※捏造


 未来を視るシャーマンであるはずの彼女が、あまりに穏やかに日々を過ごしていたから、何か勘違いをしていたのかもしれないと、リボーンは首を傾げた。
 何が、どこからどう勘違いしていたのかは曖昧で、くっきりとその輪郭をなぞることは難しく、またそれをするつもりもない。
 いつ死んでも可笑しくない職業なのは自分の方。尤も、そんじょそこらの輩にやられれほど安い腕をしてはいないので、死とはリボーンにとって怯えるものではなく与えるものだ。何様だと言われても、殺し屋なのだから仕方ないと、標的には諦めていただく。
 反転。ルーチェは穏やかに微笑みながら何に抗おうともせずに日々を過ごす。膨らんだ腹に添えられた手は小さく、指もすらりと細かった。リボーンからすれば、血にまみれたことなどなさそうな、優しすぎる手だ。
 未来を視る彼女の指に、余計な装飾品など一つもなかった。腹に宿る命の父親から贈られていて然るべきリングすらなかったので、リボーンははてと再び首を傾げた。さっぱりした女性だとは印象を受けるが、彼女は自身と腹の子以外の人間の気配を微塵も感じさせなかった。家族や友人、仕事仲間といった話題が、彼女と話していても全く上ってこないのだ。

「その子の父親は?」

 思わず尋ねていたのは、何を話しても微かな笑みを崩さないルーチェの内側を覗いてみたかったからかもしれない。好奇心に近い、だがそれだけでもない。未来を視るばかりの、彼女の過去を、欠片でも構わないから、彼女本人の口から聞きたいと思った。こんな薄暗い世界に生きる人間にとって過去なんて邪魔や弱さになるばかりの不要なものばかりだとは知っている。死を常々纏うリボーンには猶のこと。

「当然いるわ。おかしなコトを聞くのね」

 かわされたのだと、直ぐに判る。後ろめたい感情など無縁のように微笑むルーチェがそうするのだから、彼女にとってはどうということもないのだ。それが、我が子の父親が誰であるかということか、会話の相手が自分であるからなのか、それはリボーンにも些か断じがたい。
 椅子に腰掛けながら膨らんだ腹を愛しげに撫でているルーチェは、世間一般の目から見ればそれはありふれた母親の像として映るのだろう。優しげに細められたら瞳が映してきたモノに、暗い色などまるでなかったかのように振る舞っている。
 赤子が平均として十ヶ月と少しばかりで外に出て来ることは知識として知っているが、妊婦の腹を見て現在何ヶ月目かを察する程の目と経験は、いくら女性にモテるリボーンといえど持っていなかった。だから、リボーンはルーチェを正しく扱えない。少なくとも、リボーン自身はそう思っていた。そうであればと願望が混じっていることには、気付いているけれど、触れない。
 女性には優しくするものだ。相手が妊婦なら尚更。当然ともいえる、リボーンの概念に、いつからからルーチェだけが嵌まっていないような気がした。恋と呼ぶような情熱的なものではなくとも、彼女だけに向かう熱が確かにある。それが分かるから、リボーンはルーチェと意味もなく会話に興じたりしている。相手を探る意図を否定はしないけれど、物騒な意味は籠もっていない。
 興味とも好意とも取れない曖昧さで、ずるずると触れることもせず傍にいる。ルーチェからすれば、迷惑とも思えるような行動。ただ彼女は何も言わない。リボーンからの態度や言葉に穏やかに応じ、だが決して自分の中の何かを明け渡すような迂闊さを見せたりはしない。駆け引きに似た、只の戯れ。
 リボーンが、そんな遊戯をどこか楽しんでいることを、ルーチェはとっくに察している。そして内心、彼女自身も彼との会話に意義はないと知りながら楽しいと感じていた。
 ルーチェにも、人並みに感情があって、考えがあって、過去がある。そしてそれを晒してみせるということは、何故だかとても難しいと思えた。リボーンが尋ねた、腹の子の父親に関してもそう。名前、経歴、生死。つらつらと語って欲しい訳ではないだろう。語ってどうなることもない。きっとリボーンの知らない人よ、と濁せば恐らく彼はそうじゃないと分かり難く眉を顰めただろう。だから、当たり前でいてズレた返答で誤魔化しただけのこと。隠したかった訳ではなく、単にどの言葉を選ぶべきか分からなかっただけ。

「わからないことだらけだわ」
「世界が?」
「私が、よ」
「見えねえな」
「貴方は私を買い被り過ぎなのよ」

 未来が視えるからといって、世界の全てがクリアに見えているだなんて、そんなの勘違いも甚だしい。
 リボーンには、どうやら自分は随分と聡明な人間に映っているらしい。ルーチェは自身が抱く聡明な人間の像を己に重ね合わせて、やはり違うわ、と微笑みながら首を振った。彼女からすれば、リボーンの方がよほど聡明な人間のように思える。
 職業が職業なだけに、善人とは呼べないが。この世に本当に善人と呼べる人間なんて、きっと数えられる程度にしかいないだろう。そう割り切ってしまえる程度に、ルーチェは人間というものを諦めていて、だからこそ実際に出会い優しさに触れて嬉しくなれる。優しさは、当たり前などではないのだ。

「こんな穏やかな時間がずっと続けば良いのに」
「……」
「陳腐よねえ。貴方無職になってしまうわ」
「全く穏やかじゃねえな、それは」
「ごもっともだね」

 楽しい会話に興じながら、ルーチェは自分の発した陳腐という語句を頭の中でぐるぐると巻き戻し再生する。穏やかさなど、そうではない時を知ればこそ実感しうる只の休息に過ぎないというのに。
 リボーンはきっと、勘違いばかりしている。ルーチェが穏やかに日々を過ごしているのは、未来が視えるから、そこから平穏無事を察知しているからなどでは決してない。ほいほいと簡単に、頻繁に覗ける程未来は確定的ではないのだ。
 ルーチェは只、未来が視えてしまうから、色々と諦めているだけなのだ。覚悟していると言い換えれば少し格好良いかもしれないけれど、格好つけても始まらないから、彼女自身は諦めと決めつけている。未来とは、本来どうしようもないものだ。あれこれ努力や抵抗をして何かが変わったとして、誰が自分は最初はこうなるはずだった未来を変えたんだと思えるだろう。答えは皆無に等しい。だからルーチェは、未来は未来と諦める。誰かが足掻いても、自分はずっとこのままだ。例えば、今こうして共にいるリボーンとの未来を欠片も望んだりはしないようにとか。
 何を今更と諫めるように、内側から腹を蹴る我が子が宿った膨らみをそっと撫でる。この膨らみが消えて、新しい命を送り出した時。自分とリボーンの距離はどれほど遠いのだろう。きっと、自分の命は消えかけの寸前といった所だろうか。
 そう考えると寂しくて、ルーチェは先程陳腐だと罵ったばかりの願いを再び心の中で何度も唱えた。祈るみたいに、そっと。


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あまりにもそのひだまりがぬくくてここちがよかったので
Title by『≠エーテル』



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