※白雪←オビ


 白雪が正式な宮廷薬剤師になってから初めての夏。薬室長のガラナに呼び出されて行ってみれば上司であるリュウと交代で一週間ずつの夏休み休暇を取るようにとの旨を告げられた。一週間の休みでも、白雪にとっては長期の休暇と言っても差し支えない。クラリネスに来てから城内に住み込みで働いている白雪は、個人の理由で長く外を出歩いたことがない。お遣いなりお誘いなりきっかけがあれば外の世界を動き回ることを躊躇わないが、見習いで薬剤師として学ぶことが多かった時期でもあったので、自分から積極的に城を出て遊びまわろうなどと思ったことはなかった。
 この機会にクラリネス国内を小旅行で回ってみるのも良いかもしれないと思い立ち、もし城内の図書館が使用できれば地図を漁ってみようかと仕事に就きながら考える。しかし旅行といえどあまり遠くに行きすぎることも出来ないだろうという予感も働く。気儘にはしゃぎまわるには、白雪の持つ赤髪は間違いなく弊害となる。今更過ぎる憂鬱の種はこれ以上成長することはない。お気に入りとは言えずとも様々な経験をもたらしたきっかけとも原因とも呼べるそれを、白雪は鏡に映る自分の髪として馴染み受け入れている。だけどもそれはあくまで個人的な内心の話であって、周囲からの干渉をシャットアウトするには何の役に立たないこともこれまでの経験上身に染みて実感している訳で。やはり一番手近な城下をぶらりと散策する程度に留めておくべきか。薬草採取に向かう途中、気が早いなと指摘されることもないまま休暇についてぐるぐると考え込んでいると、これからゼンの執務室へ向かう所だという木々に遭遇した。何か考え込んでいるようだがどうかしたのかと尋ねてくる木々に、そんなにわかりやすく顔に感情が現れていたのかと慌てればなかなかにその通りだとあっさり頷かれてしまった。木々にはその辺り誤魔化しも利かないし、隠しても仕方のないことなので正直に休暇の過ごし方を考えていたのだと打ち明ける。すると木々は少しだけ考え込んで、それじゃあと口を開き白雪にある提案をした。

「ユリス島にでも遊びに行って来れば?」
「ユリス…あ、キハルの島!」
「そ、友達が近くにいれば白雪の髪を珍しがって近付いてくる輩もそうそう出ないでしょ」
「あー、でも私ひとりで馬にも乗れないしそこまで行くのが…」
「……それもそうだね」
「はい」
「まあ、休みまでは日数あるんだし色々計画してみれば」
「そうですね」

 確かにキハルとは彼女が王城に仕事で立ち寄りでもしなければ顔を合わせることはない。それでも立ち寄ればわざわざ自分の顔を見に来てくれる彼女は大切な友人だと思っているので、偶には白雪の方から会いに行ってみたい気持ちもあるのだが、やはり交通手段が確立されない以上その計画は頓挫するしかない。そう惜しみながらも諦めて、白雪は膨大な時間を消費することは案外難しいのだなあとしみじみ感じ入る。そんな彼女の顔をリュウが不思議そうに見つめていたりしたのだが、生憎白雪はその視線に気づくことはなかった。

「お嬢さんユリス島に行きたいんだって?」
「は?」

 翌日、朝一で顔を合わせたオビに問われた言葉に、白雪は思わず疑問で返してしまう。オビも白雪から話を聞いて得た情報ではない内容を彼女に問うても会話が弾むとは思っていないらしく、さっさと彼女の反応を待つことを諦めて昨晩木々から主のゼンと共に伝え聞いたのだと種明かし。成程と納得しながらも行きたいとは思ったけれど行けないことに気付いたという結末が抜けていると訂正してやればオビはにやりと口角を上げて笑った。

「木々嬢からもそう聞いてね、なんと主からお嬢さんの休暇中護衛として一緒にユリス島までお供することになったんだよね!」
「え!?いや、悪いよ!」
「俺に不満が?――となると主が自ら名乗り出ることになりますけど?」
「不満とかそういう話じゃなくて!私が個人的な休みに出掛けるのに護衛なんか付けられないってば!」
「それでも付けるのが我らが主な訳ですよ」
「ええー、何それ…」

 まさかの事態の転がりに白雪は戸惑って言葉を失くす。そんな彼女の表情の変化をまじまじと観察しながら、オビはあともう一押しかなあと次の言葉を探す。茶化してみても、ゼンが自分を白雪の護衛に差し出すことは決定事項と諦めていただきたい。木々が多少話を盛った可能性はあるけれど、そうでもしないと個人的な欲求の優先度を下げる癖のある白雪のことだからどこも行かないまま折角の休みを棒に振る可能性の方がゼンにはよっぽど看過できないものだったのだろう。オビのように仕事の空を上手く見繕って場外をうろつけない白雪の為に。より正確に言うならば、ゼンのたった一人の愛しい白雪の為に。ゼンはいつだって自分の在るべき立場と取るべき態度を弁えながら白雪と共に在ろうと必死なのだ。そんな主に誓う忠誠は決して偽りではない。それでも主という存在を抜きにしたって自分が白雪を大切に思う感情故にゼンの提案を支持したって構わないだろうとオビは思っている。
 白雪の見たいもの、行きたい場所、欲しいもの。好き勝手傲慢に望む人ではないと知っているから、与えたいと思う。遠慮なんてしないで、自分の好きなように振舞えばいいのだ。

「――オビだって良いの?ゼンの伝令役の仕事とかあるんじゃない?」
「伝令役ですからねえ。予定が先立つ仕事でもないですから今の所大丈夫でしょ」
「それじゃあやっぱりやめておいた方が――」
「お嬢さんそれ以上遠慮すると無理にでもユリス島への用事でっちあげるよ?」
「うっ」
「何ならさあ、俺も主に休暇を貰ったということにして、プライベートでお嬢さんの旅行に同伴するってことにしたら良いんじゃない?」
「うーん、それなら…まあ…」

 良いかもしれないと未だに葛藤している様が顔にはっきりと浮かんでいるのだが、これはもう落ちたとみていいだろう。
 ――でもこの提案主には隠しておかないと絶対機嫌悪くなるな。
 オビが白雪に向ける感情をゼンは知らないし、知っていたからといって気に食わないと彼女から自分を遠ざけるほど餓鬼じゃない。その餓鬼ではないという矜持を保っていられるのは、偏に自分への信頼と白雪への愛情からだと弁えているからオビは動き出せないけれど。
 ――知り合いとはいえ、両想いの相手以外の男と旅行なんて行っちゃダメだよお嬢さん。
 今回は、言い出しっぺが自分だから言わないけれど。少しだけ主が不憫に思えてしまって、それは身分の差以前に白雪に恋する男としての立ち位置がそれを許す。
 お土産をいくら積み上げても、ゼンは白雪を傍に感じる以上の喜びを見出したりはしないのだろう。

「お嬢さんが赤髪で良かったのかもね」
「え?いきなり何の話?」
「さあねー」

 赤髪だから、ふらりと勝手に城から消えることはないでしょうよ。その言葉は、白雪にもゼンにも失礼な言葉なのだろう。白雪のことだから、なりふり構わず外の世界へ飛び出すことだってありえなくはない。だけどもそれはよほどのことがなければ訪れないはずだ。例えば、ゼンの方が城の外で危険な目にあったと知れば、彼女は一目散にその場所へ駆けていくだろうから。
 ――とてもじゃないけど、浚えないよねえ。
 噛み潰した苦笑と本音を白雪とは違いオビは巧みに隠しきる。白雪へ向ける気持ちは、きっとこのまま誰の目にも触れずに隠し通して古ぼけて見失ってしまえれば一番良いに違いない。そうオビ自身思っているのに。いつの間にかユリス島へオビと出掛けることに前向きになっている白雪に釣られて思わず彼女の休暇が楽しみだと思ってしまっている自分がいて。
 覚束ない心の操作を案じながら、オビは白雪が休暇を迎えるまでに今以上に自制心を身に着けなければと決意した。


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何がほしい?どう生きたい?
Title by『にやり』




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