要と一緒の高校に行けば良かったと思うことがなかったと言えば嘘になるが、別の高校に進んで良かったと思う気持ちも日紗子の中では確固たる割合を占めて存在していた。中学生や高校生の時期に、家族や恋人と過ごすよりも友人と過ごす時間の方が長くなるのは仕方ないとして、要は些かその友人と過ごす時間が長すぎやしないだろうか。要の自宅のリビングで、彼の母親である容子と自身の姉である静奈とお茶とケーキをつつきながら、日紗子は二階から騒がしく響いてくる物音に眉を顰めている。駅前で人気の洋菓子店の箱の中にはケーキが一つだけ残されていて、誰かに積極的に狙われることもなくぽつりと寂しく存在していた。日紗子と静奈が要の分にと購入してきたそれが彼によって食されるのは、少なくともあと何時間も経過しなければならないだろう。そして、ただ容子にお茶に誘われただけの自分等がそれほど長い間この家に滞在する訳にも行かない。だからきっと今日も要と顔を合わせることなく自分は自宅に帰るのだ。日紗子は高確率で確定している事態に、落胆する胸の内を自分よりも大人の二人には悟られないよう、ケーキを食べる振りをして下を向く。

「あらら、何だかとても賑やかね」
「テスト勉強するから集まってるって言ってなかった?」
「友達同士で集まれば勉強なんて捗らないわよねえ」

 楽しいことは沢山あるんだもの。そう微笑む容子に、日紗子はこれが大人の余裕というものだろうか、と思案し、直ぐに違うなと浮かんだ意見を否定する。これは只の母性だ。この人に限って、いくら集団でふざけていても要だけはテストで悪い点を取る筈がないという厭味な自信など抱いたりはしないだろう。そもそも、要の成績が良かろうと悪かろうと彼女は気に留めず彼を自慢の息子だと言い切るだろうから。
 それにしても、と。先程からうるさすぎやしないかと日紗子はリビングの天井を睨みつける。要の部屋が子の真上にある訳ではないが、そう錯覚するほどにうるさい。要の気配を探ろうと、日紗子が神経を澄ましている所為もるのだろう。だがそれでこうまでも拾えてしまう賑やかさが逆に気に食わない。自分の全く関わらない世界で楽しそうに過ごしているであろう幼馴染の姿を思い浮かべることが寂しくて仕方なかった。
 大体、要がよく行動を共にしている日紗子とは別の幼馴染や友人等と勉強会と銘打った所で実の在る時間など過ごせるとは思えない。失礼ながら、数度だけの邂逅は日紗子に彼等の印象を騒々しい子等と立派に植え付けていた。そしてそれは決して間違ったものなどではない。
 容子と静奈が日紗子を置いてけぼりに会話をしていることはさほど気にもならない。寂しさもない。置いてけぼりとは勘違いで、合間々々に何か話題を振られているのかもしれない。適当に流してしまっているだけで。ぼんやりと、二階から聞こえてくる音を拾い続けて、バタバタと響いていた音が次第に近づいて来る気配がして、無意識にリビングの扉に目線を遣る。もしかしたら、勉強会はもうお開きになって、要がこちらに顔を出すかもしれないという淡い期待が一瞬で日紗子の胸に広がって、それが恥ずかしくて彼女は自分の感情に顔を顰めた。
 バタン、と荒っぽく扉が開いたと思うと、そこから日紗子の期待通りに要が顔を覗かせた。だがその後ろに人影はなく、勉強会が終了した訳ではないらしい。

「母さんなんか飲み物――って静姉と…日紗子?」
「久し振りね、要君」
「勉強会の割にうるさすぎよ、あんた達」
「俺の所為じゃねえよ」
「折角要君の分もケーキ買ってきたのにね」
「マジで?じゃあ後で食うから日紗子食うなよ。太るぞ」
「そんな意地汚くないわよ!」

 日紗子たちのテーブルまで近付いて、ケーキの箱を覗き込みながら要は意地悪く笑いながら日紗子をからかい、静奈には素直に礼を述べている。全く変に器用なことだと感心しながら、日紗子は必死に自分の頬が緩まないように意識する。日紗子が自腹で購入した訳ではないが、選んだのは自分だった。それを要がちゃんと食べると宣言してくれたことが嬉しい。単純な思考に恋する乙女かと自分でつっこんで、そういえばその通りだと思い直す。
 そして不意に、要が降りて来てからの二階の様子はといえばやけに静かだということに気付く。リアクション担当の要がいないと何もする気にならないのか、それとも今の内にとまた下らない仕込みの為に鳴りを潜めているのか。どちらにしろ、随分愛されているものだ。向ける想いのベクトルは違えど、それは間違いなく好意だから、まだ幼い日紗子は恋心の中に独占欲に似た感情が混ざることを防げない。張り合う相手が、男で十年来の付き合いという親友たちであったとしてもだ。
 短い会話に興じている間に、容子が要に「これでいい?」と烏龍茶のペットボトルを手渡す。日紗子は咄嗟に自分に用意された紅茶がとっくに冷めきっていることに気付いて、どうせなら自分も中途半端に温い紅茶よりも冷たい烏龍茶が飲みたいと思ったけれど言い出せなかった。要はもう自室に戻る為に踵を返して扉へと歩き出している。

「勉強頑張ってね、要君」
「うん、ケーキ御馳走様って先に言っとく」
「ついでにお守も頑張んなさいよー」
「お前なあ…」

 静奈が自分の分も含めた激励の言葉を伝えてくれたのを承知で、日紗子は余計な一言を要に放る。そうすれば、要はムキになって自分たちの方を振り向くと知っているから。だって、こちらを見向きもせずにやかましい連中の元に帰らせてしまうなんて、同じ幼馴染なのになんだか負けた気がして悔しかった。
 結局「またな」と言い残して要は階段を上って行ってしまう。けれど、ケーキ代くらいのご褒美は貰えたと思うことにする。少なくとも、今日はもう天井を睨みつけようなどとは思わなかった。


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一瞬が全てになる世界
Title by『にやり』




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