※イズミハ



 人相の悪さだったら阿部の方が上だし、耐え性のなさなら花井が上だ。栄口みたいな万人受けする人柄はしてないだろうけど、アイツにはちゃんと優しくして来たつもりだった。野球よりとは言わないが、それ以外の何よりも高い順位にアイツを据えていたし現在もこれからもそのつもりだ。そもそもアイツだって、野球以上に誰かを置いて生きたりはしていないだろう。そう、三橋廉という人間は、野球馬鹿だったから。

「なのに何だよこの状況はよお」
「ちょっと落ち着いて下さい泉さん」

 手にした牛乳パックを握りつぶしながら、泉はくわえたストローを奥歯で噛み潰す。剣呑な眼差しの先には同じ野球部の、クラスメイト達の姿。
 泉と机を挟んで向かいに座っている浜田には、彼のはっきりとした表情は窺えない。泉は椅子に座りながら上体を捻るようにして、彼の後方にある三橋の席に詰めかけている田島とのやりとりを睨んでいた。
 正確には、不機嫌が顔に出ただけで、敵意とか悪意を視線に乗せて向けた訳ではない。基本的に、泉は三橋にも田島にも平等なお兄さん気質だと浜田は思っている。
 昼休みになり、教室はざわついている。適当に、しかし半分習慣化し固定された場所に移動し昼食を取る。泉達野球部も、この流れに外れることはない。寧ろ午前最後のチャイムが鳴れば真っ先に席を立つような面子である。
 それなのに、何故か今日に限って田島は三橋の席に真っ先に駆け寄り、そのまま二人でこそこそと何やら話し合っている。それが、何故だか泉の感に障って仕方ない。珍しくとも、全くない訳でもない光景。自然と険しくなる表情に気付いた浜田が諫めてもあまり効果はない。泉は、浜田をあまり先輩として意識していない為、彼をひとつ年上の人間として接している人間からは、泉が浜田にナメた態度を取っているように見えて不安になる。だが実際その通りで、浜田本人が気にしていないようなので問題にはならない。問題にはならないが、それでも、浜田はちょっとだけ切なそうに眉を下げたりする。可愛かった後輩が、突如豹変してしまったような、そんな心情なのだろう。
 そして、そういう時に限って、三橋は浜田の下がった眉に気付いてしまって、釣られて自分も戸惑ったように眉を下げてみせるから、泉の機嫌が斜め一直線に急降下するのだ。空気を読まない田島だけが、笑って三人の顔を指差している。
 詰まるところ、泉は三橋を独占したい病なのだ。学校生活の中でそんなことが困難なことくらい百も承知で、泉は三橋を独占したがっている。
 そうなると、一番に邪魔なのは当然三橋の相方ともいえる阿部であるが、泉とて馬鹿ではない。野球関連に対しては妥協に妥協を重ねなければ三橋という人間と向き合うことすら出来ないと知っている。それが出来ないならば、泉は野球なんてやっていられない。外野手である泉が、投手である三橋に駆け寄ってやれる場面なんて有り得ないのだから。マウンドに集まる内野手を遠くから眺めつつ堪えるもどかしさが、ピンチに対する緊張からなのか、三橋個人に対する執着からなのかは、突き詰めない方が得策なのだ。
 泉が三橋に他の部員よりも近しくあれたのは、クラスが同じというのが大きな要因のひとつだろう。直感的な田島に、対人関係を築く為に尤も大切な会話が苦手な三橋が懐くのは頷けた。だけども、田島以外の人間との接触を遮断出来るほど、学校生活は過疎ではないし、高密度ではない。意図しない限り、友人ひとりのみの付き合いで乗り切れるほど三橋に都合良く世界は働かない。
 その点、野球部という塊は三橋にとってさぞ都合が良かったことだろう。嫌う理由もなく仲間と友人を兼任し、それ以外という区別を可能にしてくれた。三橋ひとりではなく野球は三人セット。クラスメイトとの会話も、一対一が困難ならば複数で臨めば良いのだ。
 その為だけに、泉がいた訳ではないけれど。三橋に自分を頼らせて株を上げるには一番手っ取り早い方法を泉が自ら選んだ。それだけのこと。結果として、それは見事に成功したのだから泉とすれば万々歳だ。
 お前それで良いのと呆れる浜田に、健気だろうがとふんぞり返ったのはもう懐かしい。

「お前らさっさと飯食うぞ!」

 とうとう待ちきれなくなって、泉が不機嫌丸出しに三橋と田島を呼んだ。わかりやすく、大袈裟に肩を揺らした三橋に、田島は不思議そうに大きな瞳をぐりんと見張った。
 泉には、背中を向けている三橋の表情は見えない。ただ、彼の肩越しに覗く田島の目が、今は咎めるような色を含んで泉を射ってくる限り、三橋は泉の声量に怒気を感じ取ったのだろう。自分以下の人間の存在を疑わない三橋には、泉が田島を嫌うなんて有り得ないことで、自分を嫌うことは今にだって起こり得ることだと想起されている。泉と田島は、こんな三橋の思考回路にはとっくに慣れてしまっていて、まるっきり信用ない三橋の態度を看過している。
 物足りないといえば、泉だってそうだし、深く考えていない田島だって色々腑に落ちなかったりするけれど。信用もないが嫌悪もない。これで慕われてはいるのだから不思議な話だ。

「泉ー、俺ら購買行ってくる!」
「はあ!?」
「俺も三橋も早弁で食うもんねえんだよ」
「食べ…、ちゃった…」
「そういうの早く言えよ…」

 そんなことでこそこそ集まって話してたのかと脱力し、これから購買に行くとか遅いだろうと開きかけた口をなんとなく閉じる。ぐちぐち煩い小姑にはなりたくない。だって阿部みたいになる。あれはウザい。
 申し訳ないと身体を縮こませながら泉の気配を探る三橋と、だって三橋は弁当あるか確認してたんだもんと一向に悪びれる様子のない田島に、今度は浜田の気が気でない。
 泉の苛立ちは、彼の中でどう巡った結果かはわからないまま、浜田に八つ当たりとして辿り着く場合が多いので。
 あんまり二人で、泉を省いて行動するのはやめてほしい。だって。

「泉ってしっかりしてそうで結構末っ子気質だよな」

 浜田の言葉は騒がしい昼休みの教室に溶けて、誰の耳にも届かない。一番近くにいたはずの泉にすら。
 その当人はといえば浜田を省みもせずさっさと三橋等と購買に行くらしく既に教室の入口付近に立っている。

「おいてかないで!」
「お前金ヤバいって言ってたじゃねーか!」

 泉の鬱陶しげな返事に、そりゃあ買うものなくても一緒に行きたいときだってあるさと浜田は苦笑混じりに答えてみせた。
 寂しがりやの餓鬼かよ、と泉の暴言には沈黙。だって返事がそれはお前だろとしか思い付かない。脛は蹴られたくなかった。泉だって購買に用事なんかないことを、浜田はとっくにお見通しだ。 お前本当に三橋好きだね、とはやはり言えずに、浜田は末っ子三人組の後に続くように教室を出た。



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青々しい子らよ
Title by『にやり』




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