夕闇高校の服装に関する校則には、女子は制服の下に体操着を着てはならないという項がある。生徒会長である祀木ジロウは、これまで一度たりとも疑問に思ったことのないこの校則を、横暴と他生徒から罵られても構わないから改正したくて仕方なかった。
 ばたばた走り回ってパンツが丸見えになるくらいなら、ジャージを履いていてくれた方がマシだ。見た目がだらしなくとも、はしたないより良いじゃないか。

「長ズボンなら持ってないぞ」
「短パンでも問題ないだろう」
「腹周りがごわつくからやだ」
「ああ言えばこう言うんだな君は!」

 忌々しげに机を指で叩く祀木を前に、スミオは悪びれる様子もなく昼食のメロンパンにかぶりついた。
 生徒会室への呼び出しも既に慣れたもので、一度捕まれば長ったらしい説教をされるとわかりきっている為に、昼休みならば昼食を持って行き、放課後ならば帰り支度を整えて行くことを忘れない。人はこれを順応と呼ぶが祀木に言わせると呼び出される原因を一向に改善しないスミオに要領の悪さを感じずにはいられない。人助けは結構だがもう少し自分の身の振り方を顧みて貰わないと困る。あと何回呼び出されたら罰則清掃を処さなければならないとか、そんなことは二の次だ。

「大体校則違反はしてないはずだぞ。しげるは何も言ってなかった!」
「彼女は顔を真っ赤にしながら君のスカートの中が丸見えだと絶叫するわけにもいかずに困り果てていたんだ。大体誰かが不良達に絡まれていると予知して最初から達と複数人が想定されているのに何故女ひとりで突っ込んでいこうとするんだ馬鹿なのか君は馬鹿なんだな!」
「…会長はさっきから何を怒っているのだ?怪我もしてないし、絡まれていた子も無事だったし、まあ、最後逃げるときに転んでスカートが捲れたのは仕方ないとしてやはり無傷だったのだから良いじゃないか」
「…本気で言っているなら明日から一週間トイレ掃除だぞ灰葉」

 最後のがかなり重要ということに、何故スミオが思い至らないのか、祀木には疑問で仕方ない。そもそもスミオは自分の性別に対する自覚がなさすぎる。幼なじみのしげるを守ってやらねばという意識とそれを実行してきた自負がそうさせているのかもしれないがこれはあまりにひど過ぎやしないか。もう小学生ではないのだ。
 夢日記がなくなった後も、しげるの才能が消えない限り同じことは出来る。日常に回帰してなおも他者のメーデーを受信し続けるスミオに、祀木は手を焼く日々を過ごしている。
 今までは、校則違反をしない範囲でお転婆な女子生徒が動いていても祀木にとっては他人事で済んでいたことが、灰葉スミオと知り合ってしまったが故にそうもいかなくなってしまった。
 何かあってからでは遅いのだからと自重を求めれば、何かあってからでは遅いから自分が動くのだと頑として聞かない。彼女が察知して助けに向かう事態は割と厄介な事柄も多く、祀木としては早急に、何としてもスミオに他人を頼るということを覚えさせなくてはならなかった。
 幼なじみのしげるが祀木の決意に是非お願いしますと賛同していることからも、やはり女子ひとりで解決するのは困難な事柄にも無鉄砲に首を突っ込んでいるに違いなかった。
 無事でいてくれるのが一番だが、そうある為に一般生徒に見られる可能性のある場所で下着が丸見えになる事態に陥られるのもそれはそれで困る。生徒会長として、学園の風紀はしっかりと守っていかなければならないのだ。
 祀木個人の感情だけならば、スミオに対する個人的な本音から漏れ出る感情のまま好きな子に大衆の前で下着を晒すような真似はしてほしくないだとか。好きだから、例えスミオがどれだけ強かったとしても心配だから危ないことはしてほしくないだとか。他にも色々、言葉巧みに彼女の情に訴えかけることは出来るのだろうけれど、根から葉まで全てが真面目な祀木はそれをしない。公私混同はしないと銘打った祀木の行動が、スミオからすると面白くなかったりするのだが。

「俺のパンツなんて誰も見てないだろうに…」
「そういう問題じゃないだろう。君は女の子なんだからもっと自分を大事にしろ」
「十分しているつもりなのだが」
「どこがだ。いつ何かあってもおかしくないことばかりして」
「んー、じゃあその辺は会長に任す」
「は、」
「自分を大事にするとかよくわからないからな。会長が代わりに俺を大事にしてくれ」
「……灰葉、」

 呆れて二の句が告げない祀木に代わりスミオが会話を続けようとしたが、丁度メロンパンに噛み付いていた為に叶わない。久し振りの沈黙が生徒会室に落ちる。
 そういえば、自分が祀木に此処へ呼び出される時は決まって二人きりだったと気付く。昼休みはともかく、放課後までもがだ。他の役員は、仕事はないのだろうか。
 パンの咀嚼と同時進行で、考えて、想像する。表面の砂糖が下の上で熱に溶けて消えていくように、スミオの中の大きな疑問があっさりと溶けていくような感覚。
 目の前の祀木は疲れきったように溜めていた息を会話の続かない内にと大きく吐き出している。
 果たして、その一呼吸の中にどれだけの言葉が隠されているのだろう。自分への心配や、校則やら、祀木自身の観念だとか。スミオにはもしかしたらそんなことで済んでしまうようなこと全て。その全てが、自分に向けられているのなら、きっとスミオはそれを受け止めなければいけないと思う。祀木からのメーデーだって、スミオには無視できない救いを求めて伸ばされた手だ。原因もまた、自分らしいのだけれど。

「…会長の言っていることは、例えばこんな状況の時には当てはまるのか?」
「何がだ」
「密室で男と二人きりになる、とか」
「!」
「それなら、次からはしげるについて来て貰った方がいいのか?」
「…好きにしたらいい」
「やだ。会長に決めて欲しい」

 にやりと笑んで、スミオは祀木の顔をじっと見る。楽しそうな表情とは裏腹に、内心ちっとも面白くはない。このまま、祀木が生徒会長としての立場を崩さずに自分ばかりを諫めるならば、ちょっとばかしグレてしまっても仕方ないと思う。
 だって、日本中どこを探したって、生徒のパンツが丸見えになったくらいで昼休みを返上しなくてはならないほどの長い説教をする生徒会長がどこにいるというのだろう。こんなの、個人的感情が働かなければ有り得ない話だ。
 その点、スミオはそんなに鈍くなかった。伊達に校内トップクラスのフェミニストとして名を馳せ、女の子を口説いている訳ではない。ましてや、自分が相手に向ける感情が、相手が自分に向けているのと同じであればなおのこと。

「来宮を巻き込むな」
「またそうやって無難な言い逃れをする!」
「何が言い逃れだ!大体君は女子に言い寄り過ぎだろう!あっちもこっちも要らん誤解を受けそうで気が気じゃないぞ!」
「会長がさっさと俺を襲って来ないからそんな暇が出来るのだ!」
「襲うってなんだ!学校で襲ったりする訳ないだろう!」
「学校以外でなら見境なしか!見損なったぞ!」
「君はちょっと一度黙れ!」

 ああ言えばこう言う。そんな言葉の応酬を繰り出している内に、昼休み終了のチャイムが鳴る。同時にもう知らんこのあんぽんたんがー、とメロンパンの空き袋を投げつけてスミオは生徒会室を出て行った。
 我に返り呆然と立ち尽くす。自分も早く教室に戻らなくてはと、投げつけられたゴミを捨てて、開け放したままのドアに向かえば、いつからいたのか、ひょいとクリスが顔を覗かせた。

「痴話喧嘩はもっと小さい声でやらないとね」

 それだけ言い残してさっさとクリスは去っていく。
 残された祀木は羞恥から声にならない叫びを上げて、放課後またスミオを呼び出す決意を固めた。
 ――こうなったら、もう告白でもなんでもしてあの馬鹿娘のお転婆を矯正してやらなければなるまい。
 妙な使命感で燃える祀木だったが、実際付き合ってもスミオのお転婆は簡単には治らないと知るのはたった数日後のことである。



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性別だとか信条だとか
Title by『ダボスへ』


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