「ごきげんよう、雲雀さん」

 そう、右手を上げて似合わない挨拶を述べてくる中学時代の後輩に再会したのは、雲雀が自宅への帰り道に偶然見つけたいけすかない草食動物の群れを一通りタコ殴りにし終えた、丁度そんな夜のことだった。
 いくら目の前の獲物を狩るのに夢中になっていたからといって、周囲への集中力が散漫になったりはしない。それほど熱中するような相手でもなかったのだから。それでもその後輩は、彼が声を掛けるまで見事にその気配を殺しきって、雲雀の意表を少なからず突くことに成功した。勿論、その隙をついて雲雀に攻撃をしかけようだとか、そんな馬鹿なことは考えていない。純粋な戦闘力で競っても勝率は微妙なところである。それならば、声など掛けずに奇襲を仕掛けた方がまだ賢い。成功するかどうかは別として、戦術としての話。
 雲雀と後輩の間にある距離はおよそ三メートル程度だった。お互いその気になれば一瞬で詰められる間合い。二人とも身に纏っているのは黒のスーツで、どちらもそれなりに上等な代物だった。ただ直前まで運動をしていた雲雀の上着は若干着崩れていて、手にしたトンファーから滴り落ちる血が不気味でもあり、彼らしい装飾品でもあった。後輩の方は堅苦しい格好が苦手だと言って、シャツのボタンも首回りのネクタイも締まりなく、上着のボタンは偶々夜風が冷えるからという理由で留められているという、衣装の上等さが台無しな着こなしをしている。それでもその立ち姿から隙らしい隙が見受けられないことに雲雀はこの後輩と戦ってみたいという興奮と、一昔前の後輩の姿を思い浮かべてからの変化にどこかで落胆を覚えている。

「――あまり身長は伸びなかったみたいだね、沢田綱吉」

 喉の奥でくつくつと笑う。緩やかに吊り上る口角に、綱吉は怯えない。ただ実年齢よりも幼い顔で、それでも無邪気とは呼べない表情で笑う。二つの正反対の笑みが向かい合って、それだけ。再会を喜び合うほど過去を重ねてはいなかったし、お互いが存在しない生活を二人はどこまでも謳歌できる。利害の一致だけが二人を引き寄せて、時々、そういった煩わしい因果関係を払いのけて相手について考えてみることがなかったわけではない。考えて、納得して、それを本人に伝えるような関係ではなかった。
 雲雀に指摘された、中学時代からあまり成長の背丈。実際は、平均身長を維持する程度には成長しているのだ。ただ周囲の人間の成長の方が健やかだったというだけで。何か吸い取られているのではと疑ったことはあるけれど、まあ綱吉の仕事上、見た目で舐めてかかってくれる輩もいるので伸びなかったものはそれで仕方がないと目一杯利用することにしている。日本人は西洋人からすると童顔に見えるそうだし、そういう意味で綱吉は男らしくはなれなかったけれど、立派に成長したと自負している。それでも、毎日家庭教師に向けられる銃口に怯える日々は相変わらずのままだったりするのだが、それは雲雀に進言する必要のないことである。

「雲雀さんは相変わらずみたいですね。相変わらず、美人さんです」
「……死にたいの」
「……褒めてますよ?」
「君、イタリアに滞在するのやめたら?ただでさえ順応しやすいんだから」
「良いことじゃないですか」

 綱吉がマフィアのボスになったと、雲雀は人づてに聞いた。中学時代からお馴染みの三人組が高校卒業と同時にイタリアに渡るとは、物珍しさにちょっとした噂にもなった。綱吉は雲雀に何も言わず、頼まず、去った。彼のファミリーにとっては重要なものであるはずのリングすら回収せずに、それなのに雲雀を自分の守護者と断言することもなく、あの人は俺の手にはきっと負えないからと、物言いたげな赤ん坊の視線も必死に黙殺して綱吉は雲雀の世界から消え去った。それがこうもあっさり姿を現すとは予想外ではある。だが衝撃的ではなく、雲雀はあくまで綱吉の戦闘力の面を重視して、獲物として彼を不躾に観察している。綱吉は慣れたものだと、しかし気は抜かないようにと突っ立っている。
 にこにこと効果音が付きそうな笑顔。隙がないが故に胡散臭く、それが雲雀の脳裏にある人物を思い出させて機嫌が悪くなる。イタリア人で、きっと未だに綱吉とも友好的な関係を築いているであろう、彼の兄弟子。やはり綱吉はイタリアに住まうのは止めた方が良いなと頭の片隅で考える。妙な所が似てきてしまって、非常に不愉快だ。

「…ねえ、沢田綱吉」
「何でしょう?」
「君は、強くなったの?」
「―――さあ?」

 尋ねるまでもないことだ。たっぷりと含まされた間は、綱吉の慢心でも、虚勢でも何でもない。
 ――戦い慣れは、あの頃よりもずっと。けれど貴方に勝てるかといわれるとそれはわからない。
 綱吉の脳裏に、絶対的な強者として雲雀が刻まれていることを当人が知る由もなく、わからないのならば試してみればいいと一歩を踏み出した。すると、同じ歩幅で綱吉が足を引く。怪訝に眉を顰める雲雀に、綱吉は降参の手ぶりをして、もう一歩下がった。

「俺、リボーンから雲雀さんに会うのはいいけど戦うのはダメって釘刺されてるんです」
「……何で」
「さあ?たぶん旅先から俺がぼろぼろで帰ってきたら大騒ぎになるからじゃないですか?」
「君の回りは相変わらず過保護なわけだ」
「あはは、まあそんな感じです」

 綱吉の都合など知ったことではないと、応戦不可避な状態に持ち込むことなど雲雀にはきっと容易かった。けれどそれをしなかったのは、顔を見れただけで満足だと綱吉が雲雀に背を向けたこと。それを無防備だと噛みつくよりも先に綱吉が言い忘れていましたと振り返ったこと。そして。

「俺、雲雀さんのこと好きでした」

 告げられた想いが、雲雀の頭を完全なる不意打ちで殴りつけたこと。これらのどれが自分の動きを止めてしまったのか、後から振り返っても意味はないと思いながら、それでも雲雀は考える。再会の夜から幾日も過ぎて、その夜以降またお互いに関わり合うことのない日常が始まっても、ぐるぐると雲雀は考える。
 答えの出せないまま、それでも雲雀が決めたのは、振り回されるのは柄じゃないから殴りつけてでも詳しく話を聞かせて貰おうということ。イタリアに行くのは初めてだなと、現地の下調べなどすることなく、最悪で最高の事態に備えてトンファーの調整をしながら呟く。
 その後、イタリアのボンゴレ本拠地を訪れた雲雀は敵襲と勘違いされ、手に負えないと守護者に助けを乞うも怪我人が不要に増えるからと頭の上がらない家庭教師に叩き出された綱吉と周囲にはた迷惑な規模で一日中戦い続け、終いにはヴァリアーやらキャバッローネらが観戦する中、一体この人は何をしに来たんだと脳の容量オーバーを起こした綱吉が「わけわかんないんですけど!でも好きです!」と雲雀にハグして、それを雲雀がキャッチした瞬間湧き上がった歓声によりよくわからない感動の渦の中一組のバカップルが誕生しこの騒動は幕を閉じた――ということになっていたりする。


―――――――――――

ガリバルディが恋した王様
Title by『ダボスへ』


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -