5月5日、自分の誕生日が子どもの日であることにめぐるに特別思い入れはない。ただ、子どもの日が男の子の節句であることを知った当初は、それならば女の子の節句である3月3日が良かったのと思ったことはある。しかし翌日が幼馴染の誕生日であることを思い返すと、この腐れ縁の発端で一日分お姉さんになれることを幼いめぐるはどこか喜ばしい気持ちで以て受け入れていた。お互い誕生日には祝いの言葉を欠かしたことはなかったし、きっとこれからもそうなんだと思っていた。


 ST&RSに入学して初めてのGW、そしてめぐるの誕生日である5月5日の朝を妨害したのは、うるさいほどに叩かれた彼女の部屋の扉の音だった。寮生活は全員が集団生活を前提としている。当然、めぐるが使用している部屋も個室ではないのだ。同室いづみは既に部屋を出ているらしく、それがせめてもの救いかと思いながら、めぐるは眠気眼をこすりながら部屋の扉を開けた。こんな騒々しい訪問をしてくる、女子寮にいる友人といえばもう一人しかいない。マルカ・N・マイゼール、予想通りの顔がそこにあり、扉が開いたと同時にめぐるに抱き着くそのテンションと反応速度は大したものだ。この褒め言葉は決して彼女を讃えているわけではない。寝起きの力の入らない身体はあっさりとマルカの勢いに吹っ飛ばされて、めぐるは思い切り尻餅をついてしまいその痛みでようやく意識がはっきりとしてきた。
 そんなめぐるの様子を彼女と一緒に床に倒れ込みながら、マルカは「まだおねむなの」と尋ねてくる。時計を見ればまだ朝の7時だというのに。平日ならばさっさと起きていなければならない時間だが今日は休日なのだ。昨晩の就寝時間も考慮して、もう少し眠らせて貰いたかったというのがめぐるの本音で、思わずマルカをじと目で見つめたが朝からハイテンションのマルカはさっと立ち上がるとめぐるの視線をあっさりと外してしまう。

「めぐる今日誕生日でしょ!?おめでとう!」
「え…ありがとう…知ってたんだ…」
「ふっふーん、当然よ!ほらめぐる、鏡の前に座って!」
「え?あ、ちょっと待って着替えちゃうから!」

 未だ座り込んでいためぐるの手を引いて立ち上がらせてくれたマルカに礼を言い、直ぐに済ませるからと着替えと洗顔を先に終わらせる。始終早く早くと背中にひっつているマルカはなんだか娘の様だが言ったら怒られるだろうからおとなしくお待たせと彼女の要求通り机の上にある小さな立鏡を引き寄せてその前に座る。
 マルカはそれを確認すると上着のポケットから何かを取り出してめぐるの髪に触れた。普段の仕草からは想像できないほど優しい手付きで髪を掬って、直ぐに出来た、と手を離した。マルカの手に隠れて見えていなかった部分を確認しようと鏡を覗き込めば、そこには小さな花の飾りのついたヘアピンが装着されていた。もしかして、誕生日プレゼントだろうかと思い「くれるの?」と尋ねれば「プレゼントだもの!あげるに決まってるわ!」とウインクされた。一番にプレゼントを渡したかったのと笑うマルカに思わず感情が昂ぶって抱き着いてしまった。それを直ぐに嬉しいの意思表示と汲み取って抱き締め返してくれる彼女に、めぐるはこういうところは女の子って良いなあと少女らしくないことを考える。
 そのまま一緒に朝食を食べようと男女共用の食堂に向かえばユリアからもおめでとうと言われる。休日なので、食堂の人数はだいぶまばらだが、二人の会話を聞いていたクラスメイトの何人かは近付いてきて今日がめぐるの誕生日だと知ると皆が皆おめでとうと言い残して行くから、段々めぐるは気恥ずかしくなってきてさっさと朝食を済ませてしまおうと席に着いた。

「めぐちゃん!」
「いづみちゃん!今朝は随分早かったんだね」
「うん、ちょっとフィフィーさんに呼ばれとったんよ。あ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう!いづみちゃんも知ってたんだね」
「GW前に白舟さんがもうすぐ自分たちの誕生日が近いって教えてくれてん」
「そうだったんだ…」
「それでこれ…プレゼント」
「わあ、良いの?」

 差し出された紙袋を受け取って、視線で開けていいかと問えば恥ずかしそうに頷いたいづみにもう一度礼を言い、中身を取り出してみる。出てきたのは白いリボンでだった。それを見たマルカが着けてあげる、と先程自分がめぐるに着けてあげたピンを外していづみからのリボンを結んでやった。滅多にヘアスタイルを弄らないめぐるには鏡もないこの場ではどうなっているのかわからないが、いづみが「アリスみたい」と呟いたことで大体どんな状態か理解した。いづみとマルカのリアクションからしてそれほどおかしくもないのだろうから、このままでいようと決めて、改めて礼を言って今度こそ三人並んで座りながら朝食を済ませた。
 朝食後、いづみやマルカと別れて課題をしようと図書室へ向かっている途中、土神に遭遇した。彼は真帆や宙地と同室だった筈だが一緒ではないらしくひとりだった。おはようと挨拶して、土神の視線が物珍しさからめぐるの頭に不躾なまでに固定されていることに苦笑しながら「いづみちゃんに貰ったんだよ」と答え、冗談で「似合う?」と聞けば何故か顔を赤くしながら必死に頷いてくれるから気を遣わせてしまったかと何だか申し訳ない気持ちになってしまった。

「あの、お誕生日おめでとうございます!」
「え?あ、ありがとう…。土神君も真帆から聞いてたの?」
「はい…あと、たぶん白舟さんクラスの殆どに言ってましたよ」
「ええ!?」
「自分と星原さんの誕生日は一日違いなんだーって」
「そ…そっか。ごめんね、何だか無理に祝わせちゃったみたいで」
「そんなことないです!それで…あの、」
「何?」
「これ、プレゼントなんですけど貰って貰えませんか!」
「…いいの?」
「はい!良かったです、今日中に渡せて」

 祝って貰ったこと自体予想外だったのに、プレゼントまで用意していてくれたなんて。驚きながらも差し出されたのは小さな貝殻とビーズを繋げて作られたブレスレットだった。なんと故郷から寂しくないようにと持ってきていた貝殻を使って作ってくれた土神お手製のものだそうで。早速着けてみればほっと安心した表情を浮かべる土神に、そんな緊張しなくていいのにと背中を叩けば身内以外の女性に贈り物をするのが初めてなので、いきなり手作りなんて重たくないかだとか、そもそも本人に知らされたわけでもない誕生日にプレゼントを贈ってもいいものかと色々心配だったらしい。素直に嬉しかったと伝えれば祝ってくれた土神の方がありがとうと礼を述べてくるものだから、めぐるはなんだかおかしくて声をあげて笑っていた。
 そのまま土神と別れて、昼食を取らずに図書室で課題をしていたらあっという間に夕方になっていた。携帯で時間を確認しようと開けば両親から不在着信が入っており、お誕生日おめでとうとメッセージが残っていた。夜に自室に戻ったら電話し直そうと図書室を後にして寮に戻る途中、見慣れた後姿を見つけて思わず駆け寄ってしまった。後ろから飛びついて頭を羽交い絞めにしてやれば相手は相当驚いたようで、その反応に満足しためぐるは直ぐに解放してやる。

「めぐる!?いきなりなんだよー」
「真帆が私の誕生日言いふらしたんだって?おかげで今日は会う人みんなにおめでとうって言われたよ」
「えへへ、どういたしまして」
「別に褒めてないからね!?何だか祝ってほしくて言い広めたみたいじゃないの!」
「えー、良いじゃん、祝って貰えるんだから」
「まあそうなんだけど…」
「じゃあ今年はだいぶ遅れちゃったけどお誕生日おめでとう」
「…ありがと」
「それからこれがプレゼントね!」

 丁度めぐるに届けようと思ってたんだ、とズボンのポケットから取り出された小さな袋を自分の手で開けて、中身だけを彼女の手を取ってその上に乗せてやる。シルバーの天体を模した球体の着いたペンダント。これまで真帆に誕生日プレゼントを貰うことは何度もあったけれど、こんなアクセサリーを貰ったのは初めてのことで、思わずめぐるは停止してまじまじとそれを観察してしまう。過去にはめぐるには何の興味もなかった宇宙の歴史の本を贈り付けてきたこともある彼なのに。
 そんなめぐるの気持ちが伝わったのか、真帆も最初は天体観測でもしようかと思っていたのだと素直に白状した。だがそれではあまりに特別が感じられないだろうと同室の宙地に指摘されてやめたらしい。それから、折角だからめぐるの誕生日星が含まれている星座でも見られたらと思っていたら、肝心のろ座は11月から2月辺りじゃないと確認できないと知り諦めた。それから色々悩んだそうだが、結局ペンダントに落ち着いたらしい。経緯を聞けば成程、真帆らしい発想があって方向転換しただけかと安心する。
 そして真帆がめぐるの誕生日を祝ってくれたということは、当然明日にはめぐるが真帆の誕生日を祝ってあげるというのがこれまで毎年変わらぬ二人の習慣だった。息子への愛情が深い両親のもとで育った真帆だから、誕生日には毎年パーティーをしていてめぐるもよく招かれていたものだけれど、今年はその賑やかな光景を見ることはないのかと思うと少しだけ寂しい。今日一日、友人に祝って貰い十分嬉しかっためぐるには、明日も同じようなやり取りが真帆とみんなの間に交わされるのならば幸せなことだろうけれどそれでもやはりと胸にこみ上げるものがある。一年で随分立っている場所が変わってしまったから、そう思うのだろう。今年自分の誕生日を祝ってくれた人全員、真帆を覗けば誰一人去年の誕生日には知り合ってもいなかったのだから。

「…めぐる何で泣きそうなの?」
「なんか一年って早いなあって思って」
「ふうん、でも感慨に浸る前にさ、めぐるまだ今日一度も宙地君と話してないでしょ」
「…?うん」
「……これだけ誕生日祝われてそんな反応しちゃうめぐるってすごいと思うよ」
「は?」
「ほらあ、宙地君食堂にいると思うから今から行ってきなよ!」
「え…別に約束とかしてないのに…」
「それが彼氏に言う言葉かーー!!」
「はあ!?」

 じゃれあいのノリで、だけど割と本気で真帆はめぐるをけしかける。大切な幼馴染が、宙地と付き合うことになったと報告してきたときの言いようのない寂しさなんて近過ぎる日常の中でめぐるがあまりに鈍感だからあっさりと薄くなって、決して消えることなんてないのだ。尤も、見失ってしまえるくらい刺激的な宇宙が待っているから、真帆も滅多に寂しいなんて思ったりはしないけれど。それでも、比べる位置にいないとしてもめぐるの中の天秤に於いても最も比重を占めるべきは宙地なのだと認められたから、普段自分のことは勿論他人の恋愛にすら鈍感すぎる真帆でもこうして世話を焼くようなことをしてやるのだ。他でもない、大切な幼馴染のめぐるだから。
 変な真帆、と言い募りながらも寮に戻ろうとしていた足をちゃんと食堂に向けているめぐるを見送って、真帆はその場にしゃがみ込んだ。寂しくなんか、ないんだからね!


 めぐるが食堂に着くと、真帆の言葉通りそこには宙地がひとり読書をしているところだった。まだ夕飯で混み合う時間帯でもないので直ぐに見つけることが出来た。用事があった訳でもないので、こっそり宙地の邪魔をしないようにと後ろから近付くと本に影が落ちてしまったのかめぐるが声を掛けるよりも先に彼の方が振り返ったので、肩を叩こうとしていた手を慌てて後ろに引っ込めた。

「おはよう…もう夕方だけど…」
「ああ、そうだね」
「えっと…用があった訳じゃないんだけどね。真帆が宙地君が食堂にいるよって言ってたから…来ちゃった」
「白舟が?」
「うん、それがどうかした?」
「いや、別に…」

 ふい、と逸らされてしまった顔に、めぐるの心に一瞬で不安に似た暗い気持ちが広がる。ベタベタ引っ付きあうタイプではないけれど、一応付き合っているのに。そして付き合い始めてからこんなそっけない態度を取られるのは初めてのことで、もしかしなくとも宙地は怒っているのだろうかと思うがそうだとして原因がわからずにめぐるは考え込むことしか出来ない。何より、ちょっとだけ期待していた自分がいたものだから、現実との落差に落ち込む気持ちの進行が速すぎて上手く考えを纏められない。もしかしたら、宙地も自分の誕生日をお祝いしてくれるんじゃないかと思っていた。真帆のプレゼントチョイスの話を聞く限り、今日が自分の誕生日だと知っている筈だったから。図々しかもしれないけれど、知り合ったばかりの友達ではなく恋人なのだからそれくらい望んでもいいかなと思っていた。だから、真帆の時とは違う悲しい気持ちで思わず涙が零れそうになる。
 堪えようと、めぐるが息を飲む音で彼女が泣きそうだと気付いた宙地はぎょっとしたように眼を見開いて、それからばつが悪そうな顔をしながら「ちょっとごめん」とめぐるの腕を引いて食堂を出た。少なかったけれど、それでも何人かいた他人の目を気にしたのだろう。
 人通りのない廊下に差し掛かったところで宙地はめぐるの腕を離し向き合ってまた小さく「ごめん」と謝罪した。意味が分からないよと首を傾げるめぐるに、宙地は目を合わせることが出来ないまま「悔しかったんだ」と呟いた。

「星原さんの誕生日に、恋人の自分だけ夕方になるまで本人に会えない上におめでとうの一言も言えてないことが」
「……そうなの?」
「あと白舟にも負けたっていうのが結構…」
「私は気にしないよ?」
「まあ、うん…俺も男だからっていうことにしといて…」
「……ねえ、じゃあ宙地君は私の誕生日知ってたんだよね」
「ああ、それはまあ…」
「じゃあ私、宙地君に言って欲しい言葉があるな!」

 宙地の両手を取って微笑むめぐるの目尻には堪えた涙の名残が蛍光灯の光を受けてきらめいた。素っ気ない態度に悲しくなったけれど、今はとっても嬉しいよと表情や仕草からも伝わってくる。その嬉しさを最上級にする為に必要な言葉は、宙地だけが持っているんだよと促す。友人や幼馴染と同じ土台で張り合おうとしないで、大切であることはどちらも同じだけれど、芽生えた恋は貴方にだけその姿を見せるのだから。
 めぐるの気持ちが伝わったのか、今日は会ってからずっと困ったり気難しそうな表情ばかり浮かべていた宙地の表情がふっと和らいだ。

「お誕生日、おめでとう」
「えへへ、ありがとう!」
「それからプレゼント……手、出して」
「手?」
「右手じゃなくて…、出来れば左手」

 小物か何かかなと素直に差し出されためぐるの左手を取って、宙地は上着から取り出した贈り物を彼女の薬指にはめてやる。純粋な贈り物にしては、虫よけになりますようにだなんて随分と邪念が潜り込んでしまっていて申し訳ないけれどこれもひとつの愛しさだと開き直らせていただく。
 宙地からの贈り物が何なのか理解しためぐるは、予想だにしていなかった贈り物にぼっと頬を紅潮させる。恋人だけど、恋人だからなんら不自然ではないその贈り物は、はめられた指の位置も相俟ってめぐるに誕生日以外のものを連想させるから恥ずかしい。
 ――だって左手の薬指に指輪って!
 兎に角お礼を言わなくてはと、口を開こうとするものの宙地の顔を見た途端また変に意識してしまってもごもごと口籠もってしまう。そんな彼女の様子を見つめながら、あまり恋人同士という関係に劇的な変化を求めていないめぐるにもちゃんと伝わったようだと一安心。もしもプロポーズという言葉をイメージしてくれたのならば宙地はそれで満足だ。まだ子どもで、火星に行くという最重要の目的すら達成していない自分たちがこの指輪に込めた意思を実行に移せるのは、もっとずっと先の話になってしまうだろうけれど。

「あ…ありがとう」
「どういたしまして」

 頬の熱が収まらないまま、めぐるは何とか宙地に礼を述べてじっと薬指を見つめる。シンプルな飾りのない指輪を、一体どんな顔をして宙地は選んでくれたのだろうか。どうにも想像が追い付かないけれど、これは自分のことを想いながら選ばれたに違いない。それだけで、未来のことなど度外視したって今の自分は幸せだ。勿論、未来も共に在れたらこれ以上ない幸せだけれど。過剰に高まっていた熱が、暖かい温もりに落ち着いた頃、めぐるはもう一度ありがとうと宙地に微笑んで見せた。いつの間にか時計の針はずっと進んで、とっくに夕飯の時間になっていたけれど、もう少しここに二人きりでいたいと思ってしまうくらい、流れる空気は穏やかだった。
 翌朝、食堂に向かい真帆の誕生日を祝おうと思っていためぐるを前に、どうやら昨日の二人のやりとりを見てしまったらしいマルカが、宙地がめぐるにプロポーズしていたと言い触らしていてちょっとした騒動になるのだが、それは後十数時間だけ先の話である。


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Happy Birthday!! 5/5

見えないものを頂戴しました
Title by『ダボスへ』





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