※捏造



 最近調子はどうなんて、手紙で済むようなことをわざわざアメリカまで出向いて尋ねてくるものだから、本当はもっと大事な用件があるのではと内心期待していたのかもしれない。彼に限ってそれはないかと、有希は心の片隅に陣取りかけた浅ましい予感を必死に追い払った。男というものは、同じ輪の中で馬鹿騒ぎしているときは女同士よりもずっと気楽だった。けれどそれ以外の場で、何か期待という感情を抱くには値しないと有希はいつ頃からか見切りをつけていた。その方が、サッカーですら境界線を引いた性別という差に落胆する機会は減るのだと、有希は身を以て知っている。
 藤代誠二が前触れもなく有希がアメリカで所属しているユースチームの練習場に姿を見せたときは驚いた。日本人の男性が練習を覗きにやってくること自体稀だ。きょろきょろと誰かを捜している仕草に、有希のチームメイトたちはいち早く気付きあれは誰かしらと気にしていた。それが有希の知り合いだと判明するや否やの反応は有希を随分と疲弊させた。これまで周囲に男っ気がなかった有希に日本から男性が訪ねてやってきて驚くのはわかるが、何か情報を得ようと耳をそばだてるのではなくマシンガントークで責め立ててくるのだから堪ったものではない。付き合っているのかと問われれば即座に否定する。友人なのかと問われればたぶんと言葉を濁す。本来ならば、自分と藤代の距離感は友人よりも遠く、有希が藤代を知っていることはあってもその逆はどうだろう、と首を傾げるようなものだった。
 中学時代、藤代が桜上水に遊びにやって来たことはある。その際に何度か会話もしただろう。しかし国境を跨いだ交流を持つほどの親密度ではなかった。だから、有希だってわからないのだ。藤代がわざわざアメリカまでやってきた理由が。大方他にメインの用事があって、時間が余ったから立ち寄っただけだという気もする。しかし有希は所属するチーム名を手紙で教えたことはあっても練習拠点の所在地まで教えた記憶はない。調べれば簡単に判明することではあるが、それならば事前に聞いてくれれば教えたし迎えにも行ったのにと益々腑に落ちない。驚かせたかったからと言われてしまえば、それはそれで藤代らしいとは思うけれど。
 だから、顔の前で両手を合わせて泊めてくださいと頭を下げられたとき、有希は反射的にお断りしますと微笑んでいた。

「何で!?」
「何でじゃないわよ!アメリカまで来て寝床の確保もしてないわけ!?」
「だって小島に会うんだから泊めて貰えるかなって思って…」
「連絡もなしに突然現れた男を親切に泊めてやる女がいると思うの?」
「俺と小島の仲じゃん!」
「どんな仲よ全く…」

 チームメイトたちの好奇の視線を黙殺して、一人暮らしをしているアパートへの帰り道を藤代は当然といった顔で着いてくる。置き去りにしたらしたで有希のチームメイトに囲まれて彼女との仲を根掘り葉掘り聞かれるのだろう。しかも藤代のことだから、面白がって適当なことを言いかねない。そんな不安もあったので、初めの内は藤代が後ろをついてくることに何の不満もなかった。
 どうしたものかと悩む有希の隣や後ろ、初めて訪れる土地への物珍しさから歩く速さを崩しながら進む藤代の口は忙しない。久方ぶりの再会を果たした友人に、あれやこれやと話して聞かせたくて仕方がないといった風にべらべらと喋り続ける。有希はあまりお喋りな男は好きではなかったが、藤代の場合人柄で済ませられるからマシだった。そういう妥協点を与えてしまうから、藤代が図に乗るのだということを見抜けるほど、彼女は男性と関係を持ったことがなかった。サッカーよりも魅力的な男が現れないのが悪い。有希は自分の周囲に恋愛の気配が感じられない理由をいつだってサッカーの所為ではなくおかげということにしてある。だって毎日楽しいから、悪いことのはずがないのだ。
 だから留学前に藤代にアメリカでの住所を聞かれても何故と拒むよりも構わないと応えていた。それは藤代の手元にもサッカーが色濃く存在していたからで、寧ろそれだけの共通項だった。実際に届いたハガキや手紙には相当驚いたし、意外ではあったけれども嬉しかった。そしてそれは、ひとり異国の地で生活する心細さを紛らわせてくれるからだと有希は信じていた。そうでなければ、余計に寂しくなるだけだから。

「ねえねえ小島、小島さん、有希ちゃん本当にダメ?」
「ダメ。アンタを泊めたってチームメイトに知られたら絶対に面倒なことになる」
「襲ったりしないんだけどな」
「あっそう、」
「俺の信頼度そんなに低いの?」
「そういう問題じゃないでしょ」

 信頼度とか、積み重ねるほどの出来事はなかったじゃないか。そう現実を突き付けて見たら、藤代はどんな顔を擦るだろう。懐っこくて、自信に満ち溢れて、けれど他人を見下さず、それ故に不用意に他人の間合いに入り込める人間は楽でいいだろう。それでいて、相手の方が藤代の気分を窺ってしまうような、彼はそんな人間だったから。
 藤代の機嫌などどうでもいい有希としては、チームメイトの反応が面倒くさい半分、藤代が胡散臭い半分が彼を自宅に招き入れたくない理由として占めている。図々しいという呆れは藤代に理解を求めるだけ無駄だった。
 そして何より。

「襲う気もない女の子の部屋に気軽に上り込める男って、私どうかと思うよ」

 怒りではない。純粋な、有希の意見だった。勿論襲って欲しいとかそんな話ではなく、気概の話。わざわざアメリカまでやってきたのだから、もう少し向上心を持って頂きたい。
 有希の言葉に、藤代はきまり悪そうに頬を掻いた。偶にはそれくらいしおらしくしているのも良いだろう。夕飯ぐらいならご馳走してやっても構わないかなと思いながら、有希は笑った。それでも泊めてと言い張れるのなら、有希は本当に少しだけ、藤代のことを好きだと思えるような、そんな気がした。



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前が見えなくたって進むことしかできないから
Title by『彼女の為に泣いた』





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