそのまま布巾を手に席に戻る。一人きりだと、こんな些細なことが随分億劫に感じる。耳を澄ましても、物音一つしない。時折吹き抜ける風が、既に干された洗濯物を揺らす気配だけが漂っていた。この分だと、ギロロも庭のテントにはいないのだろう。まあ、隊長であるケロロがいないのだから、ある意味当然かもしれない。母の秋が日曜日に出勤していることだって、別段珍しいことでもない。

「…姉ちゃんは、どうしたんだろう?」

 思わず音に乗せていた。予定があるなら、前もって知らせてくれるはずだ。分担した家事の折り合いもある。尤も、ケロロが日向家にやって来てからは夏美にも冬樹にもだいぶ余裕が出来た。突然やって来る誘いに応じる機会も増えた。だから今日は、偶々突然遊びに誘われて、でも冬樹は寝ていて、だから夏美は何も言わずに出掛けてしまった。そういうことなのだろうか。充分納得出来る理由ではある。そうなると、もう一つ分からないこと。

「軍曹はどこ行っちゃったのかな…」

 地下の秘密基地だろうか。それにしたって静かすぎる気もするけれど。休日に冬樹が起きると、ケロロは大抵割り振られた家事をこなしていた。洗濯や掃除。夏美は早起きしても殆ど自分の当番でなければそれらを手伝わない。だから結構時間が掛かるのだ。ケロロの掛ける掃除機の音で冬樹の目が覚めることだって頻繁にあることだった。だが今日に限って言えば、目覚めるまで一度も眠りを妨げるような音は聞こえてこなかった。一体どうなっているのか。深く考え過ぎだと思うものの、相手が相手であるだけに思考を停止することも出来ない。
 気になるなら、確かめて見ればいい。最も短絡的で確実な方法を実行する為に、急いで使用した食器をシンクに置く。放っておくと後で夏美に叱られそうだとも思ったが、今はそれどころではないのだと勝手に増築され日々拡大する一方の地下基地へと急ぐ。バタバタと足音を鳴らしながら司令室へ駆ける。自動扉が開くのと同時にそのまま駆け込めばそこは蛻の空だった。普段ならばほぼ常駐しているはずのモアの姿も見当たらない。少しの駆け足で息を乱した冬樹の思考は徐々に疑いを深めると同時に焦りや不安がこみ上げてくる。あり得ないと首を振りながら、ひとりぼっちの単語を打ち消そうとする。ひどく緩慢な動作でリビングまでの道を戻る。いつもの倍は時間を掛け、リビングに辿り着く。もしかしたら誰か帰って来ているかもと云う冬樹の淡い期待は、閑散とした部屋が見事に打ち砕いた。ぼすん、とソファに体を投げ出す。久しぶりに時計を見れば午後二時を少し回った辺りだった。

「こんな静かだったんだ…」

 呟きは容易く沈黙に溶けた。一人で留守番出来ないような年齢ではない。ケロロが来てからだって、冬樹が自宅に一人残るケースが無かった訳でもなかった。だがその時は、みんながどこに行くのか聞いていたし、いってらっしゃいと見送ることだって出来た。それだけでだいぶ気持ちが軽くなれるのだと、冬樹は今初めて実感した。
 賑やかな部屋に慣れきって、楽しい時間に浸かり過ぎて、今の冬樹は空っぽだった。何をしたいのか、何をすればいいのか、全く分からなくなってしまった。ぼんやりと天井を眺めているだけでも時間は進む。だがその体感速度は一人だと圧倒的に遅かった。なんならもう一度眠ってしまおうとも考えたが、昼前まで寝ていた体は生憎これ以上の睡眠を求めていないみたいだった。ソファに横になり、足をぶらぶらとばたつかせながらじっと時計を見詰める。一向に進まないように感じるそれを見続けることが段々と苦痛になり、クッションに顔を押し付けた。時計の秒針の音しか聞こえない。そんな空間に、冬樹の孤独は益々増長していくような気がした。
 どれくらい、そのままでいたのか、冬樹には分からない。だが恐らくそれほど時間は経っていないのだろう。予想を確かめることもせず、冬樹は動かずにいた。僅かな音でも拾おうとして、ひたすらに耳を澄ます。
 すると、玄関の方から微かに物音がした。会話声に混じって鍵穴を動かす音。それを認めた瞬間、冬樹はがばりと身を起こしそのまま玄関へと駆け出した。やはり会話声はこの家の玄関前から届いていた。複数の影を確認し、冬樹が扉を開けようと手を伸ばした瞬間、外から扉は開かれた。

「ただいまー」
「姉ちゃん!」
「わ、何冬樹、出掛けるの?」
「おかえり姉ちゃん!」
「?ただいま」

 冬樹の歓迎の熱に、帰宅した夏美は不思議そうに瞬く。そんな彼女の後ろに、地球人スーツを装着したケロロとギロロの姿が見えた。彼等の傍らにはモアの姿もある。途端、冬樹の胸に安堵の波が広がった。

「どこ行ってたの?」
「この間出来たショッピングモール。色々買いたいものがあったからアイツ等荷物持ちに連れてったの」
「なんだ…そっかあ、」
「冬樹?」

 やはり、普段の日常から逸脱した理由などありはしなかった。夏美に指さされた荷物持ちの二匹は、休日にも拘わらずスーツ姿と言う出で立ちで疲れきっていた。休日のショッピングモールである。大層混み合っていたに違いない。

「そういえば、帰り道で桃華ちゃんに会ったわよ」
「西澤さんに?」
「暇だったら遊びにおいでって誘ったら是非、って言ってたから、もうちょっとしたら来るんじゃないかしら」

 既に靴を脱いでリビングに入っていく夏美を、冬樹は慌てて追い掛ける。桃華が来るならばタママも一緒に来るだろう。そうしたらケロロも一緒にお茶の席に加わって、過ぎた悪ふざけをギロロと夏美が叱りつける。そんないつも通りが頭に浮かんで、冬樹の頬は無意識に緩む。賑やかな、恒常的な休日はこれからだと思うと、今日一日が素晴らしい一日のように、冬樹には思えるのだ。取り敢えず、桃華が来る前に、シンクに置いたままの食器を洗ってしまおう。そう思いながら、冬樹はキッチンへと歩き出した。



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それで星はどこへ行くのよ
Title by『ダボスへ』





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