ミサンガが、最近まいんが自分に触れる回数が増えてきたなあと感じ始めたのはここ数日のことだった。今までよくあったように、まいんの斜め後ろに浮いていると、決まってまいんは弾かれたかのように後を振り向く。そしてミサンガの姿を確認すると安心したように息を吐きミサンガを撫でる。
 一度誘拐されその後姿を消してしまった経験は、どうやら思った以上にまいんの心に重くのしかかっているようだ。ミサンガはそれを申し訳なく思いながら、だけど彼自身、こうしてまいんの傍に戻ってこれたことが嬉しくてしかたがないから、ごめんねと謝るのはいつだって心の中だけで、結局は彼女の手の温度に甘えてされるがままでしかない。

「まいん、」
「なあに、ミサンガ」

 声だって、こうして届いている。触れ合う前提を持てば当り前のことが、どうしてこんなにも嬉しいのだろうか。愛情と友情をごちゃまぜにしながら、だけどやっぱりこの気持ちは愛なんだと思う。
 ミサンガは、まいんが好きだった。彼女の力になってやりたい。支えてやりたい。家族になりたい。ずっと一緒にいたい。身勝手な欲求は妖精の自分からでも絶えることなく湧き出て来る。だけど、もしまいんが泣いてしまったりするのなら、ミサンガはきっと自分の欲求の全てを振り切って彼女の笑顔を取り戻すために駆けだそうと思う。可笑しいのかもしれない。お互いの関係性から見れば幾分不相応と思われても仕方ないのだろう。

「まいんの手はあったかいなあ」
「ミサンガの手もあったかいよ」

 ミサンガの小さな手を、まいんはそっと指で繋ぐ。嬉しい、ありがとう、どうかこれからも此処に居て。伝えたい言葉も、願いも何一つ。幼いまいんの心の中では消化しきれずに上手くミサンガに伝えることは出来ない。だけど、この小さい胸に広がる暖かな気持ちが、きっと二人が一緒にいることで生れてくるものであると、何となく知っているから、まいんはこうしてミサンガの手を握る。伝わりますように、伝わりますように。小さく念じながら、心の奥底にある、ミサンガと離れ離れになるという恐怖を打ち消す事など出来ないまま。

「ねえミサンガ、私はお料理が大好きだよ」
「まいん…」
「ミサンガのことも、同じくらい大好きだよ」
「俺もまいんが大好きだぞ」

 体をなす形を違える二人には、交わす言葉に愛は宿れど恋はない。それはきっと二人の幼さにも起因する。ミサンガは家族みたいな友達、パートナー。誰かにミサンガを紹介するとしたら、まいんは一言も淀むことなく彼を誇りに思い口を開くだろう。そしてそれは、ミサンガもきっと同じこと。
 料理をする楽しさも、そこから生まれる幸せな気持ちも、全部ミサンガが教えてくれた。だけど、実際に料理をし誰かに笑顔を渡すのはまいんの役目で成果。それを他人が充分だと判断して引き裂かれるのは辛い。
 幼いまいんに、ずっと、という概念は曖昧なまま。叶えたかった夢を叶えたその先に、まいんの将来は引き摺られて行くのかもしれない。いつかアイドルを諦めるのかしら、ママみたいに、誰かと恋をして家庭を築いてそれでも抱いた夢を諦めずにいられるのかしら。そんな想像すら、結局幼い想像力は力尽きて行動を止めてしまう。
 今のままでいられたら良いのに。幼さゆえに未来の困難さを描けない少女が抱くには当然で、だけどやはり幼い少女にしては少し夢が無い願い。流れる時間は確実にまいんの世界を広げ前に促す。それを知っているのは、他でもないまいん自身と、誰より彼女の傍で見守り続けたミサンガ。まいんも、ミサンガも、何より今この絆にずっとを願っている。

「大人になってもお料理は続けたいな」
「そうだな」

 繋いだ手を解いて、また歩き出す。今日の夕ご飯の材料を買いに行かねばならない。母親の仕事の締切が近く、冷蔵庫の材料も残り少ない。留守がちな父親は、今頃世界の何処で何をしているのだろう。当たり前に流れていく、何の変哲もない日常の中でまいんはしばしば振り返る。そこに、たった一つの絆を確認する為に。

「なあまいん、俺はもういなくなったりはしないぞ」
「……わからないよ、」
「…そうだけど、」
「……」

 みるみる曇るまいんの表情は、不安と悲しみ。ミサンガを疑っている訳じゃない。経験が教えるのだ。絶対はない。相手が大切だから尚の事、失いたくはないと無意識に追う。それは何一つ、間違ってはいないし悪くもない。ただ苦しい。
 どうしていいかわからないから、ミサンガはただまいんに近づき彼女の頭を撫でた。いい子いい子。意外そうに目を丸くしたまいんは、一度開きかけた口を直ぐに閉じた。不思議ではあったが嫌では無い。だから何も言わない。

「俺はまいんの傍にいる」
「…うん」

 相変わらず、確証など何一つない言葉。だけど、まいんは頷いた。今が続けばいいと願うから、今自分の頭を撫でたミサンガの言葉くらいは、心の底から信じたい。
 今日の夕飯はいつも以上に頑張って作ろう。ミサンガに、褒めて貰えるように。誰にも伝える予定のない決意は、再び歩き出したまいんの浮かべた笑顔に浮かんで、溶けた。



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奇跡のあと
Title by『オーヴァードーズ』





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