手紙を出します。白い便箋に、出来るだけ少ない文字数で。伝えたい言葉も綴りたい想いも本当は沢山あるけれど、細々と何枚にも分けて書き連ねては貴方の目を疲れさせてしまうから。ただでさえ眉を顰めがちな貴方の眉間が寄らずに済むように。なるべく穏やかな気持ちで読んで貰えるように。ささやかでありふれた思い出だけを綴るつもりです。内容には事欠きません。それだけの時間を積み重ねて、流されて来ましたよね。同じ枠組みに収まって、それでも隣に立てるほど近しくはなかったかもしれないけれど、私には充分満ち足りた距離でした。貴方が私を知る前の私からしたら、瞳を輝かせて今の私を羨んでくれるくらいには。
 実は以前にも貴方に手紙を出そうとしたことがあります。中学の卒業式に、そっと貴方の下駄箱に忍び込ませようかなと思案した時の必死な気持ちを、私は今でもはっきりと覚えています。何故出さなかったのかと聞かれれば答えはたった一つです。恋文だったから、ただそれだけ。だけどそれだけの理由で、貴方が私からの手紙を握り潰すには充分過ぎる理由になるでしょう。
 好意を寄せられるだけの貴方が、時々恨めしく思えたこともありました。寄せられた好意に、自分の好意が添わなければあっさりと突き放してしまう姿勢を冷たいと嘆いたこともありました。マネージャーであっても、貴方が見つめる景色を共有出来ないことをもどかしくも感じたこともありました。だけど私は三年間、きちんと貴方の邪魔をしないで只の部活仲間の域をはみ出さないでいれたでしょう?それが少しだけ、私の自慢です。貴方からすれば当たり前かもしれないけれど、入部する前から貴方のことを好きだったのだから、ついのうっかりでボロを出さなかったことは立派でしょう。尤も、それは鈍感な貴方だから気付かれなかったというだけで、他の部員の誰かには気付かれていたかもしれません。だってね、部活を引退してから廊下で三橋君と会って話をしていると、彼は決まって貴方の話題を出すんです。三年になってから貴方と離れてしまったクラスに肩を落としたのは私だけれど、もしかしたらそれを三橋君には見抜かれていたのかもしれません。部活を引退してから極端に野球部全員集合なんて機会は減ってしまったから、気を使わせてしまったのなら申し訳ない
です。昔なら、貴方と三橋君の関係に気を使わなければと思っていたのだけれど、いつの間にかみんなそれぞれに成長してしまったから、今更になって驚いて温かくて笑ってしまうことが付き合い三年目にして沢山あるんです。貴方の野球とピッチャーとキャッチャーの関係にばかり向いていた視野が段々と広がって行ったことにも当然気付いていましたよ。だけど広がっても恋愛の二文字は相変わらず守備範囲外のファールゾーンだったみたいで。キャッチされたらアウトな気持ちはやっぱり誰にも言えないまましまっておくのがベストだと決めつけて、三橋君やみんなが時折話題に上げる貴方のことはしっかりと聞き入りながらも自分からは何の言葉も掛けようとしませんでした。それでも貴方を追いかけ続けた視線を思えば、私の恋のしつこさったらなくて、自分でも仕方ないなんてとうとう諦めの境地に達してきて、だけど言葉には出来ない、おかしな板挟みが凄く苦しくて。貴方を追いかけて捕まえた視線を無理に俯かせたりもしてみたけれど、こうして手紙を綴るに至るまでずっと好きは好きのままなんですから、あまり意味のない行為でしたね。
 中学の時に手紙を出せなかったのは、それが恋文だったからだと書きました。では高校生になって書き綴るこの手紙がなんなのか、実は今の私には曖昧で、恋文と呼んで良いものかどうにも判断し辛いのです。文面にはやけに貴方への好意を開けっぴろげにしているけれど、単なる思い出だからと括ってしまえばそれだけのような気もします。今尚私が貴方を想っていたとして、それを貴方に伝えたいとか、受け取って欲しいとか。そんな意図を一切抱かなければ、貴方はただこの便箋の文字をなぞるだけで、それを綴った私の気持ちなんて察することはしないでしょう。
 勝手な要求も、失望もしないつもりです。貴方が貴方の速度を維持して生きていくように、私には私なりの速度があります。きっと、凄く差があるのでしょう。幾度も実感した貴方との距離だとか、差だとかそんなもの。今となっては悲しむ程のことではないと思えるのは、目の前に差し迫った卒業という別れの方が悲しくもあり嬉しくもあるからでしょう。
 一生の別れとは思わないけれど、一緒の終わりではあるから、やっぱり交わす言葉はまたねではなくさようなら。足を運べば顔を見て満足できた当たり前の日々は終わります。だからさようなら、手紙を書きます。綴りたい言葉も伝えたい想いも沢山ありすぎて枚数を重ねすぎた便箋はぐしゃりと丸めてごみ箱へ。外した軌道は虚しく床に落ちて何だか寂しいけれど。やっぱり恋文にしてしまっては臆病が故とても届けられそうにないから止めておきます。
 ここまで書き散らかしておいて何だけれど、貴方が私からの手紙を受け取って、果たしてそれを読んでくれるかどうかが心配です。返事を求めたりは決してしないので、目を通すだけでもしてくれたらなあと願わずにはいられません。
 迷惑でしたら本当にごめんなさい。そうならばどうぞ、こんな手紙は捨てるなり燃やすなりして頂けると幸いです。
 ――でも。



「でも俺は結局この手紙受け取ってないんだけど」
「……じゃあその手にある便箋は何なの」
「ハサミ借りようと思って引き出し漁ったら出てきた。阿部君へって書かれてたから引っ張り出して読んでみたらまあネガティブなこったで…」
「篠岡が阿部のこと好きって三年になっても気付かなかったの本人のお前くらいだったよ」
「………」
「それに恋人で一緒に住んでるからって篠岡の引き出し勝手に漁っちゃ駄目だよ」
「うるせえ、」
「はいはい、まあ今となっては幸せなんだから篠岡にも懐かしいで済む話なんじゃない?」
「そう思うか?」
「でなきゃお前と一緒になったりしないよ」
「……だな」
「式の日取り決まったら教えてよ。じゃあ今日はこれで。またね」
「おう、またな」



 ――でも。どうせ捨てられ燃やされるなら、やっぱり最後に一つだけ。
 阿部隆也君、私は貴方が、世界で一番大好きです。



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Re;ありがとう
Title by『告別』


会話の相手は栄口君



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