※チェレベル←トウヤ


 思えば昔からベルに振り回されるのは自分では無くチェレンの役目だったように思う。トウヤはいつだって目の前で何かとちってチェレンに小言を言われてごめんねと繰り返すベルと、毎度仕方ないなあと告げるタイミングを計っているかのようなチェレンのやりとりをぼんやりと他人事のように眺めて来た。途中、気付いたように差し出される二人の手を取ることに億劫さも遠慮もなかったけれど、もう少し気遣いというものを学ぶべきだったのだと思う。例えば、二人の関係が自分とのよりも親密に映るよと伝えてあげるだとか、そういうもの。惹かれ合っている二人は確かにトウヤの前にいて、トウヤはそれを気付きながら誰よりも二人の傍にいる、幼馴染だったのだから。


 最初の一歩を踏み出してから時間がどれくらい流れたのか、それはトウヤがカノコタウンで幼馴染と過ごした時間よりは確かに短かった。それなのに、三人がそれぞれ迎えた変化といったらそれはもう一緒に過ごした日々をあの頃と過去にしてしまう程度には劇的で、大人にはなっていないのにもう子どもではないような、中途半端な位置にぶらさがってトウヤは今日もぶらりと旅を続けている。時折ライブキャスターに入る連絡は大抵がその幼馴染からで、勝負しようよという誘いから最近では大半が滅多に故郷に寄りつかなくなったトウヤの安否を尋ねるものへとなっていた。帰りづらい理由がある訳ではなかった。帰りたくないという無意識があるだけで。
 チェレンとベルには旅の途中様々な場所で会っている。三人揃うことはあまりないけれど、きっと自分のいない場所で二人で遭遇することもあるのだろうとトウヤは察しを付けている。ならば、わざわざカノコに変える必要はないだろうと考えてしまうのは、短絡的だろうか。親元を恋しく思うような情はトウヤには元来備わっていないのか、希薄なだけかは定かではない。ただ母親も旅が楽しいのは良いことよと微笑むばかりでたまには顔を見せに帰っていらっしゃいの一言も寄越さないので自然とトウヤの脚はカノコとは正反対に遠く遠く、前へ前へと勇んで進むようになっていた。世界を救った英雄なんて柄じゃないし、一部の人間にしか知れ渡っていない事実だけれど、その経験がトウヤを少しばかり疲弊させていることに、きっと付き合いの長さ故の聡さを持っているチェレンとベルは気付いているのだろう。これからカノコに帰ろうと思っているんだという時にトウヤと顔を合わせても、二人は決してトウヤも一緒に帰ろうとは誘わなかった。
 いつの間にか、幼馴染に気遣いをさせている自分にトウヤは少しだけがっかりして、それから感謝した。いつだってトウヤの中では自分達は三人組というよりチェレンとベルとそれから自分という、二人組と一人のように勝手に距離があると思う部分があって、それでも結局二人は自分を掬い上げて手を差し出してくれる。甘えかもしれないけれど、二人がこれからも自分を見失わないでいてくれればと思っていた。いつか、二人が自分の入り込めない関係に一歩を踏み出したとしても、時々で良いから思い出してほしかった。

「トウヤ、次は何処に行くの」

 久しぶりに会ったベルは、別れ際になってトウヤに尋ねた。トウヤは鞄を肩に掛けながら「何処だろう」と逆にベルに問い返した。目的地はこれといってなかった。流れるように、流されるように、大好きなポケモンたちと共に在れれば別に何処でも良い、そんな形のない目的地。
 ベルはトウヤの曖昧な返答に困ったように首を傾げた。ベルは馬鹿とは言わないけれど、純粋さと幼稚さの境界を行き来するように、不意に言葉を上手く操れなくなってしまう。それは単に、上手く自分の気持ちを言葉に乗せることが出来ないだけで、でもベルはそのことすら言葉にしてはくれないからトウヤはただ待つしかない。彼女の意見を汲み取って言語化してくれるチェレンは、生憎今回この場には同席していないから仕方なかった。

「…チェレンは、今頃どうしてるかな」
「チェレンはねえ、この間話した時はポケモンリーグ辺りで特訓してるって言ってたよ」
「……そっか、」

 チェレンがベルを理解しているように、ベルもどうやらチェレンのことはしっかりと理解している風に思えて、トウヤはまたぽつりと取り残されたような心地がする。寂しさではなくて、焦る。二人は、旅を始めてからまるでトウヤばかりがどんどん先に進んで行ってしまったような発言をすることがあるけれど、トウヤに言わせれば寧ろ全く逆の様に思えた。

「…トウヤ?」
「なんか、最近チェレンに会ってないな…」
「そうなの?じゃあ会いに行ってみれば?きっとバトルしたがると思うな!」
「うん…。でもまた今度でいいや」
「そうやってトウヤはまた後回しにしちゃうんだから!」
「はは、でもさ、俺が行くよりベルが会いに行った方がチェレンも喜ぶんじゃないかなー、なんて…」
「どうして?トウヤが行ったって嬉しいよ」
「うん、まあがっかりはされないだろうけど」

 トウヤは、ベルとの通じない会話に間違えたのは果たして自分だろうかと自問する。答えは別にいらない。ベルの言葉を正しく汲み取ってやれるのはチェレン。自分は違う。その事実はずっと昔から揺らがなくて、トウヤはそれを覆そうなんて思わない。だけど、こうしてあまりに会話が成立しないとなると自分とベルが同じ言葉を喋っているか疑いたくなるときもある。どちらかが特別高尚な言葉を用いている訳でもなく、卑屈がちに響くトウヤの二人を見上げるような言葉を解さないベルは、同じようにトウヤと上ばかり見ているのだろうか。それでもその位置は、自分よりずっと上なんだろうとトウヤは思っているけれど。
 ずっと思っていた。チェレンにとって、言動の齟齬を挟まない、理解できる範疇にいるベルは手の掛かる幼馴染でたった一人の可愛い女の子なのだろう。では自分にとって目の前にいるベルは何なのか。彼女の行動に振り回されているのはチェレン。たった一人の女の子として特別に思っているのもチェレン。トウヤは、ベルを認識する上でチェレンを切り離すことが出来なかった。ベルはとっても良い子だよ。そんな陳腐な言葉でしか彼女を形容し得ない自分の頭のお粗末さが急に情けなく思えてくる。

「ねえ、トウヤ。また今度三人で遊ぼうね」
「――うん」
「ずっと仲の良い幼馴染でいようね」
「うん」

 また、ベルの言葉が理解出来ずにトウヤは相槌を打ってそれを流した。仲の良い幼馴染でいるには、チェレンとベルは近過ぎて、自分はきっと遠過ぎる。
 こんなに簡単な言葉を用いても通じ合えないのだから、ベルはもしかしたら人間とは違う生き物なのかもしれない。馬鹿げているけれど、トウヤはふと思った。ポケモンとはまた違うだろう。ポケモンと会話できる人間を知っているけれど、彼と彼女が上手く疎通するとは想像しがたい。きっと、神様とか、そういう人の手に及ばないもの。だけど神様だと少し荘厳過ぎるから、可愛らしく天使ぐらいかもしれない。背中に羽根はないけれど、差し出す愛は満ちている。その愛は、彼女の目に触れる万物に少しずつ降るのだろう。決して平等ではないとしても。それを望むものもまた存在していない。
――ずっと仲の良い幼馴染でいようね。
 つい先程のベルの言葉がトウヤの中で反芻される。優しい声音はいつだってトウヤには届けども理解出来ない。
――うん、ずっと幼馴染でいよう。
 過ごした時間を、チェレンとベルが忘れたりしなければきっとそれが出来る。トウヤはそう思っている。ベルは可笑しなことを言うとも。幼馴染を置き去りにしてその先に進むのは、チェレンとベルの方であるのに。まるでトウヤが一人でふらふらと何処かへ行ってしまうのを繋ぎとめようとしているかのように言う。それはとても奇異なことだ。だけど仕方ない。だってベルは人間ではなくて天使なのだから。


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僕が知っていた天使
Title by『呪文』



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