※トウトウはサブウェイで出会った赤の他人設定。



 ――要は面倒だったのだ。
「一緒に行く?」と尋ねてきたトウヤの言葉は善意ではあったけれど、義務感と虚脱感をないまぜにしたただの形式美だ。もしもトウヤが自分の知人たちにトウコのことを紹介していなかったとしたら、案外「暫く遠出してくるよ」と気楽な一言を残してさっさと去ってしまっていたかもしれない。そしてそこには、トウコに自分を待っていて欲しいだなんて願望は微塵も滲んでいないのだろう。想像することがあまりに簡単で、トウコは本来怒ったり悲しんだりしても構わないはずの彼の欠落を思いながら顔には何故か笑みを浮かべていた。
 出会いはライモンシティのバトルサブウェイで、初めて挑戦するらしいトウヤにトウコから声を掛けた。下心など当然あるはずもなく、単純にタッグバトルのパートナーを求めていた所に自分と年齢も背丈も似通った少年を見つけたから、勝手な気安さを覚えただけのこと。そもそもトレーナー同士のポケモンバトルだって、半ば喧嘩上等の精神で目が合ったらお命頂戴宜しく突っかかっていくのだから友好的な関係を結ぶことを目的としていたトウコの行いは何ら不自然さもないことだったはずで。けれど当のトウヤは、声を掛けてきたトウコを前に殆ど反応を返さなかった。赤の他人である筈なのに、二人の容姿がどこか似通っていることに驚いていたのだと、トウヤは後に取ってつけたように言い訳をした。それから少しだけ人間に疲れていたのだとも。子どものくせにどうしたことだと笑い飛ばすトウコに、トウヤは曖昧に笑い返すだけだった。
 バトルサブウェイで勝つことは楽しいけれど、トウコはそれ以外の世界に対してさほど関心を持っていなかった。ニュースや新聞はチェックするし、待ち行く人々が発する情報は自然と耳に集まってくる。だが自分がそんな外の世界に飛び出していくことを考えてはおらず、行きたいところに行くし、居たい所に居る。その場所が転々とすることがあったとして、それはトウコにとって外側ではなく内側だ。どこにいってもどこまでいっても自分が関わらなければ全てが外で、そういうものに関して興味が持てなかった。
 トウコのそういう完結した価値観を、トウヤはいたく気に入った様子だった。タッグバトルでの相性は上々で、次も是非一緒に組んでやろうという言葉にも頷いた。それ以外、トウコがトウヤに何かを要求することはなかったから気安かったのだろう。トウヤは彼女と違い、イッシュ地方の様々な地をふらふらと飛び回り歩き回っているようだ。走るのは疲れるから滅多にしないと真顔で言われた時は何故旅になどでたのかと問いたかったが、辞めた。この地方の子どもは大抵初めてのポケモンを貰うと旅に出ることが多い。その一々に明確なビジョンと動機を求めるなんて夢を見過ぎた。トウヤの過去に、トウコは干渉しない。

「捜してる人がいるんだ」
「――?ポケモンじゃなくて?」
「うん、ポケモンみたいなんだけどまごうことなく人なんだよ」
「…変な人なのね」
「うん。でも悪い奴じゃないんだよ。…と、俺は勝手に思ってる」
「ふうん」

 ポケモンセンターでテーブルを一つ占領して、わざわざ本屋で購入したらしいイッシュ地方の一枚地図を広げながら、トウヤは先日まで自分が滞在していた場所に油性ペンでバツ印をつけている。きっと、そこには捜し人がいなかったといことに違いない。使いこまれた地図は四角がよれてくたびれている。黒いペンで記されたバツ印は大量で陸地を黒く塗り潰しかねなかった。「幽霊でも捜しているの」だとか「世の中人もポケモンも沢山いるのだから、擦れ違い続けたって不思議じゃない」だとか。励ましとも冗談ともつかない言葉を掛けてやればよかったのかもしれない。けれど感情の浮かばない瞳でぼんやりとテーブルに広げた地図を見下ろしているトウヤは、きっとひどく窮屈な生き方をしている。どちらかといえば怠惰な性分なのだろう。トウコとは正反対で、少しだけ似ている。好きなことにだけひたむきでありたい、我儘。トウコは現在進行形でその姿勢を貫いている。トウヤはきっと、貫けなかった過去がある。もしくは貫いたつもりが着地点が予期せぬ場所だったのかもしれない。だから今、ふらふらと一カ所に落ち着いていることが出来ない。過去を修正することは出来ないのに、何処かで、何かで挽回しようとしている。その為にトウコの知らない誰かを捜すのだ。

「…イッシュ地方にはいないんじゃないの?」
「―――?」
「他の地方に出て行っちゃったんじゃないの、その人」
「…あ、そういう場合もあるのか」
「トウヤは…、そうだとしても捜しに行くんだ?」

 他地方を捜索範囲に含めてしまえば、それこそ特定の人間一人を発見するのは難儀なことだろうに。時間が膨大にあるからという余裕からではなく、そうしなければならないという使命感からでもなくトウヤはイッシュを旅立っていくのだろう。たぶん、もしかしたら、見つけられたら、もう一度逢えたらきっと。そんな希望的観測ばかりで物を言うくせに色んなものに諦めをつけているからトウコは時々苛立ってしまう。自分との出会いを、偶然という事実を根拠にその場限りの一瞬と割り切っている姿勢だとか、そういうの。運命的なんて信じ込めることの方が滅多に存在しないということを知らないのか。そうならば、トウヤは案外夢見る子どもなのかもしれない。この狭く広大な世界の中で、自分が追い探し求める人と巡り会えると信じている。目の前にいるトウコすら二の次にして、トウヤは旅を続ける。聞けばその行方不明者は男性だというのだから、尚の事腹立たしい。僅かに眉尻を吊り上げたトウコに、トウヤはどうしたのだと素直に首を傾げている。

「…一緒に行く?」
「―――どこに?」
「イッシュの外、ずっと遠く。トウコも行く?」
「………行かない。だってトウヤの人捜しに私が付き合うのって、変」
「――そっか。そうだね」
「そうだよ」

 トウヤの申し出を即座に無碍に払うトウコと、その言い分に傷付くことも追い縋ることもなく納得してしまう彼。「カノコの幼馴染にあまり心配かけないようにしなさいよ」と続ければ「それは当然」と頷かれた。トウヤに大切と認識されている二人組は、いつだって彼を甘やかそうとして時折失敗してはトウコを羨むように見つめるのだ。それがトウコにはいたたまれない。だって自分にもどうすることも出来ないことの方が多すぎるのだから。
 残りの人生大半を費やすつもりなのかは知らない探索に明け暮れるようになったきっかけすら知らないトウコに、どうしてトウヤを引き留めることが出来るのだろう。
 そもそも彼の行動の予定だなんて知らせて貰わなくても良かった。故郷でもないライモンシティに、旅から戻る度にトウヤが立ち寄ってくれることを当然のように受け入れて出迎えていたけれど。それが、トウコさえいなければ真っ直ぐにカノコタウンに向かっているであろうことに、彼女は気付くことが出来なかった。バトルサブウェイに精を出すのはいつだってトウコの方で、それでもトウヤは彼女とタッグを組む時だけサブウェイに乗り込む。他の車両に乗ったことはないそうだ。その意味を、トウヤもトウコも無自覚に垂れ流している。

「ねえトウヤ」
「…何?」
「もしトウヤの捜してる人が見つかったら、色々聞かせてよ」
「色々?」
「その人との出会いとか、私と出会う前のトウヤの話」
「…別に今からでも話すけど、」
「帰って来てからでいいの!」

 これまでトウヤに、そうした願い事をすることをしなかったトウコからの突然の言葉に、彼はまじまじと彼女を見つめる。拒否はされなかった。適当な理由を付けるのが面倒だったからかもしれないが、そのことにトウコはひどく安堵していた。さりげなく、ちゃんと帰ってくるようにと釘を刺されたことにも気付いていないかもしれないが。

「じゃあほら、いってらっしゃい」
「え?ああ、でも別に今すぐイッシュから出るわけじゃ――」
「当たり前でしょ!ちゃんとカノコに戻って事情を説明してからに決まってるじゃない!そんでもって私、トウヤが帰ってくるまでに暇だったらライモンシティから出ちゃうかもしれないから、ほらライブキャスターの番号、登録してるわよね!?」
「うん」

 捲し立てて、トウヤが広げていた地図を折り目を頼りに適当に畳んで彼の鞄に押し込む。立ち上がらせて、背中を押してセンターの入り口に向かう。トウヤは戸惑ったように何度も顔だけで振り返る。間違っても、トウヤが何の躊躇いもなく自分たちの世界として広がっていたイッシュの外を受け入れてしまうことが悲しいだなんて身勝手な感情を気取られたくはなかった。
 一緒に行くかと尋ねてくれたことは素直に嬉しい。だけどそこは、トウコにとって外側だ。興味もなく、寧ろ恐怖が立ち塞がっている。だから行けない。自分はそこに何も求めるものがないから。トウヤにだらだらと付き合うだけの自分なんて論外。だからこそ、せめて帰って来てからの予定は埋めておく。自分の為に費やして貰う時間を予め彼に約束させる。姑息かもしれないが、これがトウコの精一杯。
 きっとトウヤは気付かない。だから、帰って来たときは覚悟しておくと良い。



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3万年くらいまでなら待ってる




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