※ネタバレ・捏造


 助けてくれたお礼がしたいのだと、下心ない笑顔を向けられてアルカはきょとんとゴンを見つめ瞬いた。今まで誰かに何かをして欲しいと言われたことはあったけれど、何かをさせて欲しいなんて言われたことはなかった。そもそも、家族とすら最低限の接触しか持たなかったアルカに、出会ったばかりの他人が何かを与えようとすることがまず稀有なこと。
 「欲しい物とかない?」と言われても思い当たらない。自由に外を闊歩する権利も、大好きな兄と一緒にいられる時間も手にしてみれば心地良く欲しかったのかもしれないと気付くが既にアルカの手の中にある。お腹はいっぱい。少しだけ喉が渇いたと訴えればそういうことじゃないんだよなあとゴンが頭を掻く。
 仲介となりそうなキルアはこれからアルカと向かう国への飛行船の手配をしに受付に向かってしまった。空港のロビーのベンチから受付の方を眺めればだいぶ混雑していて、列に並んでいるキルアの姿が歩く人影の隙間から覗く。この分ではもう暫くゴンとアルカは二人きりで取り残されるだろう。

「飲み物買いに行く?」
「うーん、兄にちょこまかするなって言われてるので此処で待ってます」
「そう?じゃあ俺も良いや」
「…?」
「キルアに君から目を離すなって頼まれてるから」

 二人してキルアからの言い付けを守って、本当に良い子だねとふざけて笑い合う。こういう時、ゴンの屈託ない人柄は場を和ませるのに有効だった。アルカもまたキルアの友人であり仲の良いゴンとの関係を見て直ぐに打ち解けたので、流れる空気が気まずくなったことなどはない。
 ただ今回ばかりはアルカは沈黙し考えることに集中する。私の欲しい物ってなんだろう。行動の束縛はされてきたけれど、その分他の物は惜しみなく与えられてきたから物欲が満たされないということはなかった。玩具もお菓子も絵本も何もかも買い揃えてくれる財力のある家の方が稀だとは、未だアルカは気付いていない。爪やら臓器やら要求することもあるけれど、それはナニカに願い事をしようとする条件であり対価。キルアとの約束によってナニカがもう誰のお願いも叶えないと誓った以上、ナニカがエグいお願いをすることはもうないだろう。何より大好きな兄の大切な友達から身体の一部を奪うような真似はしない。
 ――じゃあやっぱり欲しい物はないのかな?
 うーん、と声まで絞り出して悩むアルカに、ゴンはもしかしなくとも自分の所為かと少し唐突すぎたことを反省する。キルアが自分を助けてくれたのは実はアルカなのだと、別れが迫ってから打ち明けてくれたものだから言葉以外で礼を伝える準備をすることが出来なかった。
 同年代の女の子と話すのも随分と久しぶりで、その上何かを贈るとなると全く見当が付かない。キルアの妹ならばお菓子を大量に贈れば喜ばれるだろうか。しかしこれから旅に出る人間に荷物となる物を大量に押しつけるのは気が引ける。それにキルアに奪われないかが心配だ。いや流石に妹から物を奪うようなことはしないだろうが俺の分はないのかとゴンにせびってきそうでやはり面倒臭い。
 うーんと唸るアルカの隣で、ゴンもまた唸り始める。端から見ればさぞ珍妙な二人と思われるだろう。だがツッコミ担当のキルアは未だ飛行船のチケット購入の為受付に並んでおり戻ってこない。こういう時に限って、列は遅々として進まないものだ。

「ねえねえ、じゃあさ、キルアが何でも君のお願い叶えてあげるって言ったらどんなことお願いする?」

 知り合ったばかりの人間だから遠慮している部分もあるのかもしれないと、アルカが一番心を許している人間にならば何を強請るのかを参考にしよう。これが名案だったかは判じがたいが、ゴンの期待通り、この問いにはアルカは間髪入れずに解を導き出した。

「えーっと、頭なでなでして貰いたい、手を繋いで貰いたい、ほっぺにちゅうして貰いたい、私とナニカの両方にずうっと優しくして貰いたい」
「……」
「…取り敢えずこれくらいです!」
「そっかあ、でもやっぱりそれはキルアじゃなくちゃ意味ないね」
「…?」

 参考にはなりそうにないなあ、とゴンはまた振り出しに戻される。お礼がこんなに難しいだなんて知らなかった。実家が実家なので、欲しい物があれば大抵の物は簡単に手に入れられそうだから欲しい物が思い浮かばない訳ではない。ならば何をあげても喜んで貰えるかもしれないがその辺りのセンスにゴンは自信がない。野生の果物や釣った魚やらを与えても横から兄貴の拳が飛んできそうだ。
 迫り来るリミットに、先程よりも深刻にゴンは唸る。手を組んで額を押し付けながら考える人の姿勢に入ったゴンは、一瞬のアルカの反応を見落としてしまった。目の前を二人の女の子が仲良さげに通過していく姿を、アルカがじっと視線で辿っている。やがて人混みに溶けてしまった背中を追うのを諦めて、漸くアルカは自分の欲しい物に思い当たりゴンの上着の袖を引っ張った。

「うわっ、何!?」
「私、友達が欲しいです!」
「へっ?」
「お礼、私と友達になってくれるのが良いです!」

 ぱあっと顔を綻ばせて強請られた内容が、あまりにもあっけなくささやかすぎて、ゴンはぽかんと停止してしまう。そんなことがお礼で良いのかという驚きではなくそんなことをお礼として良いのかという疑問。友達は、頼まれたからなるものではないだろう。確かに今自分はアルカを友達よりもキルアの妹としてしか認識していなかったけれどそれにしてもこれは。友達として自分を望まれるならば、お礼なんて名分も対価も必要ないというのに。
 そんな考え込むゴンを前にアルカはただ戸惑っていた。お礼をしたいと言い出したのはゴンの方なのだから快く了承してくれると思ったのに。自分と友達になるのはそんなに嫌だろうか。

「…ねえ、」
「はい?」
「お礼の話はさ、次に会う時までに考えといてよ」
「え…、でも…」
「大丈夫、友達ならまた会えるよ!」
「本当に!?」
「うん、お礼なんて理由がなくても俺達はもう友達だ!」

 笑顔できっぱりと自分達は友達だと言いきったゴンに、アルカは戸惑いからまた満開の笑顔で彼の手を両手で握る。感激のあまりかぶんぶんとゴンの手を上下を振りながら「わあ!」だの「やったあ!」だの兎に角初めての友達に歓喜しているらしかった。ゴンもまた、無邪気なアルカの様子をにこにこと笑いながら見つめている。
 漸くチケットを購入して戻ってきたキルアが遠巻きにそんなゴンとアルカの様子を眺めながら訝しげに首を傾げたのも、ある意味当然のことだった。数十秒後、妹がはしゃいでる理由が友達が出来たからと知り、「本当に友達の枠に収まるんだよな?」などと無粋な疑問を抱いてしまうのだが。
 初めての友達が、初めての恋の相手になりませんようにだなんて、気が早すぎる兄貴の心配をよそに、ゴンとアルカは次会ったら一緒に遊ぼうだなんてキルアをそっちのけで楽しそうに語り合っているのであった。


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連れ去る純情
Title by『Largo』




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