高校一年生の一学期は、余所のクラスを覗き込むにも勇気がいるものだ。同じ中学の出身者や気さくに話しかける部活仲間がいるわけでもないのだから尚更。
 日向が覗く一年三組の教室にいるのは、部活仲間ではあるものの懇意とは言い難い、目が合えば睨まれ口を開けば罵倒が降り注ぎトスを強請れば基礎技術の向上が先だと殺人サーブが飛んでくる、天才セッター。入部当初、部長の目に余るほどの不仲からは前進したものの仲良しと肩を組むにはどこまでも遠い。
 中学時代、ひとりで取り組んでいた時間が長すぎるからだろうか。怒鳴り声は、怖い。的確なことを言っているのだろう、日向が下手くそなことなんて彼自身がよくよく身に沁みてわかっているのだから。それでも活かしてくれると認めてくれた、必要としてくれた。それならばもう少しわかりやすく、脳内で変換しやすい言語で伝えてくれたっていいじゃないか。お互い賢い頭の作りはしていないけれど。

「影山―」

 知り合いがいないから、入り口から取り敢えず名前を呼んでみる。同級生にならばさほど物怖じもしないから、別にその辺にいる誰かに呼び出して貰ってもいいのだけれど、もし、自分と同じように影山に怯む気持ちを抱えていたら申し訳ないから、初めは自分一人で。机に突っ伏している彼の腕の下には開きっぱなしのノート。今にも落ちそうな机上の端から飛び出たシャープペン。握ってすらいないのだから、眠気との格闘は授業中に諦めたのだろう。深い眠りの中、日向の声に対する反応はなかった。仕方なく、縄張り外の教室に一歩足を踏み入れる。それから周囲を確認すると、誰も日向を見ていない。咎めるような視線も向いていない。ならば遠慮せずともいいだろう。そう判断して、日向は小走りで影山の机の元まで走り、彼の前にしゃがみ込んだ。
 今日の部活は第二体育館が学校側の都合で初めの一時間ほど使用ができないのでグラウンド集合だという連絡を、日向は副部長の菅原から頂いた。二年生には澤村がメールを入れておくといい、では一年は彼が直接言って回っているのかというとそうでもないらしく。月島と山口には菅原がメールを入れておくから、影山には日向から直接伝えて置いてと頼まれたときの腑に落ちない感覚を解消できないまま日向はここにいる。
 背中の規則正しい浮き沈みだけが影山の眠りが完成していることを教えていて、揺さぶって起こしたら睨まれるのだろうと日向にはわかりきっている。寝ぼけ眼で睨まれて、自分の安眠を邪魔したのが日向だと影山が理解した瞬間には次の怒声が飛んできて、ある程度不満をぶちまけるまでこちらの言い分を聞いては貰えない。けれど、影山の眠りを妨げずに目覚めまで導く術も知らないものだから、日向はあからさまな怯えを含んだ手で彼の肩を何度か叩いた。

「ん……」
「影山、影山」
「あー、日向うるせえ…」
「な!おま…俺だって好きで此処にいるんじゃないからな!?」
「――日向?」

 日向の声に、名前を呼んで邪険にした影山が、あまりの言い分に憤慨した言葉に今度は驚いたように日向を呼んで顔を上げた。目の前にある顔をただ凝視して、黙り込む。しかし表情はどこまでも雄弁にどうして日向が此処にいるのだと問いかけている。
 しかしそれを察してやれないのが日向であり、察して貰える程の親密さを重ねて来れなかった二人の現在地点だ。邪険にされたことを引き摺る日向は不満げに目を細めて影山が自分に声に出して用事はなんだと尋ねてくれるのを待っている。もしくは、人の話を聞く態度を示してくれることを。

「――お前、何してんの」
「影山に用があるに決まってんだろ。俺このクラスに知り合いいねーもん」
「………」
「影山?」
「別に!何の用だよ」
「何でキレ気味なんだよ!そんなに寝てるの邪魔したの怒ってんの!?」
「怒ってねーよ!」
「怒ってるじゃん!」

 影山の鬼のような形相を見て、怒っていないと思う方が難しい。それが如何に照れ隠しの、緩む口元を引き締めようとする意地っ張りの所為だとしても。まさか、日向が発した影山に会いに来たという旨の発言に機嫌をよろしくしてしまったなんて言える筈がない。ツンデレならまだしも、日向に対してデレるという行動にでたことがない影山に対する日向の心象はどこまでも彼は直ぐに怒るという地点から出発しない。試合中にトスをあげることは、正直デレではないということを影山と日向以外のチームメイトは全員気付いているが。
 バレー馬鹿でバレー以外も馬鹿という字面だけを見ると救いようのない影山は、人間関係の築き方も本当に小学生と中学生を経て来たのかと疑いたくなるほどお粗末で。チームメイトとはまた違う意味で、好意を持って大事にしてやりたい日向すら、寧ろ過剰に睨み怒鳴りしばくというありさまだ。それでも出会った日から続く対抗心の名残から逃げ出さない日向に、影山はもう少し感謝した方がいい。

「今日の部活は体育館使えないから外でやるって菅原さんから連絡!」
「…おう」
「――睨むなよ」
「睨んでねえよ!お前こそ連絡あるならさっさと言えやボゲ!!」
「ね…寝てたくせに…」
「うるせえ!俺が俺のクラスで何して用と勝手だろうがアホボケナス!」
「う…」

 部活動の連絡事項は確かに大事だが、日向から差し出されるものとしてはその程度にしか思えなかった影山の不満の表情は険しく、やはり日向には自分を睨みつけているとしか思えなかった。俺の睡眠を邪魔しておいてと言わんばかりの視線だとそれとなく不満を訴えれば倍の暴言として返ってきた。何という、理不尽。それでいて態度がどこまでも自信に満ち溢れているものだから、影山ばかりが正しいかのような空気になってしまう。
 唇を噛んで、俯く。流石に言い過ぎたかと後悔すれども時すでに遅し。高校一年生の男子が、同級生の暴言に言い返せないくらいで泣きはしないだろう。だが泣きそうにはなるようで。

「――お前なんかもう知るか!!」

 絶縁を言い渡すかのような、しかし実際は日向だから単なる捨て台詞を言い残し、彼は一目散に教室を出て行ってしまった。この大声には影山のクラスメイトたちも何だ何だと顔を上げ視線を送るが、もうひとりの当事者は呆然と固まっており次の場面が始まる気配は見えない。次第に興味を失っていくクラスメイトたちに合わせるように、影山はまた机に突っ伏した。しかし今度は惰眠を貪る為ではなく、やっちまったと心の中で猛省する為に。
 この日、影山は放課後部室に顔を出した途端菅原に注意されることになる。勿論理由は日向を苛めたからで、そんなつもりはないと言い募る彼に先輩たちはそんなことはわかっているのだと揃って盛大な溜息を吐いた。日向は呑気に月島に身長をネタに弄られており、その戯れがまた影山の怒声を買うのだということを、やはり日向だけが知らない。
 ――信じられるか?この睨みつけてるってこと自体、影山からすればアプローチのつもりなんだよ?
 そんな菅原の心の声に、三年間という積み重ね故に通じ合った澤村と旭は乾いた笑いを浮かべた。


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青々しい、まだきみは
Title by『にやり』





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