※雰囲気微裏注意



 恋は盲目なんて言うけれど、それって絶対嘘だと思う。恋をしたって、自分とその対象者を中心に据えて後は排他するだなんて不可能だ。寧ろ恋なんかするから余計に周囲の目線だとか、自分の気持ちが無関係な人間にバレていないかだとか余計なことにまで気を回してしまうんだ。それは単に人間関係が面倒くさくなってしまっただけなのに、まるで恋そのものの成就がエラく困難であるかのような錯覚までプレゼントしてくれる訳だ。人間の被害妄想は本当に厄介だと思う。
 基本的に他人に合わせるとか、気に掛けるとか意識して行ってこなかった。恋も、たぶんしてこなかったんだと思う。もしかしたら気付かなかっただけで初恋とかは近所のお姉さんとかで済ましてるかもだけど。少なくとも俺の記憶の中にはない。だからって別に女の子に興味がなかった訳じゃない。自分の好みに合えば可愛いとか綺麗だとか、ちゃんと思うし、言葉にだってする。でも当然、好みだからってそれがイコール恋になる訳ではない。女の子だから好きになる訳でもないのだ。勿論、男の方が好きなんて言ってる訳じゃ、断じてない。
 だって、今俺が抱いているのは紛れもなく女の子なんだから。俺の、彼女の、日向夏美ちゃん。

「…サ…ブロ、せ…ぱ…?」
「ん…?夏美ちゃん、どうかした?」

 夏美ちゃんはもうだいぶ前から呂律がちゃんと回ってない。生理的なのと、混乱とか怖いのとかが混ざってか涙もずっと大きな瞳に浮かんだままだ。涙の膜が光を受けてゆらゆらと彼女の瞳を揺らす。普段のアクティブな姿からは到底窺えない虚ろな表情に興奮してるなんて、自分の性癖に少し呆れる。まあ人間だし、好きな子を抱いている訳だし、多少変態になっても仕方ないと自分で自分を擁護しておく。
 夏美ちゃんのいつもの様子と、こうして情事に及んでる今とのギャップに気付く度に俺の中には俺と彼女以外の存在が脳裏にちらついて落ち着かない。
 弟の冬樹君は、夏美ちゃんのこんな姿想像もつかないんだろうなあ、とか。寧ろ知ってたら怖いし。あの夏美ちゃんのことが好きな忍者の女の子に、俺が夏美ちゃんとこんなことしてるなんて知れたら殺されるかもとか。でも彼女はやたら嗅覚が良いから、夏美ちゃんに移ってしまった俺の匂いに気付いているかもしれない。いつも夏美ちゃんにこき使われたり仕置きされて恐れているケロロだって、こんな可愛い彼女を見たことはないだろうし。見てたら夏美ちゃんじゃなくて俺が彼をしばくけども。ああ、一番厄介なギロロはどう思うんだろうなあ、このこと。前々から敵視はされてたけど、あれは夏美ちゃんが俺のことを好きだったからで。俺が彼女をどう思ってるかは案外問題視されてなかった。夏美ちゃんと付き合い出して、何かと賑やかで落ち着かない日向家よりゆっくりできる俺の家に彼女を招く回数が増えた。だから最近、俺はギロロには会っていない。もともと、そう接点なんてなかった。クルルも別に仲間の様子を俺に報告なんてしないし、いつも通りだった。そういえば、クルルに夏美ちゃんと付き合うことになったと報告した際「物好きな奴だぜえ」なんて言ってたけど、あれは果たしてどちらに対して向けられた言葉だったんだろう。どちらにもだったら、それはそれで俺達お似合いなんじゃないかと、調子に乗ってみる。

「ねえ、夏美ちゃん、ギロロは元気?」
「んっ…ギロ…ロ?…は、ふあっ!」

 繋がっていたのを忘れていきなり動いたから、夏美ちゃんは驚いて、目を見開いて金魚みたいに口をぱくぱくさせて言葉を途切らした。自分から聞いておいてどうかとは思うけど、いくら地球人ではないとはいえ、自分の彼女のことを色恋の目で見ている男が常に彼女の傍で暮らしているなんてだいぶ癪だ。焦りはなくとも苛立つ気持ちは否定出来ない。現に、自分の質問に対する夏美ちゃんの答えなんてもう聞きたくなくてキスで唇を塞いでやった。さっきまで酸素を求めるように開かれていた口が、俺がキスをしようとして顔を近付けたらそれに応えるように閉じられたんだから、自分の都合の良いように解釈しようと思う。

「夏美ちゃんは、キス、好き?」

 キスをして、少しだけ顔を離して尋ねる。至近距離で目を合わせれば、整わない息をどうにかしようと酸素を取り込んでいる彼女の目尻から一筋涙が重力に従って流れ落ちた。それを、舌で舐めとったら思っていたよりずっとしょっぱかった。俺の質問に答えようとする夏美ちゃんは恥ずかしいのか必死に言葉を探す素振りを見せた後、結局小さく頷くことで肯定の意を示した。彼氏の前で裸で横たわっている現状よりも、「好き」と一言発することの方が恥ずかしいのだろうか。その感覚は俺にはよく分からない。でも初めてセックスした時からずっと、夏美ちゃんは部屋の電気をつけたままするのだけは嫌だと主張し続けている。俺は明るい方が、色々と楽しいのだけれど、あんまり虐めると泣いてしまうから、そこは妥協した。
 好きな異性とか、彼氏とか、セックスとか。夏美ちゃんの色々な初めてを、俺は手に入れた。それは確かな満足感を俺に与えてくれて、それを自覚した時、俺は自分の心の狭さも実感した。芽生え始めた独占欲は、残念ながらまだ若い自分には到底コントロール出来そうもなかった。年齢なんて、関係ないかもだけど。
 夏美ちゃんは可愛い。これは、欲目無い事実。そこに馬鹿な男子が群がるだけならまだ楽だ。威嚇のしようもあるし、まず負ける気もしない。だけど彼女は女子にモテるのだから困る。過度な友情が纏わりついて、頻繁に俺の前から連れ去られてしまうのだから、たまったものじゃない。何より、当の本人である夏美ちゃんは、女子供に優しすぎるのだ。全く、どこのヒーローだと思うが確かに彼女は日々地球侵略を目論む宇宙人と戦っていたと気付いて嘆息。俺としては、彼女はヒーローよりもヒロインだし、どんなに彼女が逞しくても格好良いよりも可愛い存在だ。だからこのまま小さな嫉妬が積もりに積もって運動部の助っ人を止めるようにとか、そんな馬鹿みたいなことを言い出さないか不安だったり。夏美ちゃんは、きっと困った顔をするんだろう。そんな顔も、好きだけど。笑った顔の方が、好きだから。手を繋ぐだとか、抱き締めるとか。俺だけの特権を増やして嫉妬と折り合いを付けていくしかないだろう。だって俺は夏美ちゃんの彼氏なんだから。あ、笑った顔の方が好きだけど、こうして俺に抱かれてる時のエロい顔も凄く好きなんだよね。まあ、本人には言わないけどさ。



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底辺からあなたの虜
Title by『にやり』





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