※微妙にレンカト


 強い人が好きだ。そう言えば、シキミは「それってレンブさんみたいな人ってこと?」と尋ねてきたので、カトレアは「全然違うわ。全然よ」ときっぱりと否定した。シキミもそれ程根拠や理想があってレンブを例示した訳ではなかったので、本人が違うというならば違うのだろうと大人しく引き下がる。しかし肝心のカトレアはシキミの例示を解答と受け止めてしまったようで、彼女の間違いが不快だったのか普段あまり動かない眉が僅かに間に寄っている。

「カトレアのいう強い人ってどんな人を指しているの?」
「シキミちゃん」
「私?」
「後はおじさま。この間の男の子なんかもそうね」
「アデクさんと…ああ、ポケモンの話なのね」

 カトレアは、バトルの強い人が好きらしい。細かく言えば、自分より強い人だろうか。少なくとも、シキミに関しては手持ちの相性だけで述べているのだろう。だから、カトレアからすれば抜群の相性でもあるレンブを強い人とは呼ばない。意外と、子ども染みた考え方をするものだと、カトレアはソーサーに置かれたカップを手に取り紅茶に口を付ける。出されてから少々お喋りをし過ぎた為か、中身は既に温くなっていた。
 談話室でカトレアとお茶をしようとすると、彼女は決まって紅茶を用意してくれる。正直シキミには紅茶よりもコーヒーの方が飲み慣れているのだけれど、それをカトレアに言ったことはなかった。用意をしてくれているのがカトレアだからというのもあるが、単純に彼女はコーヒーよりも紅茶の方が似合っていると初めに思ってしまったからだろう。シキミだって、小説の締め切り前の眠気覚ましとしてコーヒーを大量に摂取したりしなければ、紅茶でもコーヒーでもどちらでも良かったに違いない。
 今日の茶葉は、キャンディと言ったか。セイロンティーの一種らしいが、紅茶に興味のないシキミには、正直セイロンという茶がさらに細分化出来るとは知らなかった。カトレア曰わくアイスティーに向いているらしいのだが、そう言いながらも端からホットで出すのだから可笑しい。ホットでもそれなりに美味しいのよと彼女は言ったが、紅茶に対して全く舌の肥えていないシキミには、それなりにの程度が分からなかった。取り敢えず、カトレアの淹れてくれるお茶の大抵は美味しい。
 カトレアには紅茶の方が似合っているとは思うが、詳しいとは思わなかった。茶葉を変える度につらつらと産地や特徴について語ってみせる彼女に、シキミは以前冗談半分本気半分で紅茶の本でも書いてみたらどうだと提案したことがある。カトレアは、無表情でペンを持つのわ疲れるわと呟いた。

「字を書くのも、文章を書くのも退屈よ。直ぐに眠たくなってしまうわ」

 まるで魅力を感じない。そう切り捨てたカトレアに「貴女は私と正反対ね」とシキミは言った。折り合いが悪いとか、人間関係には影響しないけれど、シキミはカトレアと正反対だと感じることが度々あった。例えば、カトレアが沢山眠ることを心地好いことと思っている隣で、シキミは小説のアイデアや新しい言葉や表現に出会う為に目や開き耳を澄ましている時間を素晴らしいと思っているといった具合に。
 カトレアも、シキミを自分とは対称的と感じることがある。そんな時、彼女はたった一言言い放ってその話題を切る。

「それはシキミちゃんが小説家だからよ」

 そう言われればそうかもしれない。カトレアと出逢った時、シキミは既に小説家だったし、カトレアはカトレアだったのだから。
 シキミが執筆に追われている中、彼女はよく眠そうに目元を擦ったり、欠伸をしている。挙げ句シキミの部屋のベッドで眠るのだ。そして寝心地が悪いだのお日様の匂いがしないだの散々に文句をつけてくる。腹立たしさよりも、確かに貴女のベッドは最高級だものね、と同意する。
 振り返ればお互い同調する部分などは少なく、仲が悪くても不思議はない関係と質をしていた。閉鎖的な、過疎な場所で年齢の近い同性というだけで許せる部分は確かにあるが、全てではないのだ。
 最初は随分と目をむいた。カトレアの緩慢な奔放さは時々奇異なものとして映るから。まるで彼女の周囲だけ、流れる時間の速さが違うみたいに。小説を書いているとき、シキミもまるで自分の周囲だけ流れる時間の速さが違うのではと思うことがあるが、それはカトレアとは正反対の意味でだ。カトレアはゆっくりと、シキミは早々と進んでいるような、錯覚。

「そうだシキミちゃん、マドレーヌは好き?」
「結構好き。あるの?」
「レンブさんからお土産で貰ったの。律儀よね、修行にちょっと出かける度に菓子折りなんて買ったら破産してしまうわ」
「修行中にバトルでもしてお小遣い程度の収入でもあったんじゃない」
「…ふぅん、」

 それではつまらないといった顔で、カトレアは受け取った箱のままマドレーヌをテーブルの上に放った。遠慮なしに手を伸ばして小分けにされた袋を破きながら、シキミはレンブに対して内心で小言を一つ。だって彼は、きっとカトレアにしかお土産なんて買ってきていないのだから。尤も、カトレアだけが滅多に外に出ないからかもしれない。それでも自分は小説家なので、一つの出来事を膨らまして考えることは得意だ。マドレーヌは勿論美味しいけれど、友人の色恋話だって十分美味しい。

「そんなに美味しい?」
「え、」
「シキミちゃん、にやけてる」
「うん、美味しいわよ!マドレーヌ!」
「じゃあまた買ってきてくれるようレンブさんに頼んでおくわね」
「へえ!」
「…シキミちゃん?」

 何故そんなに嬉しそうなの、と首を傾げるカトレアを、じゃれあうように抱き締めた。今はまだ、どんなに言葉にしても彼女はきっと素直に受け入れてはくれないだろうから、シキミはただ思うだけ。
 ――ねえカトレア、貴女は強い人が好きだと言うけれど。貴女に似合うのは強いよりも優しい人だと思うわ。
 カトレアは不思議そうに、シキミをそっと抱き締め返した。紅茶を淹れ直そうと思っていたのだけれど、どうやらそれは無理そうだ。

―――――――――――


それからどうなったの
Title by『にやり』




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -