恋人の誕生日に向けて頑張る女の子の努力を踏みにじるような男は最低ですとぷりぷり頬を膨らませながら、ハルはなかなか膨らまない卵白にご機嫌斜めだ。そんな彼女の背中を見つめながら、綱吉は食卓に所狭しと置かれている材料を意味もなく指差して数えてみる。椅子に力なく座り、その膝の上を時折イーピンやランボが台座として使用するので、綱吉は幼い彼らが机上の物に興味を示して散乱させないようにと両手で抱えて床に下ろしてやる。何を作っているのかと聞かれればたぶんケーキだろうと返す。実際は、絶対にケーキだ。だってここ最近のハルは毎日のようにケーキを作っては綱吉を初めとする沢田家にいる面々に味見乃至残飯処理をさせている。それでも普通に美味しい出来栄えなのだから、連日練習する必要もないだろう。ましてや人の家の台所で。

「ハルさあ、雲雀さんの誕生日の前に自分の誕生日あるんだからそっちを楽しみにしとけば?」
「雲雀さんは女心を理解していないからダメです!」
「でもハルの為にケーキ作ってくれたんでしょ?」
「ええ!それはもう乙女心をズタズタに引き裂くくらい見事な出来栄えでした!とっても美味しかったですよ!」
「怒るなよ…。あ、零れた」

 今日はずっとこんな調子だから綱吉は溜息を抑えることが出来ない。そっとしておけば良いものを他人の家に一人きりは寂しいだろうと一緒に台所に押し込められた彼の疲労を誰も知らない。携帯を弄りながら、獄寺か山本を呼び出そうかとも思った。しかし自分たちが三人揃うと大抵ろくでもない騒動に発展するから自重しておいた。恋人である雲雀の誕生日に向けてケーキ作りに励んでいるハルの邪魔をすることは、綱吉としても本意ではなかったから。
 しかし影ながら努力するからそれが実った時の喜びも一入となるのだと思っていたが、そこはハルだからなのだろう、早々に雲雀に連日の練習はばれてしまったらしい。いくらなんでも毎日雲雀のいる応接室よりも他の男の家にばかり入り浸っていては彼の心中もそう穏やかではなかったことだろう。あの、群れることを嫌う、男女の性差よりも力の強弱でしか他人を認識できない雲雀が、やわっこくて姦しくてか弱い草食動物の一を傍に置くということは、それだけちゃんと好かれているということだと綱吉は思っている。しかし肝心の当人同士がそこの辺りに深く考え込まないから、毎度些細な諍い未満のとばっちりを周囲に喰らわせているのである。
 雲雀の誕生日に向けてケーキ作りの練習に励むハルに別に甘いものは好きではないと言い放ってしまうことなど想定内だ。そんなことはとっくに知っているから落ち込むこともなく、それでも誕生日にはバースデーケーキがお約束でしょうと言い募れば雲雀もその内諦めたかのように頷いた。祝ってくれると言っているのだから、そこは拒む必要などない。だが他人に長年の無関心を貫いてきた雲雀でも、恋人の誕生日くらいは知っている。自分の誕生日の二日前、友人も多そうかつ祝い事が好きそうな彼女が忘れている筈もないだろうが、どうやらあまりそちらに重きを置いていないらしい。

「…君、自分の誕生日ケーキ作った方が良いんじゃないの?」
「はひ、自分で自分の誕生日ケーキ作るなんて寂しすぎます!」
「……………」
「雲雀さん?」
「じゃあ僕が作ってみようか」
「ほへ!?」
「何その阿呆面は」
「失礼な!雲雀さん料理出来るんですか!?」
「さあ?まあ取りあえず作ってみるよ」

 そんなやりとりをしたのがつい昨日のこと。日が変わり朝からメールで並盛中の応接室に呼び出されたハルを待っていたのは雲雀の処女作らしいそれはもう見事なホールケーキだった。スポンジの硬さも、クリームの柔らかさも、全体の甘さも、フルーツの飾りつけも有名なパティシエが作ったと言っても思わず信じてしまいそうな出来だった。その美味しさに、ハルもそれを頬張っている最中は幸せだったのだ。だが、食べ終えて、雲雀に賞賛の言葉を掛けながら紅茶を啜っている間に自分も同じように彼にケーキを作ろうとしていたことを思い出して、絶望した。
 ――よくお菓子を作るハルよりクオリティ高いってなんですか!
 女子のプライドと、恋する乙女の純情は複雑に絡み合ってどこかおかしな方向に転がって行った。結果、ハルに芽生えたのは闘争心。打倒雲雀を心に掲げ、勢いよく立ち上がると「雲雀さんの馬鹿―!」と捨て台詞を残して沢田家に駆け込んで来たのである。

「でも流石雲雀さんだよなあ」

 ハルに多少の同情は抱きつつも、やはり正直な感想はこちらだろう。お菓子作りをする雲雀なんてシュールだろう。そんな風に彼を動かせるのはハルだけだろうということも綱吉には意外で。そろそろハルの機嫌を直してやらないと最悪雲雀が沢田家に乗り込んできそうで嫌だなあと思っていると、オーブンで一つ目のケーキが焼けた音がする。今日はあといくつ作るつもりなのやら。材料の量から計算するのも億劫で、ここ数日平らげたケーキの量を思い起こせば気が滅入るからやはり応援に獄寺と山本を呼ぼうと携帯を開いた。それから、このご機嫌斜めなお姫様の誕生日をどう祝ってやるかの相談もしなくてはなるまい。



 5月3日の朝。ハルが目を覚ますと枕元に両親からの誕生日プレゼントが置かれていた。これはクリスマスではと疑問に思うよりも先にラッピングを解いて中身を見れば先日母親と出掛けた時に惹かれていた夏物のワンピースだった。最高の寝起きに、笑みを殺しきれずにいると、枕元にもう一つ何かあることに気付く。名刺ほどの大きさのそれを手に取るとどうやらメッセージカードらしく、起きたら沢田家においでと書かれていた。差出人はリボーンで、一体どうやって忍び込んだのか不思議に思ったものの、朝一番の喜びはそんな些細なことに心を留めさせたりはしない。きっと今日は素敵なことばかりで溢れた一日になるに違いない。そう確信して、ハルはクローゼットを開いた。
 遊びに行くには少々早すぎたかと反省しながらも、ハルは着替えと洗顔、朝食を済ませると両親にお礼を言って、それからすぐに自宅を出て沢田家に向かった。呼び鈴を鳴らすと奈々が玄関の扉を開けて出迎えてくれる。朝早くからすいませんと一応詫びればいつもの大人とは思えない可愛らしい笑顔で誕生日おめでとうと祝われた。それがまた嬉しくて、お礼を言うと綱吉たちがいるという台所に向かう。何やら騒がしいなと覗き込めばそこには見慣れた三人組が勢揃いしていて、賑やかでまだハルが来たことに気付いていないようだった。

「ツナさーん、ハルですよー」
「あ、いらっしゃい」
「ハル早いのなー」
「昼過ぎまで寝てるかと思ったけどな」
「……山本さんと獄寺さんまで…何してるんですか?」
「えーと、まずお誕生日おめでとう、ハル」
「これ誕生日プレゼントな!」
「ありがたく思えよ」
「……ありがとうございます!」

 手渡されたのは手作りのクッキーだった。男子の菓子作りが流行っているのかは知らないが、此方は雲雀のとは違いそれぞれ形が不揃いで手作り感満載の出来栄えだった。朝の5時に集合して焦がしたり割ったりしながらなんとか完成に漕ぎ着けたのだと遠い目をしながら語る綱吉と、まあ楽しかったから良いだろうと笑い飛ばす山本、それに最初に温度が高い方が早く焼けるのではと素人のくせにレシピを無視したのはお前だろうと噛みつく獄寺。全くいつも通りだから、ハルは嬉しさと愛しさのままに声を上げて笑った。ハルの反応が意外だったらしい三人はきょとんと顔を見合わせて、ハルと同じように笑って再度お誕生日おめでとうと祝ってくれた。ハルがお礼を言うと、いつの間にか足元にリボーンがいた。しゃがみ込んで、目線を合わせる。

「リボーンちゃん、今朝はカードありがとうございました」
「おう、ほら、次のカードだ」
「次ですか?」
「並盛中に向かう途中の公園に行ってみろ」
「……はあ、」
「今日一日ハルへの伝言係になるのが、俺からの誕生日プレゼントだぞ」

 カードを受け取って、不思議そうにしている間にリボーンは姿を消してしまった。疑問はあるが、指示に従ってみようと腰を上げると、綱吉たちはこれから片付けがあるから一緒にはいけないとのことで仕方なくハルはひとり沢田家を後にした。
 公園に着くと、ブランコに座って親友の京子と花が待っていた。ハルに気付くと満面の笑みでお誕生日おめでとうと言われ、お礼を言いながら駆け寄るとプレゼントだよと紙袋を渡される。ナミモリーヌのシュークリームだよと微笑まれ、大好物だと興奮気味に二人に抱き着けばそっと抱き返されるからハルはやっぱり今日は幸福で満たされていると実感する。そして京子がハルから体を離して「今日はまだまだハルちゃん忙しいと思うよ」と微笑んだ瞬間、ハルの肩に少しの重みと目の前にあのメッセージカードが突き出されていて、今度は何も尋ねずにその指示に従うことにした。
 それから、商店街の入り口で朝会ったばかりの奈々と一緒にいたランボとイーピンにキャンディを一粒ずつ、川を渡る鉄橋の上で泥だらけのディーノからマカロン、並盛中の校門前でビアンキからブラウニーやフィナンシェの焼き菓子詰め合わせを貰った。
 ――お菓子ばっかりですね。
 このツアー状態から考えて、みんなで示し合わせて選んだのかもしれない。籠った気持ちは伝わっているし、甘い物が好きなハルには嬉しい限りの状態だ。ただ、一気に食べると体重の心配があるので、慎重に見極めながら味わって食べなければなるまい。頭の中で何を一番に食べるか計画を練りながら、到着した並盛中の校舎に足を踏み入れる。リボーンにこれが最後と渡されたカードの指定場所は応接室。待っている人物などわかりきっていて、あのケーキ事件のあった日以来直接顔を合わすのは初めてだと、少しだけ緊張してしまう。折角作ってくれたケーキを食べるだけ食べて逃走したのだから、怒っている可能性もあるだろう。荷物を片手に持ち直して、落とさないよう注意しながら空いた方の手でノックを二回、返事は聞こえないがいつものことだから構わず扉を開ける。休日の無人の廊下に、扉の開く音が耳障りなほどに響いた。

「雲雀さん、ハルですよー」
「うん、見ればわかるよ」
「それもそうですね」
「まあ、とりあえず、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます?」
「また随分沢山貰ったみたいだね」
「えへへ!凄いでしょう?みんなお菓子なんですけどどれも美味しそうですよ!」

 ハルの抱えた大量の荷物を見て、雲雀は呆れなのか感心なのか判別しがたい顔をした。流石に手が疲れてしまったとソファの上に荷物を置くハルは堂々と雲雀に背を向けているものだから、彼はちょっとだけ気分を悪くした。あくまでちょっとだけ、それも、好意があるという前提のもと。おめでとうの言葉はもう贈った。だから次はプレゼントをあげたいのだけれど、彼女が自分の誕生日に贈ろうとしているケーキを同じように返すとどうやらあまり喜ばれないらしいと察したのでやめた。よくよく考えれば3日と5日に続けて大量の甘味を摂取するなんて雲雀の味覚にもハルの体重にも優しくないことだ。事前に気付いてよかったと考え込んでいる雲雀の正面に、手ぶらとなったハルがやって来ていた。どこかぼんやりとしている雲雀の顔を覗き込んでくる真っ直ぐさがくすぐったくて、彼にしては珍しくハルを抱き締めてみた。普段は男女の接触にすけべはいけないと過剰な反応をする彼女だったが、今日ばかりは雰囲気がそうさせたのか、抵抗することなく雲雀に体を預けている。

「誕生日プレゼントなんだけどね」
「…くれるんですか?」
「恋人だからね、友人以下の祝い方をするつもりはないよ」
「そこは張り合わないで下さいよ」
「嫌だよ。で、プレゼントの話に戻るけど」
「ケーキですか」
「いや、ありがちだけど今日一日僕を好きにできる権利をあげるよ」
「はひ?」
「だから出来るだけ邪魔されたくないから本当は一番に祝ってあげたかったところを最後に回して貰ったんだ」
「はあ…」

 随分とらしくないことを言うものだから、ハルは雲雀の言葉の意味は理解できるものの信じることが出来なかった。その疑いがありありと表情に浮かんでいたのか、失礼な反応だと雲雀にでこぴんされた。手加減されても、彼のでこぴんは相当痛い。涙目になりながら、雲雀の贈り物を受け取ったとしていったいどうすれば良いのか考える。好きにできる。手を繋ぐ、抱き締める、添い寝する、キスをする。どちらかといえばハルよりも雲雀が主体になった方がスムーズなことばかり。どこかハルの行きたいところに出掛けるにも遠出できる準備はしてきていない。それにGWではどこも混雑していて、人込みを嫌う雲雀は付き合ってくれるかもしれないが楽しんではくれないだろう。それではなんの意味もない。
 それならば。

「頂いたお菓子を一緒に食べましょうか」
「…それいつも通りじゃない」
「そうですけど…!今日はいつもより豪勢ですよ!」
「まあいいけど…他にはないの?」
「そうですねえ、今日一日じゃなくてずっとならお婿さんになって貰ったりもするんですが…」
「その言い回し僕が貰われるみたいでいやだね」
「うーん、じゃあ明後日の雲雀さんの誕生日にハルを一日好きに出来る権利を貰ってくださいとかどうです?」
「それだと僕の方が圧倒的に得をするよね」
「……そうですか?」
「うん、まあ喜んでいただくよ。後悔しないようにね」
「なんですかその不吉な言葉は!」

 だって、と言葉で説明するよりも先にお茶を淹れようとしていたハルをソファに押し倒してその唇に噛みついてやった。甘い味がした気がするのは、この部屋に漂う香りが彼女の持ち込んだプレゼントの所為で甘くなっているからか。恋人同士が二人きりで過ごす場の空気が甘いからか。
 「ハルを食べちゃダメです!」と真っ赤になりながら喚く彼女に、随分破廉恥な言葉を言うものだと思いながら、それでも雲雀は彼女の上に覆い被さってどく気はさらさらなかった。明後日はケーキよりもハルが食べたい。勿論、自分の為に努力してくれた彼女の成果を無碍にするつもりはないから、美味しいの一言くらい惜しむつもりもないけれど。このまま一日を過ごしても、誕生日であるハルよりも自分の方がだいぶ幸せになって終わってしまいそうだ。そんな雲雀の複雑な心中を知る由もなく、ハルはハルでもう雲雀さんに食べられちゃっても良いかなあなんて破廉恥な方向に思考が傾いていく。
 ――ハルはお菓子みたいに甘くはないでしょうけど。
 視界の端に映るプレゼントの山に、もう暫くは美味しく頂いてやれないことを心で謝罪する。寧ろハルの方が雲雀に美味しく頂かれてしまうのだけれど。それでも今年の誕生日は幸福でしかなかったと、ハルは瞳を閉じて降ってくる雲雀からの愛情にただ身を任せることにした。


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Happy Birthday!! 5/3

明日も明後日も君の隣で
Title by『にやり』



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