※それぞれ別々の場所で暮らしてる設定 移ろって行くことが世の中の当たり前だと思っていた。だけど、その当たり前が自分だけを置き去りにして行ってしまった。寂しくて理不尽で、しかし泣くには情けないほどちっぽけなプライドが邪魔をする。もう大人なんだからと窘めてもらうには、自分はまだ見かけは幼いのだと、毎朝洗面台の鏡と向き合う度に思い知る。 一人暮らしなんだからと怠惰を決め込んでいた生活態度は、先日仲間の二人にケチをつけられたことにより一応正された。不衛生とはまた違っていたから、何の問題もなかったのにと愚痴ばかり思い浮かぶのは寝覚めがあまり良くなかったからだろう。 住み慣れない異国に居を構えるのは、案外すんなりと上手くいった。こんな自分だから、何処に行ったって結局変わらないだろうと妥協するのは空しいけれど間違ってなんかいない。移ろわない自分は、いつだって時を見計らって流れて行かなければならないのだろう。仕方ないこと。自分だけでは無い。せめてもの慰めが用意されている内は、まだマシな方だろう。 「気分でも悪いの?」 一人の筈の部屋に響いた声は、柔らかい。換気の行き届いていない部屋に澄んだ声が行き渡ったような錯覚。振り返れば、入口から顔を覗かせるフランソワーズがいた。こういう所が、外国文化なのだろうか。たぶん、ベルに気付かなかったのは自分。それでもそこで諦めずにドアを開けて鍵が掛かっていないからと入って来てしまう所が、なんだか自分にはどうにもしっくりこないのだ。 そういえば、今日は彼女と待ち合わせをしていた。だけど、遅刻をするにはまだ大分時間の余裕がある。待ち合わせ場所だってちゃんと決めておいたのに、何故彼女は此処までやって来たのだろう。 自分の体調を窺う気遣わしげな表情の裏に、少しばかり機嫌のよくない時の彼女の顰められた眉に気付いてしまう。怒っているのだろうか。だとしても、原因になるようなことは、自分はしていない。 「…どうかした?」 「部屋、片付いているのね」 「一昨日、ジェットとハインリヒが来たんだよ」 「知ってるわ」 「そう」 やはり、フランソワーズの機嫌はあまり良くないらしい。会話の一つ一つがそっけない。女の子の扱いが得意な訳では無い。だけど怒っているなら、わざわざ部屋まで迎えに来る必要もないだろうから、やはり自分に怒っている訳では無いのだろう。 「ねえ、フランソワーズ、何かあった?」 「…そう思う?」 「うん。だけどそれが何かは、僕には分からないんだ」 「そうよね、ごめんなさい」 寂しげに俯いて、謝る彼女を抱き締める。抵抗はされなかった。だけど、いつもの様に背中に腕を回してはくれなかった。普段は便利だと思うトランシーバー機能も今は何も教えてはくれないただの役立たずだった。 戦いさえ無ければ、普通の生活を送れる。彼女と、穏やかな日々を生きていける。そんな短絡的な希望を、いつだったか抱いていたこともあった。実際に手に入れた穏やかな日常は予想よりも幾分複雑だった。仲間意識が強ければそれだけ一人になった時に心細くもなる。特に、こんな身体だったからかもしれない。 自分の周囲に溢れ返る人間と、同じように生きていける筈もなく。それでも酷く異なって生きていく必要もなかった。フランソワーズとだって、ありふれた恋人同士みたいな関係に落ち着いて行けると思っていた。 「仲間って、離れても仲間なのよね」 「…?そうだね」 「でも…、貴方は私の、恋人、でしょう」 「うん」 「だから…その…、」 急に歯切れの悪くなってしまったフランソワーズの顔を、膝を屈めて覗きこむ。いつ見ても綺麗な彼女の頬が、今は真っ赤に染まっていた。 唐突に、好きだなあと思った。もしかしたら、もしかしたらだけど。フランソワーズも自分と同じ気持ちを抱いていてくれるのではないかと、なるべく持たないよう意識してきた淡い期待とやらをしてみたくなる。 「ねえ、フランソワーズ」 「…?」 「僕は、仲間とデートに出掛けたりはしないよ」 「あ…」 「君だけなんだ。君だけが、特別」 噛み締めるように、伝えた言葉はきっと彼女に届いたはず。仲間だから、一緒にいるのが当たり前じゃない。ばらばらになって、それぞれが誰かの知らない所で交流を持ったりすることもある。疎外されている訳では無い知りながら、それでも不安になることはきっと誰にでもあることなのだ。 もし、ジェットかハインリヒが何か余計なことを言った所為で彼女がこんな不安な気持ちになってしまったのならば、それは自分にとっても面白くない事態だ。一昨日、自分と別れた後に、彼らはフランソワーズに会ったということだ。仲間だから、それは自然なこと。だけどフランソワーズの恋人である自分が彼等に嫉妬するのだってきっと自然なこと。僕も彼女も悪くない。 「…出掛けようか」 「ええ、そうね」 言葉にはしてみたものの、なかなか彼女を抱き締める腕を緩めることが出来ない。いつの間にか自分の背中に回されていた彼女の腕に気付いてしまって、それが名残惜しくて、動けない。 もう今日はこのまま家で過ごすのも良いかもしれない。幸い、珍しくこの部屋は整頓されているのだ。一昨日この部屋を訪れた二人の仲間の忠言によって。だからやはり、本当に少しだけ感謝してやっても良いかもしれない。 移ろっていく周囲なんて気にも留めずに、ただ彼女とこうしていられたら良いのに。ささやかな願いはきっと僕達だから叶えられる願いだと、そう思った。 ――――――――――― ささやかな愛だけで生きていた Title by『彼女の為に泣いた』 |