※綱吉目線


 ――寂しくないの。
 小さい頃から、綱吉がふとした瞬間に母である奈々に尋ねたくなる言葉。手を引かれて買い物をしてる途中、仲睦まじく腕を絡めて歩いている恋人だとか、運動会で家族そろってお昼を食べたり父兄参加競技の集合を呼び掛けるアナウンスを聞いた時だとか。大掃除で電球の交換や障子の張り替えだとかを一人でてきぱきとこなす奈々の背中をぼんやりと眺めていることしか出来なかった時とか。綱吉はぽろりと父親の、夫の不在を寂しくは思わないのと母に尋ねそうになるのを小さな両手で口を覆うことで踏み留まって来た。そんな綱吉の様子を、奈々は微笑ましそうに見つめ頭に優しく手を乗せる。次に綱吉が口を開いても、そこから意図していた言葉が零れ出ることはなかった。
 きっと、理想の母親だったのだろう。優しくて、料理が出来て、ちょっと抜けてたり口煩い時もあるがマイナスという程ではなく。誰かの母親を見て自分の母親もああだったらいいのにと羨んだりしたことはなかった。ただ悲しかったのは、見上げた母の隣に誰もいなかったことだろうか。
 きっと、理想の父親からは程遠かった。記憶にない、覚えていられないくらいに距離も心も離れていて、父親って何なんだろうと考えても答えは出せなくて、いつからか綱吉は考えることは止めた。どうせこのまま近づくこともなく自分も大人になって行くのだと思っていた。幼い綱吉には、家族と一緒にいないのは家族のことを大切に思っていないからだとしか考えられなかった。だから母親が父親の話題になる度に少女のように頬を染めてその帰りを疑うことなく待っていることが不思議で仕方なかった。綱吉にとって、父親はサンタクロースみたいなものだった。いるのかもしれないけれど、自分の所にはいないもの。ただ夢とか希望とかプレゼントとか。そういうものを与えてくれるだけサンタクロースの方が尊敬できるような気もした。
 平均以下の息子にも奈々は見捨てたり呆れたりはせず、時折叱咤して普通の子どもらしく育ててくれた。途中ヒットマンの赤ん坊を家庭教師につけられたりマフィアのボス候補として育てられてり寄り道なのか直進なのかわからないが色々あって、忙しい日々の中で埋没させていた父親とも再会したりした。予想よりも一般とズレていて、弾けていて、正直この両親から何故自分みたいな平々凡々な人間が生まれてきたのだろうかと不思議に思わずにはいられなかった。
 結局父親らしい父親なんて知らないまま、だが自分の父親がそのらしさから逸脱しているであろうことは確信しながら、親子らしい関係からは目を背けて一つ屋根の下で生活してみたり、イタリアでマフィアしているなんてとんでもないと空に想いを馳せたりと埋まらない距離を埋めようとも思わなかった。


 母親の機嫌が良い時は、高確率で父親が関わっているのだということを、綱吉は最近になって漸く理解した。元より不機嫌一色になること自体少ない人だったけれど、大量の料理が食卓に並んだら機嫌が良いという分かりやすい部分に、綱吉は母親ながら相変わらず少女の様な人だと呆れと感心の混じった溜息を零す。食べきれない程の料理を目の前にゆっくりと箸を動かす。自分が食べ残しても、未だに寝ているのかどこぞに出掛けているのかもわからない父親が平らげるに違いないのだから。

「ツっ君、今日お父さんとお母さん夜出掛けるんだけど大丈夫かしら?」
「…いいけど…どこに?」
「実はお母さんもまだ知らないのよ!」
「はあ!?」
「今日はお父さんとデートなんだけど!何処に行くかは秘密なんですって!素敵よねー」
「で…デート?」
「あら、今日は私達の結婚記念日なのよ?」
「えー!?そういうことはもっと早く言ってよ!」

 エプロンで水に濡れた手を拭きながら、奈々がにこにこと嬉しそうに告げてくる言葉に綱吉はただ驚くしかない。奈々の口から結婚記念日なんていう単語が出てきたのも初めてで驚くが、両親がそれを祝おうとしている場面自体初めてだ。確かに、家光と奈々がこの家に揃っていること自体が稀なのだから当然と言えば当然。そして今こんなに浮かれている彼女を見ていると、もしかして今までだって、毎年この日を祝いたかったのかもしれないと考えると、また父である家光が性もない男だと思えてしまって、今度は呆れと落胆の混じった溜息を零した。
 小さい頃、何度も奈々に聞きたかった寂しくないのという言葉はもう綱吉には思い浮かばない。騒がしすぎる日常にそんな言葉は一時も過らなくなってしまった。それに、家光だって偶にこの家に顔を見せるようになった。もしこれが、自分がマフィアといった世界を理解したからだというのなら、家光が奈々を一人待たせ続けたのは自分の所為だとでも言うのだろうか。だとしたらそれは責任転嫁も甚だしくて、事実だったら申し訳なさで奈々にだけは詫びたくなってくる。きっと彼女にはこれっぽっちも伝わらないだろうけれど。

「…おめでとう」
「ふふ、ありがとう」

 ごちそうさまと手を合わせて、使用した箸と茶碗を流し台に戻して玄関へと向かう。用意しておいた鞄を手に学校に向かおうとドアを開ければそこには今しがた帰宅したらしい家光が立っていた。手には巨大なマグロの様な魚を持っていたが、敢えて突っ込まない。

「お、ツナはこれから学校か!気を付けてな」
「ああ、うん…。行ってきます」

 上手く目も合わせられないまま家光の横をすり抜けるようにして家を出る。擦れ違いざまに見えた家光の苦笑したような顔に自分の反応が子ども染みていたことを自覚する。
 いつまでも新婚夫婦のノリが消えない二人だから、自分がいてもいなくても頓着なくいちゃつくのだろうけれど、やはりこんな日くらいは二人きりで祝いたいのかもしれない。寂しくはない。寧ろ自分にありふれた家庭の一コマが加わったことに多少の喜びすら覚える。
 けれど、奈々には言えても家光には伝えられない言葉がある。おめでとうなんて、何年も家を空けて記念日に何もしてこなかった父親にはとても言えない。だけど、もし来年も当り前のように奈々の隣に家光がいてこの日を祝っていたりしてくれたのならば、綱吉は視線を合わせられずとも言葉だけは伝えてやりたいと思う。
 寂しくないのなんて、愛しい人が隣にいるならば尋ねる意味すら失って、おめでとうだとか、優しい言葉だけを携えて祝ってやれれば良いと思う。今日の夕飯は、家光と奈々とは違いカップ麺だとか質素なものになりそうだけれど、そんなことは一向に構わなかった。


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心のワルツになるまで
Title by『にやり』





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