※大学生設定

 好きなことと得意なことが、まだ曖昧だった頃。妥協した訳ではないけれど、決して背伸びもしていない選択の結果として今がある。大学生は、たぶん本当にその人次第で忙しくも、暇にもなるのだろう。とはいえ、やっぱり最初の一年だし、色々な授業を取って傾向なんかも掴んでおきたいから、勉学にそう熱い意欲を燃やしている訳でもない私も、週五できっちり大学に通っている。サークルは、あまり縛りのキツクなさそうなものを一つ。こういうところが、自分で自分に呆れてしまうのだけれど、出だしはやっぱり肝心な訳で。どうしても臆病になってしまう自分を止められなかった。
 高校生の頃は、今よりずっと他人との関係に気を取られて、周囲からの視線なんかも凄く気にしていた。だからだろうか、一人で帰り道にファーストフードを食べて帰るなんてことしたことはなかった。それが大学生になった途端、あっさり寄り道に時間を割くようになった。私は、暇人側に属する大学生なのかもしれない。それとも、自分の存在が高校の頃に比べたら自身を中心に確立されたか、はたまた反対により希薄になってしまったか。制服を着ていないだけで、自分を証明するものが大分削がれたような気がする。地元から少しだけ離れた町で、一人暮らしをしながら大学に通う。当たり前のように、私の事を知っている人なんていない。自分から歩み寄っていかなければ誰も私に気付かない。そんな風に思う。だから、此処に来る前に寄った本屋で買った文庫本を手に意識をそちらに集中し過ぎて、近寄って来る足音になんて全く注意を払わなかった。

「…、高橋さん?」
「……え?」
「えーと、浅羽です」
「悠太君?」

 珍しくもない苗字を呼ばれて、自分じゃないかもとは思いながらも反射的に顔を上げていた。見れば、そこにいたのは懐かしい顔。高校時代にほんの数日間だけ付き合った、正確には付き合ってくれた彼、浅羽悠太君が立っていた。
 あの件以降、そうそう会話をする機会もなく、度胸も理由もなく。あれよあれよという間に時間は流れて私達は高校を卒業した。クラスの中心とは違うものの、女子に人気者の浅羽君の進路は何かと話題に上ったりもしたけれど、私は意図的にその類の情報をシャットアウトして逃げ回っていた。知ってもどうにもならない。私より何倍も優秀な彼は、きっとその実力に見合った道を選ぶに決まっていて、それは私なんかが選ぶ道とは決して重ならないと最初から分かり切っていた。現実にそれを突き付けられてしまえば、余計に惨めで辛いだけ。そう思って、弱虫な自分を最後まで甘やかし続けた。
 付き合ってた頃は、ただ背伸びをしただけの苦痛がいつだって抜けなかった。それなのに、悠太君の優しさを知って、申し訳なくて別れて、その後になってから彼のことを好きになってしまった私は本当に間抜けだ。出来事が出来事なだけに、二度も告白する勇気なんて私には出せなかった。それに、好きだと自覚してしまうと恋のフィルターでも掛かってしまうのかそれまで以上に悠太君が輝いて見えるというか格好良く見えるというか、とにかく直視することすら緊張してしまうくらい、好きだった。
 今本人を目の前にしても、挙動不審に陥ったりしないのだから、もしかしたらあの頃だって十分平気に話せたのかもしれない。そう思うと、やっぱり高校生の私ってお馬鹿さん、と苦笑するしかない。それでも大事な、私の一部。

「…前、座ってもいいですか」
「え!?あ、…どうぞ」
「失礼します」

 予想外の展開だが、断るなんて出来ない。明確な理由がなければ、そうそう他人の要求を断れない自分、本当に変わらない。私の前に座った悠太君はドリンクしか注文しなかった様子で、トレーはなく手で直接ドリンクを持っていて、浮かんだ水滴が冷たそうだとぼんやり考える。

「お久しぶりです」
「うん、久しぶりだね。」
「大学、近いんですか?」
「うん。駅の…こっちとは反対側に出たらすぐのとこ」
「………」
「悠太君?」
「いや、一緒の大学だったって気付かなかった」
「え!?」

 思わず飛び出した驚きの声に、ちらちらと周囲の目線が集まるのを感じて慌てて口許を抑える。ごめんなさい、と悠太君の方を見れば彼はうっすら微笑んで思わず見とれてしまいそうになる。大学生になった悠太君は当然私服で、顔つきなんかはそんなに変わっていないのに制服を着ていないというだけで少し大人っぽく見えるのはきと私の眼の錯覚なんかじゃないはず。相変わらず男前だね、なんて私のキャラとは違い過ぎるので言わないけれど、さっきから内心ずっと思っていることだ。
 悠太君は浮かべていた笑みを消すと次は何やら真面目な顔で口元に手を当てて何か考えるそぶりを見せる。表情が何だか真剣で、これは話しかけない方が良いような気がして黙る。昔もそうだったけれど、私達の場合悠太君が話題を提示してくれないと一向に会話が弾まないのは今も変わらないらしい。自分で振り返っておきながら、なんとも切ない気持ちになって来る。大学生になると人付き合いも高校より自由に選べてしまうせいかコミュニケーション能力は培われるようでいて実際そんなでもない。結局何ごともひとそれぞれなのだ。

「高橋さんとは学科が違うんですかね」
「あ…うんそうだね、ガイダンスとかでも見かけないし」
「…うん」
「……悠太君?」
「ここにはよく来るんですか?」
「うん、授業が予定より早く終わったり、途中の本屋さんで買い物した時なんかは、よく来るよ?」
「…そうですか」

 それきり、纏まった会話はなくて、自分の近況をぽつりぽつりと話す悠太君の話に相槌を打つだけだった。私は退屈なんてことはなかったけれど、悠太君は相変わらずな私のせいで退屈だったかもしれない。会話の途中で何度か悠太君は私の顔をじっと見てきたけれど、私にはそれがどんな意味があるのかもわからないし、聞けない。ドリンクだけの悠太君は早々とそれを飲み干してしまって、次に腕時計で時間を確認する。いいなあ、私は時間の確認は携帯に頼っているけど、やっぱり腕時計の方が楽だしちょっと格好良く見えた。明日にでも駅前の雑貨屋さんで探してみよう。

「俺、もう時間なんで…」
「あ、うん!久しぶりに話せて楽しかった。ばいばい」
「あの…」
「?」
「また、今度。大学とかでも見かけたら声掛けるんで」
「え?」
「あ、迷惑だったら別に…」
「迷惑じゃないよ!」

 本日二度目の大声に、若干迷惑そうな視線が集まるを感じる。だけど今度はそんなの気にしてられない。悠太君が、「また」と機会をくれた。その衝撃と、意味と、私の喜びだとかを合わせたら、名前も知らない何処かの誰かさんへの配慮なんて今は出来る訳もないの。
 高校時代、私は悠太君が好きだった。それは確かに高校生の私の気持ちだけど、じゃあその恋はいつどこで終わりを迎えたのなんて聞かれたらそういえばけじめなんて一度もつけたことなかったと気付く。もしかしたら、悠太君への気持ちはずっと私の胸の奥に残って燻り続けていて、それが今日悠太君本人と再会することでまた燃え始めたのかもしれない。悠太君からしたら迷惑な話かもしれないけれど、眠っていた気持ちを掘り起こしたのだって悠太君なのだから、今度は少しだけ、頑張ってみてもいいでしょう。
 きっと、明日から構内を歩く度に悠太君の姿を探して無意識に視線を彷徨わせてしまうんだろう。想像するのがあまりに簡単で、あの頃と変わらない自分の単純さを笑う。でももし、悠太君を見つけられたなら、あの頃とは違って自分から声を掛けたい。挨拶程度しかできないとしても、だ。授業を週五で登録しておいて良かったと、大学生になってから今日初めてそう思えた。


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そうしたら、きっともう一度迎えに行く
Title by『ダボスへ』





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