箱庭学園第百代生徒会役員を依頼する人物を絞り込みながら、善吉は自分の左腕に着いている筈のものがなくなっていることに気が付いた。それは善吉に言わせれば生徒会役員であることの誇りのようなもので、おいそれと他人に譲渡すること能わないもの。それが自分の役職のものでなくともだ。

「…副会長の腕章、回収したよな?」

 そう、幼馴染の黒神めだかに選挙で勝利し諸々の引き継ぎを終了しておつかれさまと声を掛けてから、役員全員の腕章を回収しその時確かに副会長であった球磨川禊からも腕章を手渡されたはずだった。確か、クーデターとかはもうしないから安心していいよだなんて不安を煽るだけの言葉も頂いた気がする。高校三年の冬に突入しているというというのにあれは一向に変化がない。留年する気かと無駄な心配を抱いてしまうほどに。そもそもマイナス十三組が一般の生徒のルールに沿って学力や素行を考慮して進級を判断しているかどうかすら怪しいか。
 生徒会長として学園のことをあらかた理解しておきたいと思う気持ちはあれどトップがトップであるし創始者に至っては更にあれだしとで善吉の手には収まりきらないことばかりなのだろうなあとも思う。結局ノーマルの域を出ない人間には限界という物があるのだろう。勿論、努力することを止めるほど殊勝ではないのだけれど。
 色々と思う所はあるけれど、善吉はまず副会長の腕章を探すことにした。何せその役職だけはご親切に立候補に近い形で協力を取り付けているものだから一番にだって腕章を渡して差し上げないと相手の機嫌を損なうことになりかねない。自分の記憶を疑いたくはないが過信するほど素晴らしい貯蓄量を誇る脳みそでもないのでまず初めに前副会長の元を訪れることにした。自分から球磨川を訪ねて歩くなんてこと仕事でなければ絶対にしないのだがこれだって仕事みたいなものだなと思うと善吉の重い足取りはなんとか前にその一歩を踏み出してくれるのであった。
 球磨川が普段どこにいるかなんて実際は予想もつかないので、取りあえずこれまで見かける乃至彼の言葉に上った場所から虱潰し大作戦を決行する。マイナス十三組の教室にはいなかった。教室の戸を開けることすら出来なかったがいなかった。学食や旧校舎等々廻り巡って最終的に選挙管理委員会の部屋の前に立った瞬間、ああいるなと思った。夏の戦挙での特訓の所為もあるか球磨川の空気という物を善吉は未だに言葉に形容しがたい感覚を以て感じることが出来る。以前ならそれは危機回避を促す警鐘であったはずだが、今ではただの探知機になりさがっているのだから人生はわからない。
 ノックをして、返事がないので勝手に扉を開ける。立候補用紙を持ってきた時と何も変わっていない教室の中に球磨川はいた。前回は大刀洗斬子が寝転がっていた場所に彼女のものかわからない抱き枕を抱えて寝転がっていた。扉を開けただけでは無反応だった球磨川が、廊下と室内の敷居を一歩跨いだ瞬間ばっと善吉の方を向いたものだから思わずぎょっとして停止する。驚きというより恐怖を感じる素早さであった。

「『おや善吉ちゃん、奇遇だねえ。副会長の腕章は此処にはないよ?』
「知ってる時点でアウトじゃねえか。―――どういうつもりですか」
「『………。本当に良い子になっちゃったねえ善吉ちゃん。優しくされて幸せなのは過負荷としても当然だけどよそよそしくされて傷つくのだって当然なんだぜ?』」
「はあ、そりゃあそうでしょうけど」

 寝床の上に胡坐をかいて、無理のあるしらを切り通そうとした球磨川は結局最初から善吉を呼び出したかっただけなのだ。その証拠に、彼はないと言った腕章を右手に持ってぷらぷらと晒している。二学期のみ務めた役職に未練があるとかそういうことは特にない。生徒会の役職を離れても阿久根も喜界島も相変わらず球磨川を見かけると声を掛けに来てくれるのだから。めだかに関しては最近自分探しと称して暴れまわっているようなので球磨川の方が傍観者を決め込んでいる。幾分この学園に馴染んだとしても心底過負荷な自分が野次馬の群がる彼女に近づいていくことはどうにも。甘くなったもんだぜと自嘲しながらこうして選挙管理委員会の教室に未だお世話になっている。

「『…で、新生徒会長さん、最近めだかちゃんとはどうなのよ。まさかとは思うけどいきなりちゅー以上の関係に進展したとかだったら流石の僕も最近の若者の性の乱れを嘆くよ』」
「アホなこと言わないで下さいよ。めだかちゃんとなら髪を切ってやってから会ってませんね。忙しなく動き回ってるみたいだし、こっちもこっちで忙しいですから」
「『つまんないの』」
「面白くてたまるか!」
「『だって善吉ちゃん、僕がめだかちゃんのこと好きだって知ってた?』」
「まあなんとなく」

 ――『めだかちゃんだけじゃなくて、安心院さんとか江迎ちゃんとか瞳先生とか喜界島さんとか高貴ちゃんとか財部ちゃんとか大刀洗さんとかその他諸々僕は沢山の人のことが好きなこと知ってた?』

 次いで譫言のように球磨川が並べ立てた言葉に善吉は眉を顰め相手の顔をじっと見た。球磨川が惚れっぽいのは知っている。そしてその惚れた相手を嫌悪する場面などに遭遇したことはない。気が長いというか、何というか。明確な意識を以てめだかにしか恋愛感情を向けていない善吉にはあまり共感し得ない姿勢。だがそれを今更説かれてもなんだというのだろう。副会長の腕章をかっぱらったことと何の関係があるというのだ。
 過言でも見栄でも勘違いでもなく善吉は現在何かと忙しいのだ。雑談なら善吉が作業に勤しんでいる傍ら、生徒会室に遊びに来るなりして横で適当に喋り続けてくれれば良い。わざわざこんな手の込んだ悪戯を仕掛けてくれるなと怒り手前の憤りが善吉の胸中を支配する。

「『僕の好きな人たちは、その大半が口を揃えて言うんだろうね。君のことが好きだと。善吉ちゃんも随分と誑しになったもんだよ』」
「………」
「『…僕はね、僕だって善吉ちゃんのことそれなりに好きだよ』」
「…ありがとうございます?」
「『はは、いかにも誑しっぽいリアクションだね!』」
「誑し誑し言うのやめてくれませんかね?」
「『だって事実じゃないか。善吉ちゃんがめだかちゃんへの気持ちを自覚してなかったら今頃ハーレムだったんじゃないの?』」
「何言ってんすか。選挙で協力してくれた連中のこと言ってるんだったら見当違いですよ。あれはみんな友人なんですから」
「『――ほら善吉ちゃんは残酷だなあ』」

 お互い、この場で何を言っても会話が噛み合わないことを察している。自分の周囲にいる人間全員が友情だけで彼の一念発起をサポートしたと思い込んでいる善吉も。実際そうでないことを見抜き当人たちの確認も取らずに善吉本人にその恋心を仄めかすような発言をする球磨川も。どっちもどっち残酷さを孕んだ人間ではあるけれど、人間なんて結局そんなものだと熟知している球磨川ととことん無自覚な善吉とでは天と地ほどの差があるのだ。自覚ある残酷さは嫌悪によって断ち切れる。だから球磨川は嫌われることに慣れている。だけども善吉の無自覚な残酷さは相手を悲しませこそすれ好意故嫌悪には至れない。相手を傷付けるだけで善吉は傷付く以前に土俵が違う。それは何とも不平等なことのように思える。
 だけどもその一方で、どこまでもノーマルな善吉を球磨川は本心で以て好いている。可愛い後輩、懐かない後輩、対立を忘れただの先輩後輩となった。寄越される敬語はちっとも望んでいなかったのに。未だ球磨川の右手に握られている、数日前までは己の左腕に巻かれていた腕章を見る。以前だったら、腕章を見るや否や手間を取らせるなと怒りながらつかつかと歩み寄り分捕って行ったに違いない。悪びれない自分、怒る善吉。想像の仲の二人がよっぽどらしく思えて球磨川唐突に苦笑する。訝しむ善吉には何も言わない。言っても無駄だと知っている。ちょっと本気で傷付いているのだ。己の変貌に吐き気を催す程度には。その原因に少しでも善吉が関わっていると思えてしまった以上、腕章を浚うくらいの悪戯は許して欲しい。好いて好いて好いて好き続けて、報われない想いの行く果てなど球磨川は知らないけれど。嫌われ蹴られ恐れ拒まれ続けた自分が、そんな想いの行く先を案じられるくらいまで善吉の視界から弾かれないことをまずは幸せと噛み締めるべきなのだろう。
 たとえ生涯無自覚に踏まれ続けられることになろうとも。その辺りは過負荷なだけに慣れたものだ。善吉は相変わらず意味が分からないと顔を顰めている。あと少し、そうやって悩んでいると良い。そのひたむきさで大勢の人間を誑し込んだ罪深さ故に。



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Title by『ダボスへ』





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