※命が腹黒でジャイアニズムの頂点に君臨している。

 基本的に自己中心的な性格である、と桐生危は自分を分析している。大体、自分を中心に考えない人間などこの世にいないとすら思える。他人を優先させたとしてもそれはそうしたいという自己の意思が根底に働いているのだから人間誰しも少なからず自己中心的な存在である筈なのだ。
 脳内でだらだらと繰り返す言い訳は何の為か。煮え切らない自分自身に対する励ましか。視線の先には瀬名マリア。隣の席には西條命。既に見慣れた景色となり始めた人物たちと同じ部屋の中で一人眉を顰める。何をぐずぐず悩むことがあるのだろう。たった一言、いつも通りの軽い雰囲気で尋ねれば済むのだ。「ラブレターの返事はどうしたんだ」と。
 瀬名が脳神経外科の医師から恋文を貰ったのは小児外科の間ではもう周知の事実だ。危は小児外科の人間ではないがかなり最初の段階でこの情報を得た。その場では妙な張り合いを見せて結局何一つ詳しいことは聞けなかった。あの日から、もう随分日数が過ぎている。相手にだってそろそろ返事をしただろう。
 内側ではあっさり認めた瀬名への好意を、危は外側へ発する態度として何故か認められない。尊敬と親しみやすさで構築された関係の中に恋愛を持ち込むことが、多分面倒で怖いのだろう。勝ち負けではないが、一筋縄でも行かないのが恋だから。
 冷蔵庫からケーキを取り出そうとしている瀬名の背中を眺める。一瞬隣りに座る命を見れば、彼もまた優しげな眼差しで瀬名の背中を見詰めている。これは果たして、初めての部下に対する慈しみか、一人の女性に対する恋情か。他人の気持ちなど、上手くは測りきれない。自分は自己中なのだから。

「危、さっきから瀬名さん見てるけどどうかした?」
「ああ、ちょっと前のさ、ラブレターの件、あいつどうしたのかと思ってな」
「そんなの断ったに決まってるじゃない」
「それもそうか…って、は?」

 瀬名にはぎりぎり聞こえないであろう声量で、命はさも当然と危の疑問に答えて見せた。むしろ、何故そんなことが分からないの、と心底不思議そうな感じでもある。見下す印象を相手に与えないのが命の魅力であろうか。だが今はそんなことを語っている場合では無い。にこにこと微笑みながら彼はやはり瀬名の背中を見詰めている。

「瀬名に聞いたのか?」
「聞かなくても分かるよ。だって瀬名さんは俺のだし」
「……はあ?」

 他の男からのラブレターなんて受け止める必要ないでしょ、と微笑んで机に置かれたマグカップに口を付ける。危は二の句も告げず盛大に溜息を吐く。時折現れる、命の自分以上の自己中心的な考え方は手の着けようがないのだ。それが世界の常識だとでも言いたげに、命は時々毒を吐く。誰に害を及ぼすということもないのだが、その場の空気を凍らせたりする。
 そして所有物発言を受けた肝心の瀬名本人は盲目に命を敬愛しているのだから危は面白くない。命と自分を比べて圧勝している筈もなく、だけど負けているとも思わない。瀬名は一体、こんな腹黒男のどこがいいのだろうか。言葉にすればきっと怒って突っかかって来るだろう。日常的なありふれた光景は危にとって非常に心地良いのだけれど、その時自分達を見ている命の瞳の奥が全く笑っていないことに瀬名はきっと気付いていないのだろう。
 愛されているのは確かだが、瀬名は変な所で鈍感だからきっと気付いていないのだろう。自分だけが命を慕っていて、叶う筈もない不毛な片思いをしているに違いない。実際はこの通り、告白も通さず一方的な独占欲を剥き出しな命が此処にいる。良かったな、両想いじゃねえか。痛みを堪えて何度も瀬名に教えてやろうと思った。しかしいつも出掛かった言葉を飲み込む。自分の恋心への最後の未練と同時に、本当に良いのかこれ、と首を傾げることがあるのも事実だから。
 そもそも愛が重いのだ。両想いであると実証してもいないのに、命の自信は一体どこから湧いて来るのだろう。瀬名は確かに命を慕っているがそこにはまだ尊敬のラインで留まっているのでは、という不安だって生まれても良い筈だ。それなのに彼女を自分の物だとへらっと笑って言い切ってしまうから困る。その言葉を否定して、理由を問われたら多分俺には告白もしてないのに相手が自分のモノなんて有り得ないとしか言えない。それで命が告白すれば良いの、と瀬名に愛の言葉でも囁いてそれを瀬名が受け入れたりしたらもう俺は完璧に逃げ道が無くなってしまう訳だ。

「…お前は瀬名に告白とかしねえの?」
「うーん、しようかとも思ったけどね。最近瀬名さんが俺に何か言いたそうなんだよね」
「…へえ?」
「顔真っ赤にしながらね、何度も何か言い掛けてやっぱりいいですって逃げちゃうんだけど」
「……」「可愛いよね」

 何だこれ、惚気なのか、恋人同士でもないのに。つまりあれか、瀬名がもう少しで命に告白してきそうだから、コイツはそれを気長に待っている訳だ。大方あれだろう、相手に告白させた方が束縛しやすいとかそんな理由だろう。にこにこと笑いながら俺の考えなどお見通しだと言いたげに命は此方を見ている。ムカつく。
 どっちにしろ、俺の恋心はもはや風前の灯火と言う訳だ。めでたい二人の結末へのカウントダウンはとっくに始まっている。幸せの形は人それぞれで、好きな人にならいくらでも束縛されたいという理解できない人間も稀にいる。だけど何故か、俺は諦めるという選択肢を今も尚選べないでいる。だってそうだろう。少なくとも、命よりも自分の方が、と思わせる言動がこの数分間の中で何度もあった。意地になっている部分も確かにある。だけど自分は瀬名が好きなのだから。相手がこんな命だからというのもあって、いっそ開き直りたくもなって来る。結局、俺も命も瀬名もみんな身勝手な自己中心的な只の人間だ。取り敢えず瀬名は命の腹を開いてその色を確認するべきだ。真黒に決まっている。医者の台詞じゃねーけど。



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果実に含まれた毒素
Title by『カカリア』




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