※捏造注意。
これと同軸



 ――卒業式だというのに。
 杉山の脳裏にはずっとこの言葉がちらついている。卒業式だというのに。自分の周囲ときたら相変わらず代わり映えのないこと。小学校時代からの親友である大野は一時彼の転校により離れたこともあったけれども中学校に上がる頃にはまたこちらに戻ってきたのでそれ以来変わることなく隣にいるし。しかも卒業式だというのにどこか上の空で可愛い後輩たちがしきりに話しかけているというのに視線に落ち着きがない。容姿と学力、それから運動神経と学生生活の内でその人間性を判断される殆どにおいて上物とされる要素を持つ大野は、しかし面倒見がいい性格をしていないと杉山は思っている。器用であることと余裕があることは必ずしもイコールではないのだと、杉山はこの親友を見て初めて知った。結局一人分のキャパシティーしか有さない彼は、自分のことだけで手一杯なのだ。だから誰の領域も犯さない。そしてそういう人間とは付き合いやすいと、杉山は思っている。
 手違いなのか、部員の人数の多さのせいなのか、手渡された色紙も花束も一つずつではなかった。杉山は花束が三つと色紙が三枚。大野は花束が二つと色紙が四枚だった。花束に関しては量で数との釣り合いを図っているらしく、色紙は字の大きさが極端に枚数に影響していた。荷物を増やすなよとぼやきながらも人当たりのいい笑顔で後輩とじゃれついていると、大野が「――あ、」と呟いたまま硬直した。自分たちを囲む後輩を通り過ぎた彼方を見つめているその視線の先に何があるのか――否、誰がいるのかを杉山は瞬間的に察知して、それならば後輩たちとの触れ合いもほどほどに切り上げてしまえと大野の背中を押した。彼はあっさりと手を上げて、輪を抜けて行った。
 唖然とする後輩たちを適当に言いくるめて、杉山も荷物を纏めてくるだの言い訳をでっち上げて一度教室へ引き上げることにした。学業はそれほど得意ではないが、こういうときに口先が上手く回るのは我ながら助かる。それでも杉山に付き纏う全体的なイメージは根っからの体育会系で学業の方はからっきしというものなのだからやはり周囲の印象などあてにはならない。
 教室に戻ると、机の上にはまだいくつか荷物が残っている席があるものの、誰も残っていなかった。しかし廊下には賑やかな声が響いており、寂寞に浸るような空気でもない。窓際に立って校庭を見下ろす。大野の姿を見つけるには、あまりにも雑然とした光景が広がっており杉山は早々に諦めた。彼の恋物語の結果はあとで直接話を聞こう。

「……杉山くん?」
「おお、穂波」
「さっき大野くんがまるちゃんのところに来たよ」
「ああ。あいつときたら可愛い後輩よりも超絶片想いのさくらが気になって仕方なかったみたいでさあ!」
「――もう、茶化しちゃ悪いよ」

 杉山に次いで教室にやってきたのはたまえだった。タイミングの良さに驚いたけれど、杉山の隣に大野がいることが当たり前だったようにまるこの隣にたまえがいることは長年の当たり前だった。そのまるこの元に大野をけしかけてしまったのだから、空気の読めるたまえは当然その場を辞すだろう。となれば教室に戻ってくるのも自然な流れだ。偶然だとしても、彼女のことを好いている杉山からすれば嬉しい限りだ。学校を出るまではもう捕まえられないと思っていたから猶更のこと。
 たまえはぱたぱたと、確かに響くのだけれどうるさくはない足音を立てながら杉山の隣に立った。彼女はきっと、正しく今日という日を惜しんでいることだろう。自然でどこか強すぎる感受性を、杉山は彼女の美点だと思っている。

「卒業しちゃったねえ」
「そうだなあ」
「もうこの教室も最後なんだね」
「……寂しい?」
「うん」

 飾らず奮わず静かな笑みで、たまえは窓枠を指先でなぞる。杉山は粗雑すぎないよう、しかし意識しすぎても仕方がないと彼女の頭を撫でた。
 杉山とたまえが付き合い始めたのは、杉山が部活を引退してからのことで如何にもなタイミングだったように思う。しかしそれ以前から二人と近しい人間には両想いであることが明らかな態度で日々を過ごしており、二人で帰ることもあったし休日に出掛けることもあった。お互いの親友が微妙な距離感で想いを定めかねている空気を感じながら、自分たちの雰囲気に流されて上手い具合に転ばないかと期待していたことも――結果それは無駄足でしかなかったのだが――ある。
 卒業したら、多くの友人とは疎遠になるのだろう。中学時代の別れがそれを証明しており、更に方々に散ってしまう今回は更に顕著に離れてしまうに違いない。けれどどうせ変わらないのだろうなと安堵してしまう相手がいることも事実だ。それは杉山にとっての大野であったり、たまえにとってのまるこだったり。件の二人は今頃僅かでも進展しているだろうか。

「大学生になって、生活が落ち着いたら――」
「ん?」
「いっぱい出掛けようね。一緒に」
「だなー。俺も高校三年間ほどサッカー漬けじゃねえし」
「それは何だか、変な感じ」

 繋がっている感触はお互いに抱きながら、決定打を先延ばしにしてきた。眼差しで打つ相槌は秘密めいた示し合わせとなり、融通と余裕がなければ結び合えないと思う憶病さを容認していた。
 だからこそ、待ち望んでいたのだ。こんな風に並び立って、触れ合うことを憚らないあけっぴろげな恋の着地点。

「穂波―」
「なに?」
「三年間、好きでした」
「――――、」
「これからもよろしくな」
「……よろしくお願いします?」
「疑問形かよー」
「あああ! ごめんね、びっくりしちゃって!」

 真面目な話をするつもりはなかったはずなのに。これはきっと卒業式の空気に染まってしまったのだ。杉山は笑う。たまえも笑う。別れとはどうしてこうも逼迫した焦りを生むのだろう。これからを保証しあったばかりの二人すら感傷的な気持ちにさせて、賑やかなのに寂寞を含み世界を白ませている。

「――私は、三年よりもっともっと、好きでした、よ?」

 窓からの景色を見下ろして、たまえの紡ぐたどたどしい言葉が二人の世界を切り取る。夢見心地というほど有頂天ではなかった。けれど確実に地に足の着いた人間の感覚でもないのだろう。ここは校舎の三階。校庭を埋める人影は小さい。視界の端に見えた一片は風に舞い上げられた紙吹雪だったか、桜だったのか。濃すぎる桃色は幻覚の類だと、杉山は火照る頬を柔らかな風に任せながら思った。
 卒業式だというのに、自分たちときたら随分と浮かれている。
 季節はもう、春だった。


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幸せで窒息出来たあの日の午後を抱く
Title by『弾丸』



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