手を繋ごう。そう話し掛ける度にアレンは微笑みながらその右手をリナリーな差し出した。その当たり前が段々とリナリーの心にのしかかる。そして卵の殻を砕く様にして内側の仄暗い気持ちを溢れさせようとするからリナリーは必死になって笑顔を取り繕わなければならない。アレンには、そういった表面上の誤魔化しは大抵見抜かれているのだろう。だが見抜かれても踏み込んでこないのもまたアレンの特徴だった。
 フェミニストだからと持ち上げれば女性として尊重されていると安堵出来るのか。仲間だからと向き合えば踏み込んで込んで良い部分とそうでない部分とを弁えているのだと納得出来るのか。恋人だったらともしもに至ればあまりに余所余所しいと詰るだろう。アレン・ウォーカーという人間であるからというならばどうしようもなく寂しい。好きな人に歩み寄りたいのは当然で、だけどもリナリーは彼にもまた自分に歩み寄って欲しいと思う。我儘ではないと思いたい。仲間であるという現状は、リナリーにとっては家族同様の位置を占めるから、曖昧に微笑まれては寂しい。
 そんなリナリーの胸中など察すれど確証もなく踏み込まないアレンは彼女と手を繋いだまま街の人混みを縫いながら進んでいく。

「そろそろイングリッシュベリーの季節ですからお菓子も沢山新作が出ますよね」
「そうね。……お茶でもしていく?」
「いいんですか!?」
「ええ。そんな何か食べたそうな顔されたら早く帰ろうなんて言えないもの」
「ありがとうございます!」

 実はずっと気になってたお店があるんですよ!と歩調を軽快にしたアレンはリナリーを誘ってずんずんと歩く。街のメインストリートを二つ程横道にそれた通りにある小さなカフェ。商店が立ち並ぶメインストリートとは違い住宅地に足を踏み入れている位置にある店は一見店なのか住宅なのか判じずらいのだが、入口に小さな掛け看板にOPENの文字が見えて始めてカフェなのかと納得する。ホームから下りて一番近い街にこんな店があるとはリナリーも知らなかった。お使いにやって来てもそれは買い物が主だったのでこんな住宅地の方まで足を向けたりはしない。正直アレンだって知り合いなど住んでいないだろうから何故知っているのかと不思議に思う。まさかとは思うが女性に紹介されたなんてことはあるまいな、と不快に寄っていく眉を慌てて正せば生憎アレンはばっちりとリナリーの方を見ている。
「どうかしました?」
「え…えっと、アレン君よくこんな所にあるカフェ知ってるなあって不思議で…」
「ああ、この間街に下りた時に子ども達に曲芸見せて遊んでる時に教えて貰ったんですよ。その日は休みで開いてなかったから入れなかったんです」
「曲芸?」
「最初は迷子で泣いてる子がいたから気を紛らわせようとしたらどんどん群がって来ちゃいまして…」
「目に浮かぶわ」

 どうやら邪な予想は杞憂に終わった。困り笑顔で子ども達に群がられるアレンを想像すれば自然と頬が緩む。そんなリナリーに安心したのか、アレンは手を繋いだままカフェの扉を開けて席に着く。ひっそりとした佇まいの店内にお客はアレンとリナリーだけで、出迎えてくれたマスターに紅茶とスコーンを頼む。ジャムはストロベリーでと言うと、丁度旬な物が仕入れられたとの言葉が返ってきてアレンは嬉しそうに破顔した。
 時間帯が良かったのか、割と待たずに注文の品が運ばれて来る。マスターの妻と思しき女性がテーブルに品物を置き終えて、デートかしら?とウインクを一つ。戸惑って顔を赤くするしか出来なかったリナリーをよそにアレンはそう見えますかなんて話に乗っかろうとするから彼女の機嫌が一つ降下する。楽しそうに言葉を手繰るアレンの心地を上向きにさせているのは自分と恋人に間違われたことではなく単に目の前の紅茶とスコーンのお陰なのだろう。そう思うとリナリーは心底面白くない。花より団子なアレンの食欲は理解しているけれど、そもそも花と団子を同じ舞台で競わせること自体が失礼だというのが花の言い分。
 甘酸っぱいベリーのジャムを乗せたスコーンは確かに美味しくて、穴場を見つけた喜びはあれど胸中を幸せで満たすには 幾分足りなかった。目の前のアレンは早速スコーンのおかわりを注文していて、此処には食事じゃなくてお茶をしに来たんでしょうと諫めようとするがやはり気持ちの落ち込みが邪魔をして溜息しか出て来ない。一般人の目に触れるには、アレンの食欲はなかなかショッキングだ。細い身体で、こんな小さなカフェならば厨房にある全ての食材を平らげても満腹には至らないかもしれない。

「…アレン君、食べ過ぎないでね」
「わかってますよ?」
「本当かしら」
「それよりリナリー、今日は全体的に浮かない顔してますよね」
「え…」

 僕、何かやらかしちゃいましたか。と己の非を疑いながら、アレンは既に申し訳ないと詫びてくる。今日のリナリーを振り返れば、何となく自分が原因なのではと思い至る部分があったのだろう。尤も、気付いても修正できないから謝るしかない。
 アクマを救うという使命感からくる自己犠牲の精神が、仲間を守りたいという願いにも影響していることは無意識だが指摘されれば否定はしない。それが当然だから、アレンは迷わず走り続けるし闘い続ける。だけど時々、縋るようにお願いだから自分を大切にしてと啜り泣く声が聞こえることも事実で。誰よりもそう願ってくれているのがリナリーで。それでもアレンは止まれないから、ありがとうとごめんねを繰り返して何も変われないまま此処にいる。

「…アレン君に、」
「はい、」
「もっと…たった一人の特別な女の子として大事にされたいなあって思ったの」
「へ?」
「手を繋ぎたいって言ったら、その左手だって伸ばしちゃうような、当たり前で特別な存在になりたいなあって、」
「え…と、」
「でもそう思うとつい横道に逸れて嫉妬じみた感情にばかり気を取られてしまうから表情も浮かなくなるの」

 ステンレス製のミルクキャッチャーを手に取りミルクをカップに注ぐリナリーの目は伏せられて、睫毛が落とす影が切なげにアレンを詰る。
 ――優しいだけなら要らないわ。手を繋ぐなら心も繋ぎたいし食事よりも女心を察して優先するくらいの位置に私を置いて欲しいの。無理を言っているつもりはないわ。だって私、貴方に恋する女の子だもの。
 どれだけの本音がアレンに届けば彼はにこにこ笑ったまま据えた重い腰を上げて自ら歩み寄ってきてくれるのか。期待しない方が身の為ね、と自嘲してスプーンで紅茶を混ぜる。フレイムレッドに渦を巻いていたミルク色が溶け込んでいく様に己の気持ちの複雑さが絡み合って見るに耐えない。気まずくなってしまった雰囲気を打破するように、気にしないでと顔を上げる。てっきりそこには、困り顔のアレンがいるとばかり思っていたのだが。目の前の彼は初めて見るくらいに顔を真っ赤にして固まっていた。

「アレン君?」
「――!?はい、何ですか!?」
「どうしたの?」
「へ?あー、えっと…紅茶美味しいですね!」
「うん」
「スコーンとジャムも!」
「ええ」
「だから…えーと、その」
「………」
「また、僕と一緒に来てくれますか?」
「――!ええ、勿論」
「ありがとうございます」

 ほっと息を吐いて、アレンは皿に乗っていた最後のスコーンを平らげる。付いて来たジャムはだいぶ余ってしまって、しかし流石のアレンも今はこれ以上の甘味を摂取出来そうになかった。だって凄く胸が苦しいから。リナリーは気付いていないのか、彼女の発言は紛れもない告白で、真正面からそう踏み込まれると流石に上手く反らせない。
 ――足りてなかったのかな。
 自分なりの特別はちゃんとリナリーだけに向けていたつもりだったから、尚更驚いた。確かに女性に冷たくするなんて師匠の教育上考えられないけれど、何とも思っていない女性と手を繋いだり気になっていた店にわざわざ出向いてお茶をするような軽薄な人間ではないと自負している。つまりは、そういうことだ。言葉にしなかった分だけアレンにも非がある。そこは素直に認めよう。
 だから帰り道は、目の前の大切な彼女の顔を沈ませることのないように自分から手を伸ばして繋いでも良いですかと言おう。手を繋いだら、ちゃんと好きだと言葉にしよう。そうすれば、リナリーの頬はストロベリーみたいに赤くなって、流れる空気はジャムよりもずっと甘くなるのだろう。


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花は逃げない
Title by『告別』




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