※ゼン白←オビ


 心の底から安堵して眠りに着いたことなどここ数年を振り返ってみてもオビには全く心当たりが無かった。周囲の気配を探る習性はいつの間にか習慣として馴染んでいて今更修正する気にもならない。今朝の自分の寝覚めが悪かったことを、オビは珍しく眠りが深かったからだと原因づけた。普段ならば見ない、もしくは記憶として残らないような夢を長々と見る羽目になったのだってきっとその所為だ。
 その夢は、目覚めてみれば確かに夢でしかなく、だがそう遠くない将来に確実に訪れるであろう現実でもあった。自らの使える主と、その恋人が晴れて結ばれて祝言を挙げる姿を、夢の中のオビは笑って手を叩いて祝福していた。きっといつかの自分も同じように笑顔を張りつけて上辺だけの祝福を二人に送るのだと思うと、今から既に頬の筋肉が硬直したかのように上手く笑えなくなってしまう。夢如きにここまで崩されるとは思ってもいなくて、オビは少しばかり新たに明らかになった自分の一面に驚き、そして幻滅する。今まで不要としてきた集団行動の中に身を置くうちに、自分以外を身内と判ずるようになったことは自覚している。甘さではなく信頼だと思っているし、自分よりも性質の悪い部分を持ち合わせた連中でもあるからなんの負い目もない。無意識に溶けていた警戒線の一部分がこうも露骨な執着を夢にまでも見せたのならば問題だ。オビは、何も望むもの全てが手に入るだなんて、端から思ってはいないのだから。

「――どうしたオビ、浮かない顔をしているな」
「俺、いつも浮かれたような顔してますっけ?」
「浮かれているかはともかく、腹の中の読めない顔はしていると思うが」
「……そっすか」
「疲れているなら休めよ」

 執務室で書類整理を黙々と進める主であるゼンの傍ら、高級感溢れるソファにだらしなく腰かけながら、オビは休めと言われても瞼を下ろすことすら出来ずにいた。もしまた、今朝と同じ夢を見たらと思うととてもゼンの前で仮眠を取る気になどなれなかった。それこそ寝起きの顔を彼に見られたらまたらしくない顔をしていると突っ込まれるに違いない。それでも、オビが黙秘をすればゼンは詳しいことなど何も聞かずに休めだの無理はするだのありふれた優しさだけを投げてよこすのだろう。そういう特別を見いだせない言葉の方が、オビには幾分気楽に受け取れてかつ放り捨てられるものだと察してくれている。
 もしまた、ゼンと彼の恋人である白雪が晴天の空の下、多くの人に祝福されながら愛を誓い合うような夢を見たとする。そうして目が覚めて、やはり目覚めが悪いと胸を痛めてしまうようなことがあれば、オビは自分自身を嫌悪しなければならないだろう。人として、ゼンを好ましいと思った。ひとりの女として白雪を好ましいと思った。全く違う二つの感情を抱えながら、やはり自分の恋が実らなくとも幸せになって欲しいと思えるくらいには、白雪は善良で、ゼンもまた同様だった。尤も、オビに言わせれば自分と比べれば大概の人間が善良に映る気もするのだが、彼等は善良でしかない存在だと贔屓上等で思えるのだ。そんな人間と出会う機会などそうそうないということをオビは知っている。

「オビ疲れてるんだって?」
「……主に聞いたんだ?」
「大丈夫?具合悪いなら無理しない方が良いよ?ゼンもここ暫く書類仕事が溜まって城を抜け出す気はないみたいだしちょっとくらい休んだって平気だと思うし…」
「…薬とかはいらないからね」
「やっぱり具合悪いの!?」
「そんなんじゃないから要らないってこと」
「あ…、ああそっか、そっちね」

 ゼンの執務室を離れ、長い廊下をぶらぶらと歩いていると、庭の方から突然声を掛けられた。声の主を探す必要もなく相手は白雪だと知れた。彼女が抱えている籠に放られている薬草の匂いが少しばかり鼻について、オビはなんとなくそれが白雪に滲み付きませんようにと心中で願った。出会って早々に、オビの体調を案じる発言を畳みかけるように投げてくる彼女はきっとまだ仕事中なのだろう。休憩中にでも様子を見に来たゼンにオビが珍しく疲れた顔をしていたとでも聞かされたに違いない。自分の言うことは素直に聞かなくとも、白雪の言ならば素直に受け入れるだろうなどと思われているのではあるまいな。そんな、まるで自分が白雪に向ける感情を見透かされているかのような懸念が脳裏をよぎるけれど、それは彼女が宮廷薬剤師という立場にあるからだと強引にもしかしたらの可能性をねじ伏せた。
 二人して、何でこんな時に限って自分の心配をして来るのか、オビは嬉しさ半分苦々しさ半分に目の前にいる白雪を見つめる。あの、ちょっとしたヤキモチ焼きのゼンが、白雪と二人きりの時に自分の話題を出したということは、あまり男としては警戒されていないのだろうとも推察出来る。それは、きっとこのまま死んでいくだけの恋を抱える、真正面から相手に突っ込むことを得意としないオビとしては好都合の筈なのだ。自分の想いが砕け散った象徴のような夢を見ても、それを阻止するためのイメージすらしようとしない自分の頭が何よりの証拠だった。

「ねえお嬢さん、」
「ん?」
「俺今日、お嬢さんと主が結婚する夢見ちゃったよ」
「ええ!?」

 夢だというのに、結婚の言葉に顔を赤くする白雪を見て、やはり彼女はいくら心が強くとも普通の女の子なのだと実感する。その隣にあることを許される王子様が、本当に一国の王子だなんておとぎ話のようだけれど、自分の様に夜の闇に溶け込んでいる方がお似合いの人間が寄り添うよりもずっと現実的な話のようにも思える。
 きっとこの先にもいくつかの困難があって、ゼンと白雪は二人でそれら全てを乗り越えて行くだろう。周囲の人間に助けられたり、時に邪魔されたりもしながら。そしていつかオビの見た夢のように沢山の笑顔に囲まれて、物語のラストシーンの様な幸せな道の入口に辿り着く。その傍らに、果たして自分は存在しているのだろうか。ミツヒデと木々は間違いなく。だけど自分は。まるで自分の意思でここから抜け出せると言わんばかりの空想は、結局強がり以外の何物でもない。
 未だにオビの言葉に動揺している白雪をじっと見つめる。露骨な眼差しにすら気付かないほど、彼女は顔を赤くして自分の未来の想像でもしているのかもしれない。
――結ばれるなんて、端から思っちゃいなかったろう。
 戒めにも似た、自分への言葉。添い遂げられないから、せめて守ろうと思った。同じように、裏切りたくないと思えたゼンの手の届かない場所に白雪が赴かなければならなくなった時は特に。その想いに、今なお嘘偽りはない。
 だからオビは祈る。どうかゼンと白雪の二人が、幸せでしかない以外の道を歩むことのないようにと。存在しないもしもと比べて、よその幸せの方が上等などと思うことのないようにと。でなければ、間違えて攫ってしまうかもしれないのだから。王子様と比べたら、何の価値も見出せない従者風情の、自分が。神様なんて心底信じていないけれど、オビは祈る。消えることのない胸の痛みの誤魔化し方を身に着けて、また上手く笑顔を取り繕えるようになるまでは、いもしない神に縋るようにずっと、祈る。


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消えた神に祈りながら生きるガラクタ
Title by『≠エーテル』
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