ヤマブキシティからリニアに乗ってコガネシティへ。ヨルノズクの「そらをとぶ」を使えばきっと待ち時間を持て余すこともなく目的地まで一直線だ。そう思う度、コトネは自分が勿体ないことをしているような気持ちになる。こんな急いてばかりの本音を誰かに打ち明けたところで、若いくせに変なことを言うんだねと笑われてしまうだろう。時間は確かにコトネの前に膨大に広がっているのだから。
 もう旅を始めてから随分と経つコトネだけれど、リニアというものはどうにも妙な心地がするから苦手だ。ヤマブキステーションも、コガネステーションも、使用する度に前回と何か変わっているだろうかと周囲を見渡して結局何も見つけられなかったりする。以前の記憶すらはっきりと思い出せないというのに。普段は徒歩や自転車、ポケモンで移動しているコトネには如何にもな人工の手段はどこか旅とはミスマッチなもののように思える。だから、初めてジョウト地方からカントーに渡る際の高速船アクア号に乗った時もそわそわと落ち着かなかった。目指す行先を決めるのは自分なのに、そこに向かう為に動くのは自分ではないという違和感。それでもアクア号はまだ良かった。船内を見て回り、時にはバトルをして、知り合ったトレーナーと情報効果や他愛ない雑談に興じていればいつの間にかクチバシティの港へ到着していたのだ。流石は高速船だと感心したことをコトネは今でも鮮明に覚えている。結局、それ以降アクア号を利用しての地方移動はしていないけれど。リニアは座席にじっと座っていなければならないから、コトネには馴染まないのかもしれない。座席に座ったまま、雑誌や新聞を読んでいる人、寝ている人に音楽を聴いている人。会話をしている人もいるけれど、周囲を憚って声量を抑えている。小柄なポケモンをボールから出すだけならともかく、バトルなんておっぱじめようものなら間違いなく車掌に怒られてしまうことだろう。
 なのでリニアの中は普段コトネが身を置いている世界よりもずっと静かだ。それを厭う気持ちはないけれど。動きを制限された空間では、らしくもなくぐるぐると思考が廻るから困るのだ。その度にやはり思う。ヨルノズクで一っ飛び。考えるよりも行動した結果がそれなら、臨機応変に対応することが出来るのに。コトネの座るリニアは移動する牢獄のように途中で逃げ出すための停車駅も持たず終点まで一直線に走り抜ける。早く、一秒でも早く。コトネの願いなど聞く風でなく、リニアは決められた速度を維持しながら便利な移動手段だと人々に褒めそやしている。
 ――何処が?


 リニアが到着したばかりで、出迎える人や見送る人、乗客以外の人々でも賑わうステーションをコトネは足早に通り抜ける。今にも駆け出してしまいたい衝動を必死に押さえつけながら。コトネを出迎えてくれるであろうあの人は、コトネより少しだけ年上で。感情と行動が直結したようなコトネの振る舞いを、時々苦笑しながら微笑ましいと言いたげに見つめている。それはつまり、子ども扱いされているということで、彼のことを異性として好いているコトネにはなかなかに耐え難い扱いだった。対等でありたい。きっとそう思っている内は当分その願いは叶わないだろうと認めながら、コトネはただ走りだしたい衝動を抑えることでその現実に抗おうとしていた。
 コツン、と靴先がステーションナイトは違う感触を伝えてくる。瞬間、コトネは大きく息を吐き出した。人間で飽和した、どこか濁った空気を体内から除去したかった。開かれた視界、覆われない空。潰されてしまわないで良かった。そう安堵してコトネは周囲を見渡す。出迎えに来てくれている筈の彼は、建物内と違って人影のまばらな構外では直ぐに見つけることが出来た。目立つ容姿をしているという自覚のない彼は、通り過ぎる女性たちの視線には全く気付かないという風で、ぼんやりと空を見上げながら噴水の縁に腰掛けていた。濡れないのかが気になったけれど、抜けた人という印象はないからこうして座り続けていることは大丈夫なのだろうとコトネは彼に向かって小走りで駆け寄る。折角歩いて外まで出て来たのに、こればっかりは仕方ない。のろのろ歩いている内に彼と視線が合ったりしたら、走らないでいる方が不自然なのだから。そう考えて、ならば彼と目が合ってから駆け出せば良かったということに気が付いたけれどもう遅い。次回またこうして待ち合わせる機会があれば善処しようと心に近い、今度こそ意識の全てを彼に向けた。

「マツバさん!」
「――ああ、おかえりコトネ」
「はい!」

 満面の笑みでマツバとの再会を喜ぶコトネとは対照的に、マツバの顔に浮かんでいるのは微笑で、そんなことに一々目くじらを立てたりはしないけれど、これは彼と自分の間に在る明確な差なのだと彼女は理解している。流れる時間を一秒でも早く消化して愛しさだけで駆けて行きたいコトネと、彼女より長く生きてきた経験が知識として蓄えられているマツバ。よほどのことがなければきちんと再会できると知っている。コトネだって会えることを疑ったりはしていないけれど、予定が立ってから当日を迎えるまでの時間をもどかしく感じる純情さが彼にはもう枯れてしまっている。
 コトネは、何度も言うようにヨルノズクの「そらをとぶ」でエンジュシティまで飛んでしまいたかったのだ。その方が、時間を無駄にすることなくマツバの元に辿り着けるのに。マツバだって、あまり得意ではない人混みの中に身を投じなくても済むというのに。コガネシティはただでさえ賑やかな街だ。知らない筈がないだろうに、コトネがカントーからマツバに会いたいと願い出た時にリニアを利用しての再会を提案したのは彼だった。
 当然、何故そんな不便なことをするのだと問うたコトネにマツバはおかしそうに「不便?」と繰り返した。人間の暮らしを良くする為に開発されたはずのリニアを不便というのは確かにおかしかったかもしれない。だが語りたいのはリニアの本質についてではない。使わなくても良いものを使うというロスを生むこと、無駄を提案するマツバの方がコトネに言わせればおかしい。
 そんなコトネの言い分を、マツバは緩い笑みでいつも流してしまう。ただ一言、コトネの提案は「近過ぎる」らしい。マツバは人付き合いに適度な距離を望む。そういう人付き合いしかしてこなかった所為もある。習慣として仕舞ったものを打ち崩すのは、大人にはそれはそれは怖いし厄介なことなのだと言う。言わなかったけれど、それはきっとホウオウのことも含まれているのだろうからコトネは黙り込むしかない。責められている訳ではない。マツバは他人に自分の感情の受け皿を求めない。親しくしているミナキ辺りは随分自由人で、マツバが望む距離などお構いなしで踏み込んできそうだと思うのだが、その辺りは存外弁えているらしい。自分の世界の中でしか生きていない人間は、踏み込むことなど興味がないから上っ面の付き合いだけで事足りる。端的に表すならそういうことだとマツバは言う。悲しくないですかと尋ねれば楽なだけだと即答された。
「だけどコトネは少し違うんだ」
 マツバ自身戸惑うように示された特別は、格別の喜びである筈なのにコトネは泣きそうになってしまった。だって、違うのにマツバはコトネが近過ぎる場所に寄ることを許してくれない。手を繋いでも握り返してくれるのに、抱き着けばぽんぽんと背を撫でられてやんわりと引き離される。人間嫌い手前の、無関心。長すぎた経験はなかなか新しい世界に踏み出すことを後押ししてくれない。

「ねえマツバさん、私暫くジョウトにいようと思うんです」
「へえ、何か用事でもあるの」
「いいえ、ただ…私やっぱりリニアがあまり好きになれないんです」
「そう。でも毎回リニアを使わなくても良いんじゃないか。そらをとぶ、持ってるだろ」
「リニアで帰っておいでって言うの、マツバさんじゃないですか!」
「それは僕に会いにカントーから帰ってくるときだけだよ」

 それ以外は好きにしていいと笑うマツバにまたコトネは泣きたくなる。見放された、そんな心細さが一瞬で彼女を覆い隠してしまった。自分に会っているとき以外のコトネにマツバは興味がないのだと言われたのと同様だった。
 だけど泣かない。すれ違ったまま涙することは時間の浪費でしかないと知っているから。だから必死に笑って、エンジュシティに戻りましょうとマツバの手を引いて歩き出す。先を歩こうとしたって、繋いだ手と歩幅が直ぐにコトネを捕まえてしまうだろう。いつだってそう、コトネが追い駆けなければマツバはどこにもいない。好きだと言ってくれたのに、恋人同士のはずなのに。これまで恋愛感情で人を好いたことがないというマツバの愛情はどこまでも淡白だ。それが、まだ恋に若干の夢心地を引きずっているコトネには物足りない。もしそれを乙女心と呼ぶならば、マツバはコトネの気持ちなど一生気付くことはないだろう。
 ――でも好きだから、追い駆けるもん。
 少なくとも、一方通行ではない。リニアのように、出発して終点についたらお終いなんて恋じゃない。追い駆けて、引き寄せて世界中の誰よりも貴方を愛しているのだと伝えなければ。マツバにそのことを骨身に沁みて理解して貰わなければ。
 四天王を攻略するよりも困難だなんて、失礼な話かもしれないが少なくとも今のコトネにはそれだけの障壁としてマツバとの恋路は横たわっている。喜んで挑もう。勝利するまでは、窮屈なリニアのシートにだって、コトネはじっと座って見せるのだ。


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割れた陸地も渡れるように
Title by『ダボスへ』



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