※現パロかつ微パラレル 台所に立つリンの鼻歌を聴きながら、俺はいつもぼんやりと懐かしいような、温かいような、寒いような、とにかく妙な既視感に襲われる。 ダイニング式の台所に面したリビングのテレビで、学校から帰るとほぼ同時にゲームを開始するのがもはや日課となっていた。母親が家族みんなで座れるようにと選んで買った黒のシックで大きめなソファは、いつだって俺にその真ん中を陣取られている。現代社会ではそう珍しくもない母子家庭。そう貧しくもないマンションの一室。仕事で忙しい母親はそうそうこの部屋には帰らなかった。俺とリンを主客とするこの部屋を、俺達は文字通り勝手気ままに根城として日々を送っているのだ。 「リン、その歌、何の歌?」 テレビを着けてゲームをしていても、決して聴き零せないリンの歌声。心地よくもあれば耳障りでもあるそれを、今は何故か無性に遮りたくて思わず訊ねていた。 ココアでも作っていたのであろうリンが立てていた、シンクと物が触れる音もそれと同時に止まった。 「歌?」 「そう、今歌ってたでしょ?」 「…わかんない、無意識かな?」 「……鼻歌だったけど」 じゃあやっぱり無意識だよと、リンは会話を切ってしまった。そう、無意識にリンは歌う。まるで身体の奥、心臓の底が促しているかのように自然に音を紡ぐ。テレビやパソコン、CDといった媒体からまるで聴いた覚えのない歌を何度も、俺の前でいくつも鼻歌で奏でてみせる。そしてやっぱり、俺はそんなリンの音を知らないと思いながら、懐かしいなあと思い、やっぱり内側から込み上げてくる得体の知れない衝動に抗うように唇を噛む。 双子の俺達は、学校でも何故かクラスが一緒だった。よく聞く双子は同じクラスにはなれないという通説は、俺達の前にいとも容易く崩壊していた。誰かは、「異性だから、見分けもつくからじゃない?」と分析していたけれど、果たしてそんな程度の理由だろうか。それはともかく、俺とリンはいつでも一緒。何処でも一緒。見てきたもの、聞いてきたもの、そのどれもが俺とリンでは似たり寄ったりなものばかりだ。 それなのに、リンは歌う。リンだけが歌う。それを、俺は不思議には思わない。だけど寂しかった。リンだけが駆けだしてしまった。そんな気がしてならない。 俺は、歌うことが好きでも嫌いでもなかった。普通。ありふれた日常の中でいくつかのお気に入りの曲は存在するけれど、音楽の時間に人前で歌ったりするのは億劫だった。先生やリンなんかは俺を褒めてくれたりもするけれど、多分、取り組む姿勢に比べたら上々の結果、という意味の労いなんだと思っている。 「ねえねえレン、今度の日曜、カラオケ行こうよ!」 「…何で、そんな急に」 「ミク姉に誘われたの!」 「…ふうん、」 ばたばたとフローリングを蹴りながらリンは勢いよく俺の横に座り込んだ。その時手にしていたマグカップも揺れていて、俺の関心はリンの言葉よりも中身のココアの行方に一瞬傾く。幸い零れることのなかったそれを、ソファとテレビの間に在るテーブルに置いてリンは行こうよと俺の肩を揺らす。俺は今ゲームしてるんですよ、という制止の言葉と、俺は良いからリン達だけで行っておいでという体の良い断り文句が同時に浮かんでぶつかって結局どっちも音には出来ず俺はリンにされるがまま。 「…リンだけ行きなよ…」 「ダメだよ。だってミク姉にはレンも行くってメール返しちゃったもん」 「何それ、聞く意味無いじゃん」 「だってあたしとレンだよ、一緒じゃなくちゃ」 ダメなんだろうか、本当に。リンが省略した言葉は俺の中にも当然ある考えだ。俺とリンは双子なんだから、いつだって一緒じゃなくちゃダメなんだと、そう願い暗示してきたのはきっともう大分前からの話。俺達はきっと二人でいれば全てが事足りて満たされている。お互いがお互いの存在を証明し合えば他はもういらないじゃないか。そう思って来た。だけど最近、それだけじゃ足りないような気もしてる。例えば、さっきみたいに、リンが鼻歌を歌ったりした、その時に。 リンは歌うのが好きだもんね、と言い掛けて止める。一体、いつリンが歌うのが好きなんて言ったのだろう。だけど俺は、リンは歌うのが好きだと知っている。リンは知らないかもしれないけど、俺は。 「ねー、レンー」 「…いいよ、行くよ日曜日ね」 「やった、レン大好き!」 しぶしぶといった雰囲気を崩さず了承してやれば、それでもリンは大袈裟なくらい全身で喜びを表して俺に抱きついてくる。ミク姉がいるんなら、俺がいなくたって本当は問題なんてありはしないだろうに。 よしよしとリンの頭を撫でてやれば子供扱いいやー、なんてぶうたれながらも表情はさっきからずっと変わらず笑ったままだから全く可愛いったらない。 日曜にカラオケなんて、先日新しいゲームソフトを購入したばかりの俺の財布にはかなり優しくないのだけれど、一度行くと言ってしまった以上は取り消せない。何よりリンがこんなにご機嫌なのは結構珍しい。そんなにカラオケに行きたかったのかなあ、と考えながら、テーブルに置かれたままのココアのカップを見る。先程まで上がっていた湯気はもう見えない。そんなに時間が経ったっけとリンにばかり向けていた視線を持ち上げれば、テレビの液晶にはありありとゲームオーバーの文字が並んでいた。一体どこでこうなったのか全く分からず、きっかけは多分リンが俺の隣に座ったあたりだとは思うけれど、俺の機嫌がそれ程悪くなったりもしないのだって今こうしてリンが俺に引っ付いているからなんだろう。 リンは、鼻歌を歌っている。 ――――――――――― 君は誰と踊っているの Title by『オーヴァードーズ』 |