想われることに、どうやら彼の少年は幾分慣れているようだった。その全てが恋い慕う情だったとは言わないけれど。
 突出した才覚故に立ち位置を上へ上へと押し上げられてきた少年は、実年齢より七つも上の輩の中に放り込まれていた。その所為もあってか、母性本能とやらを刺激されて彼を甘やかす存在が多かったのも事実。風紀委員長なんて肩書きを盾に好き勝手しているのかと思いきや、自ら率先して彼の側に侍っている連中も数多い。無関係な人間から見ればそれはセクハラではと疑われるような行為だって日常茶飯事だ。勿論、内輪での甘えとして処理しているから、大々的な問題になったことはないし、これからもならないだろう。そんな些末なことで手を煩わすようなヘマはしないだろう。雲仙冥利というモンスターチャイルドは。


 少し前に風紀委員会第三部隊隊長にまで出世した鬼瀬針金が委員会に顔を出していないことに誰よりも早く口出ししたのは雲仙だった。何せ委員長直々にスカウトした期待の新鋭もといお気に入りのひとりだ。気付かない筈がない。携帯ゲーム機を操作しながら、それでもなんなく風紀委員会に割り振られている委員会室を見渡せば、やはり彼女の姿は見あたらなかった。
 だが雲仙の右腕的存在である呼子からの返答は彼女はきちんと委員会活動をこなしているというものだった。腑に落ちないとありありと顔に出ていたのだろう。呼子は更に、彼女は単に委員会室に顔を出さずにいるだけだと簡潔に現状を説いてみせた。だが肝心の理由までは知らないらしい。知っていたら、きっとそれすらも教えてくれるだろうから。呼子は風紀委員会内でも一等雲仙には甘いのだ。
 鬼瀬針金が委員会室に立ち寄らないことに、そもそも明確な意図があるかすら定かではない。単に個人的な所用が立て込んでいるが故の結果かもしれない。委員会活動を疎かにする彼女ではない。第一この部屋に来てもすることといえば雲仙を甘やかしたりするくらいなのだから寄り付かなくとも支障はない。当然、普段から全く委員会室に立ち寄らない委員もいる。頻繁に此処に来る委員は専ら女子で、その目的は委員会業務よりも雲仙と戯れることにあることを彼も気付いているし、寧ろ歓迎しているくらいだ。この委員会に属している人間が雲仙を毛嫌いする事などあり得ないだろう。
 鬼瀬は部隊長という立場もあるので雲仙を愛でる以外にも仕事の連絡、報告等の処務の為この部屋に立ち寄ることの多い委員のひとりだが、それも実際は呼子とのラインがしっかりしていれば充分なのである。だからこそ、呼子は彼女の現状をあっさりと雲仙に伝えることが出来た。
 遊んでいたゲーム機を投げ捨てて、事務作業をしていた呼子を呼び寄せてその膝の上に座る。定位置となった場所からだと、部屋にあるテーブルに着くのに丁度良い高さになるのだ。テーブルに広げられた菓子類と書類、携帯ゲーム機やカードゲームなど、毎度掃除はしているが綺麗を保つ時間は短い。そんな乱雑な物の中から、雲仙は今日自分が自宅から持ってきた焼き菓子の詰め合わせ缶に手を伸ばした。だが少しばかり届かない。直ぐに気付いた呼子が後ろから手を伸ばして目当ての物を引き寄せてくれたので礼を言って蓋を開いた。クッキーやマドレーヌなどが型違いやら味の種類雑多に詰め込まれている。その中のひとつを手にとって、そういえばこれ鬼瀬ちゃん好きだったよなあなんて思い返しながら封を切って口に放り込む。雲仙は特別好いている味でもないが、鬼瀬が好きだと言っていたのだから、これはきっと美味しいのだと思うことにする。

「それ、鬼瀬委員が好きでしたね」
「おう。勿体ねーよなあ鬼瀬ちゃんも。これどうせ今日中には無くなっちまうぜ」
「でしたら届けてあげたら如何でしょう?」
「はあ?」
「まだ彼女から今日の業務が終了したとの連絡は来ていませんから、きっとまだ校内にいる筈ですよ」

 呼子の胸に埋まるようにもたれていた頭を、彼女は撫でながら提案する。この箱庭学園の広大な敷地内を闇雲に歩き回って目当ての人間ひとりを探し出せるはずもないから、そんな提案をする呼子は今鬼瀬が何処で委員会活動をしているか把握しているのだろう。無駄な労力を使用しないで済むのは構わないが、それでもお気に入りのひとりでしかない鬼瀬の為にわざわざ菓子を届けに行く必要性がない。それが雲仙の正直な感想だった。何より、鬼瀬が今日も委員会活動を行っているならばもっと効率的な方法があるだろう。

「だったら呼子が鬼瀬ちゃんに連絡して今日は業務終わったらこっちに寄るようにって言えば良いだろうが」
「それは出来ないんですよ」
「あ?」
「鬼瀬委員と、女同士の秘密の約束をしたんです。委員会活動を真面目にこなすなら、暫くは此処に顔を見せなくとも携帯での連絡だけで構わないと」
「はあ、何だよその約束って?」
「申し訳ありません。女同士、秘密なんです」
「けっ!そうかよ」
「だから委員長。お菓子は直接彼女に届けてあげて下さいね」

 そう言って、呼子は雲仙を抱えて立たせた後呆然としている彼に件のお菓子を缶ごと持たせてやった。そうしてさあさあと背中を押して雲仙を部屋の外へと連れ出してしまう。

「おい!呼子!」
「大丈夫ですよ。残りの仕事はお任せください。それから、鬼瀬委員は今頃食堂付近にいるはずですよ」
「だから菓子くらい今届けに行かなくったって良いだろうが!」
「でも委員長、鬼瀬委員の不在が気になるのでしょう?」

 この数日に限って委員会室に姿を見せていないのは、なにも鬼瀬委員だけではないでしょう。
 微笑みながらも、だから早く行ってらっしゃいという副音声を繰り返す呼子のかつてない押しの強さに流石の雲仙も折れた。いつも優しい彼女がここまで促すのだからきっとそれなりの理由があるのだろう。偶には年上の、女性の言うことを聞いてやるのも良いかもしれない。
 ただ、雲仙をせっつく為に寄越された言葉だけは妙に引っ掛かって違和感を拭えない。まるで自分が鬼瀬の不在だけを気にしていたかのように言われては、呼子がその下に隠した想像を察することは難くない。
 ――俺が鬼瀬ちゃんを特別気に掛けてるって言いたいのか。
 滅多に一人歩きすることのない廊下を進みながら、雲仙は考える。確かに鬼瀬のことは、風紀委員会の方針と絡み合わせて見ても好ましい存在だ。だから声を掛けたのだ。それ以外の好意など意識したことはない。委員会で自分を取り囲む少女たちの様子を見ていたら、濃くて崇拝であって恋情なんてものを十歳児に向ける者などいなかったから、雲仙もそれに倣って相手に感情を返していた。鬼瀬だって、そうに違いないのだ。
 ――鬼瀬ちゃんが俺のことそういう意味で好きとか、ねえよな。
 たぶん、きっと。他人の気持ちを断言することは出来ないけれどこればっかりは。こうして雲仙自ら菓子なんか届けても鬼瀬は委員長にこんな手間を掛けさせたらことを詫びるか、弟みたいな存在の雲仙が自分の為にと微笑ましく思うのだろう。後者だったら、かなり癪だ。
 ――俺だって男だっつうの!
 意識される筈もないと前提にしながら、意識されないことを憤る。孕み始めた矛盾と想いには気付けないまま。雲仙は何日も姿を見ていないお気に入りの部下に会うために歩き続けた。



 小さくなっていく雲仙の背中を見つめながら、呼子はひとり息を吐いた。そうして、先日誰よりも仕事熱心な鬼瀬が切羽詰まった顔をしながら、まるで普段の雲仙のように自分の胸に顔を埋めながら吐き出した言葉を思い出す。
 微かな思い出し笑いに口元を緩めながら、さあ残りの仕事を終えてしまおうと呼子は委員会室へと戻っていった。まだ始まってもいない年下二人の恋の種が、どうにか無事芽を出すようにと願ながら。



「ねえどうしたら良いんでしょう呼子先輩。これって犯罪ですか、犯罪でなくともあまり良いことでないのは確かですよね?風紀委員のくせにこんなこと考えるなんて私本当に最低です。ごめんなさいごめんなさいでもわざとじゃないんです気付いた時にはもうこうなってたんです。別に今までそういうことに興味がなかったとか経験がなかった訳でもないんですけど今回のは何がきっかけともはっきりとは解らないんです。でも毎日毎日苦しくて吐き出したくてでも出来なくてそもそもそんなこと許されることじゃないですよね。何度も何度ももう止めよう捨てようって思っても心ってそう簡単に捨てられないじゃないですか。心臓のこの部分削れば良いよってものでもないじゃないですか。本当にどうすれば良いのか私には全く解らなくて身動きも取れなくてもうこんな私死んじゃえって思うんです。呼子先輩、呼子先輩、私もう風紀委員を辞めた方が良いんでしょうか。こんな気持ちを抱えた人間が所属しているなんて害ですよね、委員長だって軽蔑しますよね。そうですよね、だって一委員でしかない私が雲仙委員長のこと異性として好きだなんて可笑しいですよね!」



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Title by 匿名様/15万打企画




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