※現パロ・年齢捏造


 面倒なことを引き受けてしまったと、ディアマトは二日酔いの頭痛を抱えながら朝のリビングに広がる喧騒にうんざりと眉を顰めた。滅多に飲まない酒を上司に付き合えとひっぱられて散々飲まされた翌日というものはいつだって身体は重いし気分は悪いしで最悪だった。その上、数週間前にあれやこれやと昔の恩人に丸め込まれて押し付けられた二人の子どもが学校に向かう準備と称して我先にと洗面台やらトースターから飛び出したパンを食そうと忙しなく動き回っているのだから頭痛どころか心だって休まる暇がないのだ。

「あれ、ティアマト今日休みじゃなかった?」
「おい!手元をよく見ろ、トーストとネクタイを重ねてジャムを塗るんじゃない!」
「うげ!やばいやばいティコまだ洗濯機回ってる!?」
「今から洗濯機放り込んであんた学校に何着けてくんだよ。水洗いして学校で乾かしな」

 テレビの天気予報のお姉さんに視線を奪われているからそんな間抜けなことをしでかすのだと呆れるティコに、アストロはそっちだって毎日当たりもしない星占いをチェックしているではないかと反論すれば一緒にするなと即座に言い争いの土台が完成してしまうのだから困ったものだ。遅刻しないようにと慌てていたのだろうに。
 アストロとティコは全く血の繋がりなど持たない赤の他人で、それぞれ違うルートを辿ってティアマトの元に預けられた。お互い天涯孤独という身の上に共通項はあったがそこに至るまでの過程がだいぶ違っており性格もまた違う。そもそも性別が違ければ思春期特有の甘酸っぱい感じに落ち着いて物静かに距離を測りながら家の中でだけでも良いから大人しく過ごすのではと二人を引き取った初日には思ったものだ。そして数時間で理解した。こいつらは、小学校高学年で情緒の成長が止まっていると。
 ティアマトの自宅から徒歩十分という物件なら家賃割高な好条件の場所に立っているインダストリア学園の中等部三年と高等部の一年というわずか一学年の差が囲う場を別ったが為に上が下を過剰に子ども扱いし、下は上に過剰な反発心を抱くという不良なのか貴様らはといういやいやこれは餓鬼の喧嘩だというくだらない諍いをアストロとティコはほぼ毎朝という確率で巻き起こして見せた。勿論、感心などするはずがない。
 距離を置けばそれで済む話だろうにとティアマトは頭を抱えるのだけれど、会話を交わさないでいる間のアストロとティコの関係は至って良好というか、年上のティコの方がアストロに寄り掛かるような仕草を見せることがあったので強い口調で喧嘩をするなら関わるなと叱ることも出来なかった。
 根は明るくていい子なんですよと紹介してくれた老人を思い出す。なんでも、孤児となったところを引き取り育ててくれた老夫婦とも少し前に死別してしまったらしい。漸く本来の明るさを取り戻し始めた折の出来事で、ショックのあまり閉じこもるというよりねじ曲がってしまったのだとか。それは、こんな見知らぬ男の家に預けるよりも真剣に対処の仕方を考えた方が良かったのではないかと思うのだが。
 アストロの方は見たまんまと言った所か。物心ついた時は既に孤児として施設にいて、そこの弟分や妹分たちの為にと世間からの偏見などと必死に戦って来たらしい。ティアマトに引き合わされた折も、「俺がこの人んとこ行ったらチビたちはどうなんの?」とそればかりをしきりに気にしていた。守るものとして他人を背負いこむには未だ幼い背中を見つめる度に苦い気持ちになる。お前に何が出来るなどと不躾な問いを投げるつもりがないが、どいつもこいつももう少し子どもらしく振舞ったらどうなのだ。全てを内側に仕舞いこんで自分を囲う世界はそういうものだと見限って、ならば戦うなり流されるなり受け入れるなりするしかないなどと、たかが十数年生きただけの子どもが、何を。理不尽を、責め立てようのない世界よりも無慈悲な隣人の所為にしたって構わないのだ。受け入れられはしなくとも許されはする。子どもの我儘は、身近な大人が受け止めなければならない。受け入れられなくともせめて、理不尽だと泣き喚く子どもに、無関係だと内心でしらをきりながら悪意のない加害者になりきって甘んじて謗られたって構わない。ティアマトは特別寛容的な性格をしている訳ではないから、思わず拳骨を落としてしまう可能性も大いにあるけれど、無言を貫かれるとそれはそれで腹立たしいものなのだ。それは、ティアマとの我儘だが。

「ティコ今日は一緒に帰れる?」
「んー、ごめん今日はバイトだ。一度帰ってから閉店間際に来なよ。余った惣菜とか貰えるよ」
「まじで!」
「制服では来ないでよ。中学生なんだから」
「―――おい」

 先程までお天気お姉さんと占いコーナーの優劣でいがみあっていたかと思ったら、本日放課後に一緒に下校できるかの確認をあっさりと始めるのだから子どものテンションの移り変わりとは理解できない。というか、一緒に下校していたのか。お前たち友人付き合いはどうしたんだとは流石に父親面をするようで聞けないが、問題はそこではない。
 ――なぜこの家に住んで置きながら二人して外で夕飯を調達しようとしているんだ!?
 ティアマトの絶叫に、アストロとティコはきょとんと瞬いて四つの瞳が彼をまじまじと見つめる形になった。養育費なのか、諸々の雑費なのか、二人に掛かるであろう教育費含め衣食住の為の費用もティアマトはしっかり受け取っている。そうでなくとも、年齢に比べて優秀なティアマトの収入からすれば子ども二人を食わすくらい何の問題もない程度の蓄えならあった。彼は殆ど娯楽を持たない人間だったので、収入を浪費する用途というものがまずなかった。生きる為だけに過剰な労働をする。それ以外を知らないティアマトに、他人に頼るということを良しとしない与えられた枠の中で更に縮こまって最低限の干渉だけで生きようとするアストロとティコが預けられたのも、この三人以外の周囲からの干渉だったのかもしれない。

「いいかお前たち。今日は外で焼き肉だ。反論は許さん。午後九時、少々遅いがティコのバイトが終了したら駅前の焼き肉店前に集合だ。アストロはティコをバイト先まで迎えに行くように。俺はそれまで所用を全て済ませておく。いいか、外食するんだ。惣菜なんて貰ってくるなよ!」

 理解したらさっさと学校へ行け、遅刻するぞ!その言葉を皮切りに、今までぽかんとティアマトの突然の熱弁に呆然としていた二人が時計を確認し慌てて朝食を再開した。ティコはもう食べ終えていて、食器を流し台に置いて軽くゆすいでから洗面台へと走って行った。アストロは取り敢えずジャム塗れのネクタイを洗いにやはり洗面台に駆け込もうとしてティコと激突していた。当然、言葉の応酬。しかしティアマトの「急げ!」の言葉にティコはアストロのネクタイを奪い取り「洗っとくからあんたは食器片付けときな」と役割分担をして見事最短タイムで玄関まで辿り着き、慌ただしいながらもしっかりと「行ってきます」と言い残して家を出て行った。
 いつもより少々家を出る時間が遅かった。駆けながら、ぎりぎりだなと腕時計を確認するティコの隣でアストロはどこか嬉しそうな顔をしていた。

「焼き肉だって!俺食べたことないかも!」
「私も滅多に。誕生日とかのお祝いごとがないと食べなかったな」
「何か今日めでたいことあんのかな?」
「ないでしょ。まあ良いじゃん、口振り的にあの人の奢りみたいだし!」
「ティコも嬉しい?」
「そりゃあね、腹が膨れるって良いこと!」

 同じ制服に身を包む子どもたちが歩く道すがらで交わされる会話にしては、どうにも世知辛い内容なのだけれど。それでもアストロとティコの表情があまりに晴れやかだったので、道行く人たちはきっと彼等は幸せなのだろうとそんな勝手な印象を抱いていた。強ち間違いではないけれど。孤児でも恩人を失くしても縁もゆかりもない男の家に預けられることになったとしても。
 お腹が膨れるのは良いこと!



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濃い野生たちの物語
Title by『ダボスへ』




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