二年に進級してからというもの、今泉の視界に鎮座してはひょこひょこ動き回る鬱陶しいことこの上ないものがある。それは今泉に干渉する意図など一切持っておらず、寧ろ別の人物の名前を呼びながら隣の教室から休み時間になる度にやってくる赤頭――鳴子章吉であった。
 新学期、進級と共に割り振られたクラスの二年二組の教室で雑談に興じていた今泉たちの元に妙な気合いの入れ方をして現れた鳴子は自身が二年三組に割り振られたことを教員によるニアミスだと言い放ち、本当は小野田と同じクラスにしてくれと頼みこんでいたという。一生徒の希望をわざわざ聞き入れてクラスを割り振っていたのではきりがない。教師たちも一過性の言葉として流してしまったに違いないがそんなことを指摘するのも意味がないと今泉は口を噤んだ。同じクラスを所望されていた小野田は「惜しかったね」なんて言葉を贈っていて、幹はにこにこ笑いながらも今泉と同様に黙っていた。
 こんな新年度ならではのやりとりも、日が過ぎれば流されて自分のクラスに馴染んでいくものだとばかり思っていた。同じクラスになりたかったとはいえ去年も同じクラスではなかったわけだし、毎日のように部活では顔を合わせているし昼食も共にしているのだ。何より鳴子の人柄なら誰がクラスメイトでも大差ないだろう。クラス分けは教師によって一応生徒の生活態度や交友関係も加味されているようではあるが、だとすると今泉の方が同じ部活の小野田と同じクラスに割り振ってやらなければならないということだろうか。そう考えると、今泉としては甚だ不本意である。出会った当初、小野田は友だちがいないからと言っていたが自転車競技部に入部してからは多少の変化はあったはずだ。今泉や鳴子は勿論、幹や杉元といった友だちができた。インターハイの個人総合優勝の成績を表彰された二学期以降はクラスでもそれなりに興味本位であっても話し掛けてくる人間もいただろう。そんな人間と友だちになれるかと言われれば今泉ならばそもそも求めていないと切って捨てるのだが。
 友だちがいないとは言わないが、今泉の世界もまた狭かった。夏のインターハイで人間的にも成長したつもりでいるがそれもどうしたって自転車から離れることができない。うるさいのが嫌いで、幹や小野田曰く自分を応援してくれているらしき女子の群れとて今泉にすれば喧しいだけだ。それを正直に言い放ってしまうと鳴子にはスカシだの自分より目立つなだの喧しいし、小野田は何と言っていいのかわからなそうな微妙な顔をするし、幹に至ってはまあ今泉とはこういう人間だと気にしてもいやしない。この幼馴染の少女はどこまでも自転車に乗っている今泉しか見ておらず、彼もまた彼女を世話になっている自転車屋の娘で異常なまでの自転車オタクとしか認識していない。だからこそ、幼馴染とはいえこんなとっつきにくい自分に臆さず絡んでくるのだろうなと今泉は思っている。
 小野田に関しても、狭隘だった自身の世界から広大な世界へと飛び出す媒体は自転車であったから、この一年で親しくなった人間の殆どが自転車を通じて出会ったといえる。その中でも今泉と鳴子に関しては一等の恩義と信頼を寄せているらしく(先輩である巻島への情はまた別途突き抜けているが)、毎日飽きもせず訪ねてくる鳴子に律儀に輝かんばかりの笑顔を見せて迎え入れている。こうも頻繁に訪れては交わす会話も何もないだろうに、今泉から見ると小柄な二人は頭を突きあわせて何やら楽しそうに話し込んでいる。今泉には声も掛けずに。

「――寂しいなら混ざってくれば?」
「は?」
「同じくらいの大きさの二人がじゃれあってる姿は可愛いかもしれないけど、それを睨んでる今泉君まで入っちゃうと私なんだかハラハラしちゃうな」
「はああ!?」

 いつの間にか自分の席から件の二人を眺めていた今泉の背後に回り込んで囁く幹の言葉に、今泉は場を忘れて胡乱気な声を上げていた。案の定、クラスメイトの視線を集めてしまうが気にしない。今泉の視線の先にいた小野田と鳴子も何事だと顔を上げていたが、このとき今泉は幹を見上げていた為に気付かなかった。

「寂しいってなんだよ」
「小野田君と鳴子君が二人だけで仲良くしてるのが寂しいんでしょ?」
「別に?」
「鳴子君、今泉君に会いに来てくれたことないもんね」
「……」
「いっつも小野田君の名前呼びながら来るよね」
「そりゃあ――」
「小野田君も嬉しそうだよね。同じクラスになった日は今泉君と自転車の話ができるねって言ってたのに、実際話してるのは鳴子君だよね」
「寒咲、お前こえーよ」
「ふふっ、今泉君がわかりやすいんだもん!」

 鳴子が小野田に駆け寄る度に視線を送ってしまっていた自覚はあるが、同じように幹に見られていたとは。しかも勝手な独自解釈で纏められている。不愉快だ。そう視線で訴えてみても怯む幹ではない。確信を持ったら一直線、他人様のママチャリを勝手に改造するような女である。
 幹は今泉を残し、軽やかな足取りで小野田たちの元へ向かった。ろくでもないことを吹き込むつもりに違いない。慌てて後を追うも女子の口のまわる早さに打ち勝つことはできなかったようだ。近寄ってくる今泉に向けられる小野田と鳴子の視線が突き刺さる。後者の視線はにやりと腹立たしい気色を浮かべて。

「なんやスカシ、寂しかったんならそう言えっちゅーねん、いつでも仲間に入れてやったんに!なあ小野田君!」
「えっ、うん!そうだよ今泉君!」
「お前らそいつの言うこと真に受けんじゃねえよ!!」

 途端騒がしくなる面々を、クラスメイトは自転車競技部は仲が良いなあ程度の生温い目で一瞥し見守った。何やかんや細分化してばらけることはあっても結局は一カ所に集う仲良し集団だと思われているらしい。そしてそれは強ち間違いではないことを唯一この面子を客観的に眺めることのできる幹だけが理解していた。
 どうせ次からは、鳴子が小野田に駆け寄ればまた来たと呆れた体を装って今泉も二人の元に向かうことになるのだろう。全く、妬く暇もない仲睦まじさである。本人たちは、主に今泉だけは認めようとしないだろうけれど。



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誰よりきれいな△になりたい
Title by『にやり』




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