※未来捏造
※一応雲ハル


「ハルと一緒に大人の階段上りませんか」

 真顔で言いくさった昔馴染みに、綱吉は礼節とか貞操観念とかありとあらゆる年頃の女子に最低限持っていて欲しいものを並べ立て、懇々と彼女を正座させて説いてやった。人はそれを御託と呼ぶのだ。悲しい哉、ハルはもう年頃の女の子ではない。上から常識を説く綱吉同様に、同等の月日を生きてきた。
 愛だの恋だの、潔癖な関係だけでは人間は他人と深く結びつけないのだと知っている。薄暗い闇を見て、それを受け入れて初めてその人と同じ目線で世界が見える。
 綱吉の闇は、他人より少しばかり深く、濃かった。ハルはそれをマフィアの単語ひとつで簡略化し自身に叩き込んだ。だってハルは知ってしまっていた。中学生の頃から、綱吉達との日常の中に時折やってくる嵐のような悶着を、彼女はいつも観客の位置にいて、時には無視されて過ごしてきた。そして、そのことに嫌悪を抱くようになっていった。閉ざされた扉は、無理矢理にでもこじ開けるしかない。平凡な少女にそんな物騒な決意をさせたのは、他でもない綱吉だ。彼もまた、周囲によって物騒な世界に身を置く決意をさせられた人間の一人ではあるが。
 大抵の人間は、綱吉を前にして彼の背景を知っても同情しない。彼を取り巻く大抵の人種に問題があるのかもしれないが、それ以上に現在の綱吉を見ればその必要はないだろうと誰もが思う。付き合いの長い人間である、ハルもそうだ。
 綱吉は、今や外面は立派なマフィアのボスだった。内面はまだそれらしくないといえばらしくないけれど、マフィア以外の何者でもなかった。そして騒動に巻き込まれなければ動き出さない受け身な人間が、いつの間にか相手を振り回すようになっていた。成長というより、曲がってしまったのかもしれない。学生時代から付き合いのある側近等に見せる態度は殆ど変わらないのに、外部の人間には冷淡であり優しくもあった。つまり上手な外面の使い方を覚えていた。

「そうだツナさん、新しいワイシャツを買いたいんですけど経費で落としちゃ駄目ですか」
「駄目に決まってるでしょ?」
「返り血がどうにも上手く避けれないんですよねえ。今月だけで三枚無駄にしちゃいました」
「あれ?ハルが現場に出るの、俺大分前に禁止したよね?」
「雲雀さんに頼んだら二つ返事でした!」
「あの野郎!」

 相も変わらず綱吉の指示なんて平気な顔で無視してみせる雲雀に悪態をつく綱吉だなんて、以前なら考えられないことだった。しかし結局は勢い任せの暴言なので、直ぐにはっと手で口を覆ってキョロキョロと周囲を見渡す。ハルは、そんな綱吉の様子がおかしくて仕方ないと表情を緩ませている。

「何で雲雀さんハルを危険な場所に連れて行っちゃうかなあ、」
「はひ、ハル案外強いですよー。返り血は浴びますが怪我は負いません!」
「でなきゃ困るよ。嫁入り前の女性に怪我なんかされたらどう責任取れば良いんだよ…」
「貰って下さっても構いませんよ!」
「ハルは雲雀さんに俺を殺させたいのかな?」
「そういえば、ハルはもう雲雀さんと大人の階段上ってました。すいません、うっかりしてました」
「いいよそういうノロケは!」

 昔は男女の関係にやたらと潔癖だったハルも、今では言葉の綾としてならば軽い冗談を言うようになっていた。その時、ハルは大抵笑っているのだけれど、綱吉はどうにもその時の笑顔に違和感を覚えるのだ。
 偽り飾っている訳ではない。ただ綱吉が一番好ましく思うのは、やはり出会った頃の、中学生という幼いハルだった。
 初めてハルが銃を手にしているのを目にした時、綱吉は自分の立場も忘れて止めてくれと泣いて懇願したいくらいだった。結局、信じたくない現実に硬直しただけで、言葉一つ掛けてやれなかったけれど。

「ハルはもうちょっと自分を大事にしなくちゃ駄目だよ」
「…ツナさん?」
「ハルの恋人は雲雀さんだけだけど、ハルの友人は沢山いるだろう?ハルに何かあって悲しくなるのは雲雀さんだけじゃないんだから」
「雲雀さんは悲しんでくれますかね?」
「ハル、茶化さないで――」

 聞いてくれと続く筈だった言葉は、ハルの顔を見据えた途端消えた。
 ハルは、茶化すような声の調子とはかけ離れた情けない笑みを浮かべて綱吉を見つめていた。

「自分ばかり大切にしていたら、置いていかれたじゃないですか」
「…一般人のハル達を巻き込むわけにはいかなかったんだよ。…特にあの頃の俺はまだ弱かったし…怪我でもされたら」
「自分だって巻き込まれるままに生きていた癖によくそんな上から物が言えたものです」
「…ハル、なんか辛辣じゃない?」
「年々貴方の尻を叩く人がいなくなって行きますからねえ…。必要悪ですよ」
「悪って、」
「ツナさんは優しくされるのが好きでしょう?」

 はあ、つまりは。甘ったれてんじゃねえよということでしょうかと口をひきつらせた綱吉に、情けない笑みから一転、ハルはにんまりと笑んだ。その笑顔が、ハルの現恋人である雲雀にそっくりで、綱吉はうわあ、とドン引いた。だって雲雀もまた、昔からちっとも綱吉に優しくなかったから。偶に、利害の一致で都合よくはあったけれど。痛いのも怖いのも嫌いな綱吉にはどうも、いつまで経っても苦手意識の抜けない相手だ。

「早く大人になって下さいね、ツナさん?」

 どうやら、色々な意味で、ハルと一緒に大人の階段を上ることは無理なようだ。
 目の前のハルが、今では優秀な家庭教師と同等に恐ろしく写るのだから、付き合う人間って大事だなあと綱吉は内心でひっそりと溜息を吐いた。
 当然比喩だけれど。叩かれた横っ面が、ひどく痛む。やはり綱吉は、優しくされる方が好きだ。そして身内にばかりその優しさを求める所が甘ったれなんだろうけれど仕方ないと思う。
 ――だってマフィアとか超怖いもん。マジ無理。



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温かくない人間なんていないんだよ
Title by『カカリア』





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