※捏造
※めぐる←真帆くさいがマルカは宙地→←めぐるだと思ってる


「シロフネ!」

 背後から響く溌剌とした声に、真帆は振り返る前に溜息を零した。何度訂正しても改善される気配を見せない自身の名前についてはもう諦めた。あだ名で呼ばれているとでも思えば結構平気、そう適当に落とし所を見つけたから、もう自分の名前は「シラフネ」だとは伝えない。悪気がない間違いは質が悪いとほとほと実感しながら、真帆はゆっくりと、自分を呼んだマルカに対して向き合った。
 宇宙に行きたいという同じ目標を抱いているマルカのことを、真帆は当然のように嫌いではなかった。ただ宇宙を目指す人間が大勢いるのなら、その動機も又多岐に渡る。真帆とマルカの動機は、全くと言っていいほど重なっていなかった。愛しい宇州原と宇宙に行きたいと瞳を輝かせながら語るマルカに真帆が抱く感情はこれといって深くはない。それが彼女の動機で、自分とは異なっていて、お互い頑張れればそれで良いと思う。否定する権利も意欲もない。
 ただひとつだけ、真帆がマルカに対して眉を顰めて辟易することがあるとすれば、彼女が無類の恋バナ好きだということだ。真帆と宙地とめぐるの三人組で参加した宇宙学校の入試試験。真帆からすると幼馴染と、同じように宇宙に興味と熱意を抱く宙地と参加することになんの疑問も問題もない。寧ろ彗星に夢中になったばかりに応募を忘れていた為、宙地がいなければ自分は試験に参加すら出来なかった筈なのだから。真帆にとってはそれだけのことを、マルカはやたらと妄想と脚色を加味した目でじろじろと観察して来るから困る。
 女の子同士、マルカとめぐるがふたりで話しているのを、真帆は最近よく見かける。それだけなら、真帆はふたりが親しくなったなだなあと思うだけだ。宇宙にあまり詳しくないめぐるが、ここで友達を作るのはもしかしたら大変かもしれないと思っていたから、マルカや彼女の従姉妹のユリアと親睦を深めるのは良いことだと思う。でも、マルカがからかうようにめぐるの耳元で何かを囁いた後、顔を真っ赤にして「違う!」やら「そんなんじゃないから」と声を荒げるのを見る度に、真帆は何故かぐっと胸が詰まったような感覚に襲われる。
 恥ずかしそうに顔を赤くするめぐるを、今まで見たことがなかった訳じゃない。幼馴染の長い付き合いの中で、そういった機会は何度かあった。だけど、真帆の中に在る、簡単に掘り起こせる記憶の海から拾い上げたそれは、確か恋愛話で友達にからかわれたときに浮かべていた表情に似ていた。告白されただとか、先輩のこと好きなんじゃないのとか、そんな風に級友に詰め寄られたときの、めぐるの表情をひとつひとつ思い出して、現在と符合させて、もう一度じゃれあっているマルカとめぐるを見遣る。きっとマルカは、めぐるに恋愛話を要求しているんだろう。声なんて聞こえなくとも、真帆にはそれが分かってしまった。
 それから、何度もふたりで会話に興じるマルカとめぐるを遠巻きに眺めて来た。そしてまた同じようにめぐるの耳元でにやにやしながら囁くマルカと、その後直ぐ顔を赤くして否定の言葉を叫ぶめぐるを見た。真帆は、飽きないなあと二人に呆れる半分、自分でふたりに視線を送り固定しているくせに、繰り返されるめぐるの反応を見る度に胸が詰まるような感覚に襲われて息を止めてしまう自分に呆れていた。
 真帆は、うっすらと気付いていることがある。きっとマルカがめぐるに恋バナを振らない日は来ないということ。マルカがめぐるに振る話の中心には、めぐるだけではなく自分と宙地が勝手に配置されていること。「どっちなの?」とめぐるに尋ねながら、ちらちらと寄越される視線を錯覚で済ませられるほど、残念ながら頻度が少なくなかったことが原因だろう。同じように自分が勝手に他人の脳内の恋愛話に参加させられていることに、宙地もきっと気付いている。自分よりもずっと敏い筈だから。しかし真帆は、その真偽を本人に持ち掛けて確認する気は起らなかった。理由はよく分からないけれど、関係ないといえば関係ないし、変な方向に話が弾んでも困る。真帆にとって、自分とめぐるが好き合うという発想はなかったけれど、宙地とめぐるが好き合うという可能性もまた最初から排除していた。自分たちが恋愛という感情を抱くようになるなんて、宇宙にしか興味の無かった真帆には些か信じ難いことだった。

「シロフネ、宙地は一緒じゃないの?」
「うん、部屋にいるよ」

 真帆を呼び止めたが、用があるのは宙地なのかマルカは彼の背後をひょこひょこと覗きこむ。だが生憎自分はひとりだと伝えると、マルカはそれでも構わないと言いたげににんまりと口の端を持ち上げた。ああ、これは嫌な兆候だと真帆は彼女とは逆に口の端をひきつらせた。マルカは、こんな表情でよくめぐるをからかっているのを、真帆はもうとっくに見知っている。どうせまた、お好きな恋バナなんだろうと真帆はぼんやりとマルカの口の動きを追った。

「ねえ、宙地はめぐるのこと、何か言ってなかった?」
「……何かって?」
「えーと、可愛いとかー、好きとか!」

 マルカが笑顔で放った言葉に、真帆は一瞬思考が停止した。何故こんなことを聞くのだろう、なんてことは、彼女が恋バナが好きだからだ。それ以外はないだろう。だけど、こんな聞き方されたら勘違いしそうになる。めぐるが、宙地のことが好きだと言ったからこんなこと聞いてくるんじゃないかと思ってしまう。だって、遠巻きだったから声なんて殆ど聞こえてなかったけれど、マルカはめぐるには自分たちのどっちが好きなのか詰め寄っているのだと思っていたから。散々同じ問答をしてきたから、攻める方向を変えただけかもしれない。きっとそうだと思う反面、何故自分がこんなに必死に都合の良い着陸地点を探しているのか、真帆にもよく分からなかった。めぐるが宙地のことを何か言ったのか、聞き返すことすら出来ずにいるのだ。
 今まで、苦しいだけだった真帆の胸が少しずつずきんと痛みを訴え出す。理由もはっきりとはしないのに、脳内は何でという疑問と、マルカの言葉を繰り返す。いつだって悪意なく真帆を振り回すマルカは今だってにこにこ微笑みながら、「もし宙地がめぐるのこと何か言ってたら教えてね、シロフネ!」と彼の手を握って上下に思いっきり揺さぶった後ぱっと踵を返して来た道を駆け戻って行ってしまった。
 その場にひとり取り残された真帆は、ぐちゃぐちゃの思考の一切を一旦放棄した。考えたって仕方ない。答えが出たってどうにもならない。そう言い聞かせながらマルカが走り去った方を見つめる。彼女は、めぐるの待つ部屋に帰ったのだろうか。そして今の会話を報告するのだろうか。そこまで考えて、そう言えば自分はマルカの質問にちゃんと答えていなかったことに気付く。

「…良い子だね、って、言ってたよ」

 絞り出すように音に乗せた言葉はやはり情けないほど小さくて、未だにずきずきと痛む胸を抱えながら、宙地が待つ自室への道をゆっくりと歩き出した。



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きみの言葉を聞かないまま
Title by『ダボスへ』




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