コレと同系列


 自習室に行ったきりなかなか部屋に戻ってこない真帆のことが気に掛かる。それは心配などではないのだが宙地はとりあえず自分の気晴らしも兼ねて真帆を探す為の散策に出ることにした。
 最初は慣れないと感じていた試験会場も、数日も過ごせば違和感も何も感じなくなっていた。縄張りを薄めたような行動範囲は既に形成され不要な探検などする予定もない。
 ただ、そんな宙地と同室かつチームメイトである真帆がどうかと考えれば、彼はふらふら知らない場所にすら近寄っていきそうだ。そんな彼を引き戻そうと、結局真帆と一緒に行動してしまうめぐるの姿までくっきりとイメージ出来てしまって、宙地は無意識に緩んでいた頬を慌てて引き締めた。誰が見ている訳でもないがどうもにやにやするのが自分のキャラではないことは自覚している。

「宙地君!」

 背後からの声に、咄嗟に自分のにやけを引っ込め終えていたことに安堵する。
 振り向けば、予想に違わず同じチームのめぐるがいて、なにやら焦った風で小走りに宙地との距離を詰めた。だいぶ走り回ったらしい彼女は、肩で息をしながら両膝に手を置いて、宙地に対して言葉を紡ごうと顔を上げる。元からの身長差にプラスして、めぐるが半屈みになっているのも合わさっていつも以上に上目遣いとなっている。しかも息が若干あがっている彼女の頬には微かな赤み が差していて、宙地は不意にどくりと心臓が一度大きく跳ねたのを自覚して焦る。

「どうかしたの、星原さん」
「マルカ見なかった!?」
「…マルカ?」

 一瞬、誰のことを呼んだのかわからずに反応が遅れてしまった。直ぐに彼女と同室の、テンションの高いロシア娘だと思い出す。数少ない顔見知りである彼女を思い浮かべるのに時間を要してしまったのは、めぐるはてっきり真帆を探しているものと内心決めてかかっていたからだ。
 偏見にも近い認識は、宙地の中のめぐるを無意識に真帆の幼なじみと位置付けた。ワンセットと括るのは若干失礼で、だけども転校生として彼等に出会う時期が遅かった宙地からすれば致し方なさすら含む真帆とめぐるの近さ。羨ましいのかもしれない。兄弟も幼なじみも、真帆とめぐるのように親しげな存在は、今の宙地にはいなかったから。では真帆やめぐると幼なじみになりたいかと聞かれればそれは違うと首を振る。親しくは、なりたいのだけれど。にやけ顔同様に、キャラじゃないから言わないけれど、宙地は既に、真帆とめぐるのことが好きだったりする。星が好きだと、自分に近付いて来た人間は珍しいし、打算もなく自分に近付いて来た人間も珍しい。普通に友達を作るということは、もしかしたらこういうことなのかもしれない。人付き合いに苦労したことはないが、広い範囲で形成した関係を持つほど社交的でもなかった。
 宙地はよく大人っぽいと言われるが、それは結局子どもの背伸びに過ぎない。必要なことをまばらな人間関係の中で手にして生きていくにはどうあっても自己の能力を向上させていく他なかった。頼ることが下手くそな子どもは、大抵自分のように大まかなことなら自分で出来ると宙地は思っている。
 さて、個人的に随分と好感を持っているとはいっても、宙地とめぐるは案外二人きりの時間を持ったりはしてこなかった。きっかけと必要性がなかったと言えば寂しいがその通り。現に宙地はめぐるの問いに答えてしまえばもう後に続く言葉はない。彼女は慌てているようだが、対象がマルカであるので試験に関わったりする問題ではないのだろう。となると、これはめぐるのプライベートの問題となってくる。こんな閉じた空間の中で確保されるプライベートなんてたかが知れているが、だからこそ生真面目な宙地はそれを尊重すべきと思っている。相手が女の子だから多分にそうだ。

「…彼女がどうかしたの?」
「どうかしたっていうか、しそうだから不味いっていうか…、ああもう!」
「星原さん?」
「マルカったら、宙地君に私のこと好きか聞いてきてあげるって部屋を飛び出したのよ!」
「…へえ、」
「私たちはそんなんじゃないって何度言っても信じないんだもん。やんなっちゃうよ」

 目に見えて呆れたと肩を落とすめぐるに、宙地は励ますべきかと言葉を探して、そのまま沈黙に徹した。よくよく考えれば、いつの間にか自分が話題の中心になっている気がして下手なことは言えなかった。
 恋を原動力に宇宙を目指すマルカからすれば、男女混合のチームはそれはもう食いつかずにはいられないものがあるのだろう。何故、真帆とめぐるではなく宙地とめぐるを対に捉えたのかは、敢えて詮索はしない。聞いて、妙に説得力があったりしては逆に怖いし、困る。

「俺はまだ彼女には会ってないけどな」
「そっかあ…。あ、もしかしたら真帆の方に行ったのかも!」

 ほっとした表情も束の間、めぐるは新たな、そして厄介な可能性に行き当たり眉を釣り上げた。
 宙地もめぐるの言葉に、この限られた中を四人が行き来して誰もかち合わないなんて方が難しいと彼女の考えに同調する。未だに真帆の名字を正しく発音出来ないマルカと、自分が用もないのに探していた人物である白舟真帆が、今頃一緒に会話に興じているとして、まあ友達として、そういう機会もあるだろう。ただ、その内容が、彼に自分がめぐるのことをどう思っているか尋ねているのだと思うと少なからず不愉快な部分があって、宙地は知らず知らずの内に顔を顰めていたらしい。
 途端、申し訳無さそうに眉尻を下げてめぐるが謝罪する。宙地は彼女に非があるとは最初から思ってもいないので、彼女の予想外の反応に慌てて首を振った。
 直ぐに否定の言葉を紡いでも、気まずい空気は既に二人の周囲に満ちていて、それを払拭するように、めぐるは笑顔を作って口を開いた。

「まあ、宙地君が私なんか好きになる訳ないのにね!」
「いや…そんなことはないけど」
「まさか!…ん?」
「星原さんは充分可愛いと思う」
「…どうも」

 何言ってんのと、普段の自分らしくツッコミを入れることすら出来ず、めぐるは視線を足元に落とした。急激に頬に熱が集まってくるのが分かって、益々宙地の顔を見れそうにない。
 自分の発言が持つ意味の大きさを、段々と理解し始めた宙地も、とんでもないことを言ってしまったと口を噤む。撤回するのは、どこか違う。一般論として片付ければ自分が彼女を品定めしたようで悪い。詰まるところ、さらりと零れた言葉が本音だったからどうしようにも繕う全てが嘘になる。
 お互い顔を合わすことも言葉を発することもなく立ち尽くす。
 この際、空気を読まない発言と勘違いをしてくれても構わないから、この小さな騒動の発端であるマルカ辺りが現れて、この何とも言えない雰囲気を壊してくれたら良いのに。そんな風に考えながら、二人は先程の気まずさとは打って変わった気恥ずかしさに戸惑っていた。



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着地点に遭難
Title by『にやり』




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