※2度目の東京遠征時設定


 仲間という枠組みの中で仲が良いと形容されることを当然だと思っていた。分け隔てを自分からするつもりはない。影山や月島だって、あっちが刺々しい態度をとるからこちらも頑なになるのだと――少なくとも日向は主張している。考えなしの直情が人を不快にさせることがあることなど、怒られてみなければわからない。そうであったとしても、谷地仁花という少女は日向に優しかった。時々不思議なリアクションを取ることがあるけれど、勉強を教えてくれたし、自主練にも付き合ってくれるし、心配もしてくれる。同い年の女の子で、けれど性別はあまり頓着しなかった。バレー部のマネージャーになってくれるかもしれないと紹介された時、マネージャーが二人とは何だか強豪みたいだとわくわくしただけ。そこにはただ、親愛の情だけを積み上げる場があった。
 そしてそれは、谷地が正式にバレー部に入部してから変わらない付き合いの形だと日向は思っていた。

「ちくちくする」
「――――えっ、怪我!?」

 しょげたように、掌を胸に押し当てて呟いた日向の声に反応した谷地の顔は、現状を把握する前から既に青褪めていた。
 ふるふると首を振る。痛いとは大袈裟な気がした。けれど無視できない小さな刺激が日向の胸を先程からずっと指している。白いTシャツの内側に植物の棘でも入り込んだのかと(そんな植物に接触した記憶などないけれども)、襟元や裾をばさばさ仰いでみても変化はない。どちらかといえば、内側から外へ向かってくる感覚。心臓の辺り、脈打つ速度は変わらないのに、このままでは思いっきり跳べないくらい、その刺激は日向に何かを訴えかけていた。

「……日向? 具合悪いの? 医務室行く?」

 体育館への移動中、急がなければならない。梟谷学園グループの合宿に参加している今、練習は全てローテーションで1セット毎の試合をこなす形で行われている。そろそろ烏野の順番がくるはずだった。他のチームが試合をしている間の雑務、トイレに行こうとした日向はその時丁度体育館から出ていたマネージャーの代わりに使用済みのタオルを洗濯機に突っ込んでくるという役目を仰せつかった。トイレは体育館内にもあるのに、寝泊まりしている施設の方にまで足を伸ばさなければならない、要は貧乏籤だった。
 けれど日向は後輩であったし、誰かがやらなければならないことだしと割り切ってさっさとタオルの山を抱えて用事を済ませた。その帰り道、夕飯の材料を運び込んでいる他校のマネージャーに呼び止められた。今日のご飯はなんだろうと熱い視線を送っていたのがばれたのだろう。手招きされて、二言三言会話をした。日向の胸がちくちくと痛みだしたのはそれからだ。急に歩幅が狭くなって、煩わしいほどに響いていた蝉の鳴き声も遠い。いつの間にか後ろから新しいドリンクを抱えてやってきた谷地に隣に並ばれて、何かを話し掛けられた。それに対する日向の返答が先程の「ちくちくする」である。いつもと違いどこか元気のない日向の様子に、谷地はしきりに彼の顔を覗き込んではおろおろと体育館にいる部長の澤村に報告するか、先に医務室に連れて行こうか悩んでいる様だった。

「ね、ねえ日向熱中症とかだったら大変だよ? 念の為医務室に――」
「谷地さん」
「…? うん?」
「影山と仲良いの?」
「――う、ううん?」

 こてんと首を傾げながら問う日向の口調はどこか幼稚だった。けれどあまりに予想外の言葉だったから、谷地も彼に合わせるように首を傾げた。思わず漏れた戸惑いの声は正しく発された否定の語ではなかった。それくらいは日向でもわかる。
 影山というセッターを谷地に語らせるとき、大抵は目の前にいる日向とセットとなる。初めてバレー部の前に顔見せで体育館を訪れたときは何もなかった。次いで勉強を教えてくれと彼女の教室にまでやってきて、自宅にも招いて面倒を見たことがある。けれど結局二人揃って追試になってしまい、それからどうにか東京までやって来たものの谷地にはまだ理解できない速攻の方法で険悪な空気になってしまった。何とか新しい速攻の道を見出して、今はそれぞれ別々に練習しているけれど、その自主練を手伝っている谷地としても早くこの目で完成形を見てみたいものだと思っている。日向と影山の印象がばらけるとしたら、こちらに来てからの自主練で谷地は影山に付き合うことが多いということくらいだろうか。とはいえ、日向のように話しかけて来るでもなく、最低限の指示と要求しか声を発することはなく、あとはその時々のトスの出来栄えに対する感想が口を衝くことがある程度の空間。余計な間を挟むと谷地の被害妄想が進んで影山をイラつかせているのではと不安になっていたことは日向には打ち明けないけれども。
 兎に角、どう好意的に見ても仲良しとは言えないのではないだろうか。日向のような人間のいう仲の良さとはたぶん、谷地と影山が二人きりでいる空間の雰囲気には当てはまっていないと思う。

「何でそんなこと聞くの?」
「……梟谷のマネージャーが…言ってたから……」
「?」
「最近、練習終わったあと、谷地さんと影山が一緒にいるけど付き合ってるのって」
「つ、つき!?」
「違うと思いますって言っといた!」
「あ、うん、ありがとう!」
「……本当に違う?」
「違うよ!」

 先程日向を呼び止めた他校のマネージャーは、合宿中練習後の夕飯を自主練の後に回す為に他の人より遅い時間にとっている影山の傍に連日谷地の姿を見つけたことを日向に仄めかした。バレー馬鹿の揃っているこの場では、色恋の可能性の方が低いとは当人も思っていてもグループ内に新しくやってきたマネージャー仲間の小さい子が身体を縮こませながらご飯を食べている姿と、そのそばで無心に夕飯を掻きこむ影山の姿について尋ねてみたい好奇心を押さえることができなかった。その相手が日向であったということは全くの偶然であり、それから日向と谷地のこれからにとってはもしかしたら、僥倖と成り得る出来事だったのかもしれない。
 現に、影山と谷地の関係について考え始めてからというものちくちくと痛んでいた日向の胸は彼女の答えを聞くや否やきれいさっぱり元通りといった具合なのだ。

「そっか! よかった!」
「私も日向が元気になって良かったよー! 本当にもう大丈夫?」
「うん、超元気!」
「あはは! やっぱり日向は元気な方がいいね!」
「俺もそう思う!」
「あ、急がないと試合始まっちゃう!」
「おお!」

 慌てて駆け出した二人の距離は、しかしそれほど広がらない。体育館までの距離が残り僅かなせいもあるだろう。けれどそれよりも、日向が谷地を置いていってしまわないようにと意識していたから。日向の世界にはもう彼女がいる。その逆も同じこと。ただ本人たちがどこまでも無自覚なだけで。
 こんな二人のやり取りを、またしても梟谷のマネージャーに目撃されているとは露とも知らず。日向と谷地の関係が他校のマネージャー勢の間で密かな注目株となったのはまた別の話。



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間引く前にも恋は繋がって
Title by『ハルシアン』



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