※渚茅+カルマ
※茅野ちゃん不在



「茅野ちゃん、巨乳嫌いなんだってさ」

 日誌を書きこむ渚の正面に陣取りながら、カルマが誰から仕入れた情報なのか、そんなことを言った。渚はペンを握る手を止めて、まじまじとカルマの顔を見つめる。彼の口から巨乳という言葉が飛び出したことが、少しだけ意外な気がした。異性に興味がないのではなく、体付きの性差に興味がないのだろうという、微妙な、上手く説明することのできない勝手なイメージで、渚はじっとカルマを見つめた。その視線を、カルマはどう捉えるだろう。わからないが、彼のことだから面白がって応戦することはあっても腹を立てることはあるまいと思っている。これもまた勝手な理解だろうか。他人に対して偏見を抱くことには抵抗があるが、逆にカルマは自分に対してどんなイメージを抱いて声をかけたのだろう。――茅野カエデは、一応潮田渚の恋人である。そんな彼女の情報を持ってくることをお節介と憤るべきか、ありがとうと素直に謝辞を表明するべきか。

「――ビッチ先生の時も、確かに巨乳に対して攻撃的だったかも」
「何だ、知ってたんだ」
「でも別に、僕男だし、茅野に敵視されるような巨乳じゃないから特に問題ないんじゃないかな」
「うわあ、渚君なにもわかってないんだね」
「……そうかな」

 渚の言葉に、カルマは嘲るような色を浮かべ、瞬時に溶かした。潮田渚そのものへの侮辱ではなく、軽率な発言を間違いだと教えてくれている。優しさではなく、渚がカルマの言を頑なに拒み間違えれば純粋にその失敗を嗤う。ようは気紛れなのだ。クラスメイトの潮田渚と茅野カエデ、恋人同士の二人もカルマには大差なく、判別の必要もなく目の前にいれば構う程度の差。
 茅野の巨乳嫌いを彼女がいないところで男同士掘り下げてどうにかなるものだろうか。止まってしまった日誌を書く手。誌面を数回ペン先で叩く。次に埋めるべき空欄は、時間割の項とは別に設けられた今日の出来事という欄。

 ――今日も殺センセーを殺すことはできませんでした。倉橋さんのナイフケースのスパンコールが剥げてしまって、それを直すついでに女子の大半は休み時間にナイフケースをデコってました。ビッチ先生の授業でとうとうカルマ君以外全員の男子がディープキスされてしまい、男子はこの授業でのキスはカウントしないことにしてファーストキスへの夢を保持することに成功しました。お昼休みに初めて茅野が作ってくれたお弁当を食べて、卵焼きが少しだけ焦げていたけど、タコさんウインナーは上手で、微妙に足が多くてたぶん殺センセーを意識したのかと思えばその通りで、僕が気付いてくれたことに嬉しそうに笑ってくれた茅野はちょっといつもより可愛く見えました。

 カルマの好奇心に付き合うのも馬鹿馬鹿しくて、無心でペンを走らせてみれば、地球の命運と自分たちの未来を背負いながら今日も随分気楽に時間を過ごしてしまったということがありありと浮かび上がる。それから冷静になって、筆箱から消しゴムを取り出して最後の一文を念入りに消しておいた。勿論、前から覗き込んでいるカルマにはばっちりと目撃されてしまって、にやにやと面白いからかい材料を得たと言わんばかりに笑っている彼に渚は焦るよりも諦めを覚えた。
 カルマの雄弁すぎる視線の所為で、気が逸れてしまい消しゴムで誌面をぐしゃりと潰してしまった。「あ…」と呟きを漏らして紙を伸ばす渚の動作はどこまでも緩慢だ。感情の起伏は同年代の少年たちと同様にあるようだが、無邪気ではないのか物静かな印象が漂う渚を、煩わしいことが嫌いなカルマは割と気に入っている。そしてそんな彼が好いたという茅野のことも嫌いではない。クラスメイトという条件が整えば、普通とは呼べないカルマにも物怖じしないで物を言う彼女は接していて心地が良い。それは恋愛感情とは全く別の、よその飼い犬に懐かれた気楽さと似ている。こんなことを馬鹿正直に打ち明ければ、人を犬扱いするなと怒られるだろう。

「茅野ちゃんはさあ、男が直ぐ巨乳に反応するのが嫌なんじゃないの」
「……茅野がそう言ってたの」
「違うけど、渚君が男だなんてわかりきってるんだしさ、巨乳じゃないから問題ないってのは違うでしょ」
「――そうだね。それよりちょっと待ってよ、日誌もう書き終わりそうなんだ」
「消さなきゃよかったのに。さっきの惚気。どうせ殺センセーには筆圧でばれるだろうし」
「次の日直にはばれないよ」

 別に、カルマが茅野を分析することに腹は立たないけれど。積極的に乗っかってやれないのは仕方ないことだと渚は思いたい。好きだとか、対象を前にしたって素直に臆面なく連呼できるあけすけさは持ち合わせていない。それがどうあったって不真面目なくせに聞き流してはくれないカルマを前にしては、友人としては向き合えても茅野への気持ちは晒せない。思春期の男の子故だと、同い年の少年に理解を求めるのは果たして無理難題なのか。だけどカルマならと期待する辺り、彼への憧憬は時折渚の中で顔を覗かせる。
 だけどこればっかりは。そんな堂々巡りを繰り返し、渚は日誌を書き終えて、立ち上がる。釣られてカルマも立ち上がる。職員室まで来るのかと思えば先に外で待っていると言われたから、そうかと教室を後にする。ひとり長くもない廊下を歩きながら、茅野は今頃友だちとナイフケースを飾るのに足りなかったものを友人たちと笑いながら買い物している頃だろうかと考える。明日は、きっと一緒に帰れるはずだった。

「――話は戻るけどさ、渚君は茅野ちゃんに『渚も巨乳が好きなの!?』って詰め寄られたらどうすんの」
「……何、今の裏声」
「そこは別にいーじゃん。で、どうすんの?」
「どうするって言われても…」

 日誌を書いている時点でわかりきっていたが、校舎を出たのは渚が最後だった。カルマと並び歩き出した途端、また茅野の巨乳嫌いに話題を戻した彼に渚は少々辟易してしまう。だって今の所、渚と茅野の間に女性の胸の話題が問題となったことはないのだから。だから、もしもを想定しているのだろうけれど。少なくとも渚が巨乳に魅力を感じていない以上、茅野を怒らせることもないはずだった。それでも尋ねるのは、渚の反応を面白がりたいカルマの好奇心だった。全く以て、迷惑な話。

「……茅野なら別に、胸はどうでもいいんだけどな」

 仮に、茅野が自分の胸囲に照らし合わせて巨乳を厭っているとして、それは自分と付き合う上で何か弊害になるのだろうか。そう首を傾げる渚に、カルマは眼を見張り、それから肩を震わせて笑った。けれどそれも数秒のことで、何故か「お幸せに」との言葉を賜った。
 益々意味がわからないと、今度は反対側に首を傾げた渚は咄嗟に「幸せだけど」と言いかけた返事を飲み込んだ。立ち止まってしまった渚を置いていくように歩き始めたカルマは気付かなかった。けれど、言葉にせずとも渚と茅野のお付き合いが順調に幸せ満タンであることはよくわかった。

「帰りどっかで何か食べてく?」

 なので、背後から掛かった渚からのお誘いには「お腹いっぱいなんだ」と丁重にお断りさせていただいた。



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備考:愛してる
Title by『弾丸』





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