※未来捏造


 つい最近まで、自分は子どもだったように思う。だけども気付けば周囲にも認められ、自分でもまあ、そうだろうなあと思う程度には、サトシは大人になっていた。肩に乗る馴染んだ重みは未だに変わらずここにある。だが昔のように後先考えずに駆け出す回数は各段に減少した。完全にゼロになれないのは、生まれたときから治る気配のない短慮のせいだろう。そのお陰で出会い、経験した人や事象を、サトシは今だって大切に内に残して現在に辿り着いているのだから、この欠点はこの先ずっとこのままなのだろうと、もうとっくの昔に見切りをつけている。どんなことも、紙一重の差で良くも悪くもなる。結局は、捉え方次第なのだ。
 サトシは今でもたまに旅に出る。マサラに開いたジムをトレーナーに任せて、少年だった頃と変わらぬ相棒とポケモンたちを数匹だけ引き連れて、どことも知らぬ地方へ足を延ばす。とはいえ、ジムリーダーである以前に既に大人であるサトシに許された自由はそう多くはない。たとえ、他のジムリーダー等に比べたら好き勝手出来る具合は強いかもしれないが、帰る場所を定めてしまったサトシは、ある程度旅を満喫すると大人しくマサラに帰ってくる。飛行タイプのポケモンで帰ることが多い中、以前一度だけ伝説のポケモンと一緒に帰ったら大騒ぎになった。「昔のよしみで送って貰ったんだ、お前も懐かしいだろ」なんて。いつだってサトシの帰りを一番に待ち望んでくれている女性に呑気に笑いかけたら、その晩は自宅にいれて貰えなかった。
 仕方ないので、世界中のトレーナーたちの憧れでもある伝説の存在を見上げながら、「俺、今アイツと結婚してるんだよ。覚えてるか」と問えば相手は目を細めて、サトシの上空を何度か旋回して夜の空に消えていった。お見通し、と言いたげに見えたのは、気のせいということにしておく。
 サトシのジムは、その存在だけは有名で、トレーナーたちからの憧憬の的となっているが、実際挑んでくる連中はそうそういない、暇な部類の場所だった。ジムリーダーが、腐っても元チャンピオンである。駆け出しのトレーナーが勇んで突っ込んでもそう簡単には勝てない。バッジをある程度集め終える程度の実力をつけてから挑戦しよう、大抵のトレーナーはそう考える。
 だからサトシは旅に出る。退屈は苦手で、一カ所に大人しく留まるには旅した時間が長く、きっと楽しすぎたのだ。今更矯正しようのないサトシの放浪癖を、周囲は諦めと彼らしさを損なえないと、願望を以て送り出す。心配しなくとも今のサトシは必ずこの場所に帰ってくる。何と言っても、マサラには彼の最愛の妻が眉を顰めながらサトシの帰りを待っている。
 最強の称号を持つジムリーダーの顔は、割と世間に知れ渡っている。だから、サトシが旅に出ると、大抵直ぐに噂が駆け巡る。そしてトレーナーは今サトシがマサラにいないことを知り挑戦を見合わせたりするのだ。そんな風に、サトシの周囲は彼に都合よく働いたりする。
 稀に、噂が届く前にマサラに着いてしまい、リーダー不在のジムに乗り込んでくる者もいる。それでも、大抵がジムの雇われトレーナーたちに阻まれすごすごと去っていく。元チャンピオンのジムに、弱いトレーナーが控えている訳もない。
 時々、トレーナー戦を勝ち抜いたと思った猛者が、さあジムリーダー戦だと張り切った瞬間、まだ残っていたらしきトレーナーに敗れ去る、という事態が起こる。そうして負けた者は、口を揃えて「マサラは水タイプのジムじゃないはずなのに」と首を傾げる。
 サトシは、この不思議な評が耳に届くと、慌ててマサラの自宅に帰る。ジム戦に、水タイプのポケモンが乱入してきたら、それはサトシの妻の怒りが極限に達した合図なのである。関係ない夢追い人たちを巻き込んで、マサラの最強トレーナーとその妻の生活サイクルは何度も何度も繰り返されている。

「ただいまー」
「あら、今回はやけに早いわね」
「だってカスミ怒ってるみたいだからさあ…、あ、ジム戦ありがとな!」
「あの程度であんたに挑もうなんて笑っちゃうわよ…。あと別に怒ってないから」

 出会った当時から変わらずサトシにカスミと呼ばれ続けた少女は、サトシがチャンピオンになりマサラにジムを開いた直後に彼の妻となった。
 住み慣れた街を離れ、築き上げたジムリーダーとしてのキャリアも捨てて、カスミはサトシの生まれ故郷にやって来た。一緒に旅をしていた頃から、こいつはどうしようもない奴だと思っていたが、そんなところも含めて、カスミはサトシを好きだった。いつまでも一緒に旅をしたい。そう願っては、叶わない現実を嘆き、だが背負った立場や役目に抱く誇りやプライドの狭間で悩んだりもしたけれど。迎えに行くから、と無責任に寄越された言葉を馬鹿みたいに信じながら待ち続けたのは、揺るがない気持ちがお互いの中に在り続けたがらなのだろう。
 いくら大人になっても落ち着きがない無鉄砲なサトシが、散歩に行くのと変わらない要領でひとりで旅に出てしまうことに、思うことが全くないわけではない。一緒に行きたい、よりも早く帰って来なさいと言いたい気持ちが強くなったのは、これはカスミが大人になった証拠なのかもしれない。夫の留守を預かるのは、妻の役目だ。
 それでも、サトシが旅に出歩く無鉄砲さを残しているように、カスミもまたジムで挑戦者を蹴散らすお転婆ぶりを残しているのは、二人が出会った頃から何も変わらずに在ることを教えてくれる。
 子どもみたいに、馬鹿みたいなことで喧嘩をする二人を、呆れた顔で見守っているピカチュウだって、何も変わってなどいないのだ。

「カスミってやっぱりまだジムリーダーしてたかった?」

 現役のジムリーダーを、寿引退に追いやって自分の下に引き寄せたことを、サトシは微塵も後悔はしていない。だけど、でもなあ、と思うことはある。後に続く言葉は、上手く表せないけれど、すごくやるせない気持ちになる。好き勝手している自覚は、それなりにあった。
 サトシが、肯定されてもどうしようもない質問をぶつける度に、カスミはやはりコイツはどうしようもない奴だと思う。誰が、未練など残してお前みたいな馬鹿に嫁いでくるというのだ。捻くれた、ノロケた答えを返してやることもせず、カスミは「馬鹿、」と吐き捨てて夕飯の支度に取り掛かる。この一連のカスミの態度を総括して、サトシは満面の笑みで正解に辿り着く。

「カスミただいま!」
「はいはい、おかえりー」

 サトシの足元で、ピカチュウが元気よく鳴いた。マサラの元チャンピオンとその妻は、今日も幸せな一日を過ごしている。



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大人になるということ
Title by『にやり』




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