※現パロ・一年=中一




「あのねユキちゃん、これが僕たちは組らしさなんだ」
「今更でしょ。あとは組じゃなくて3組ね」

 廊下の窓から教室を覗き込むユキは、乱太郎の朗らかな笑顔に呆れを多分に含んだ溜息を送ってやった。ハロウィンを翌日に控えた1年3組の教室風景はこれから学園祭でもあるのかと言わんばかりの乱雑ぶりであった。机は後ろや端に目一杯押しやられ、床に散らばったマジックや布、直に置かれた裁縫箱から覗く待ち針や縫い針が光って危なげな印象を与えている。きっと、この月末がハロウィンだと気付かなければ今頃3組だって大人しく普段通りの授業を受けていたはずなのだ。それが、カレンダーにも記されないイベントをこのお祭り騒ぎが大好きで妙な結束力を持ったクラスの誰かが気付いてしまったばっかりに担任の教師すら説き伏せ泣き落とし自習の時間を勝ち取った。勿論これは自主勉強に励む時間などではなく翌日のハロウィンをより楽しむための仮装準備時間として活用されている。
 日本でのハロウィンの楽しみ方は精々「トリックオアトリート」と唱えてお菓子を強請り、相手が持っていなかったら精々くすぐりだのでこぴんだの笑って済ませられる悪戯で終わらせるのが正しいのだろう。教室の隅でせっせと悪戯用カラクリの作成に精を出している約二名の存在をユキは視界から抹消した。明日は絶対あの二人にだけは関わるまいと心に誓い、自分の教室に戻ったらクラスメイト達に注意喚起することも忘れない。
 裁縫の担当が出来る中学一年生の男子などそうそういるはずもなく、乱太郎のクラスでも慣れた手付きですいすい針と糸を通していくのは伊助くらいのものだった。後は材料と道具をどこからともなく調達してくる係りだったり、自分たちが配る用のお菓子を小さな袋に詰める係りなどなかなか見事に割り振られている。学級委員の指示のもと、本当に妙なところで団結力を発揮するクラスだと、ユキは重ねて呆れの溜息を吐いた。乱太郎は変わらずにこにこと笑っている。


 職員室に前の授業で使ったパソコン室の鍵を返しに行った際、机に突っ伏している土井先生とその傍らで苦笑している山本シナ先生を見かけた。また生徒にやらかされたのかと視線を送っていると、いち早くそれに気付いた山本先生に手招きで呼ばれる。何の警戒も疑いも持たず近付いていくと、疲れた顔の土井が顔をあげて精一杯の微笑を浮かべて頭を下げたユキに挨拶を返してくる。生徒の熱意に負けて授業を彼等の計画準備に差し出すことが度々ある生徒想いの彼は自分の甘さに猛省しながら授業の進行遅延を日々嘆いている。どうしたんですかと視線で尋ねるユキに、先に事情を聴いていた山本先生が説明をしてくれた。1年3組は本日明日のハロウィンに向けて熱心に準備に勤しんでいるのだと。意味が分からないと声まで上げてしまったユキに、山本先生は明らかに他人事だからという体で事態を楽しんでいる様に映った。ついでだから、3組の様子を見て来て頂戴と無意味な偵察任務まで押し付けてきたのだ。確かに彼等の行動力は時に学校全体を巻き込みかねない大騒動を引き起こす。球技大会では見事なチームワークで決勝まで勝ち残ったかと思えばけその相手が仲の悪い一つ上の上級生と知るや否や高等部の先輩達まで引き入れて壮絶な戦いを繰り広げた。課外実習で自然公園や山や海に出かけていくと必ず失踪者を出してその捜索すら3組が行い無関係な事件に巻き込まれてくる。学力テストや部活動といった個人の能力を測る舞台ではさほどの活躍は見せないのに、クラス対抗という舞台に上がると途端に眼を見張る力を発揮するのがこの学校の1年3組なのである。さて、此度のハロウィンでは一体何をやらかすことやら。職員室から3組までの廊下を歩きながら、ただ傍観者でいるだけならば楽しそうだとユキも気楽に構えていた。実際、教室を覗き込んでみればあまりの熱の入りっぷりに引いてしまったのだけれど。
 声を掛けることもなくその場で立ち止まっているユキを見つけて声を掛けてきた乱太郎は、彼女の雄弁な表情にただ一言、澱みなく言い切ったのだ。それが僕たちらしさだと。

「お菓子貰えなきゃ悪戯って言うけど、アンタたちこのクラスの外の連中にたかって回るつもり?」
「たかるって酷いよ。同じように返されたらこっちはきちんと渡す分を用意してあるんだよ?」
「そりゃあこんな入念に準備してるんだからね。そうじゃない人たちからすれば不意打ちも甚だしいわ」
「えええ?これだけ大騒ぎして私たちが準備してても何も警戒しないなんてそんなクラスこの学校にある?」
「言うようになったじゃない…」

 悪意や嫌味を籠めた台詞ではないけれど、この学校にいる人間ならば過去に無関係だとしてもいい加減警戒し始めるだろう。このクラスが動くときは、やらかす時だと。あまりに楽しそうにはしゃぐから、周囲もついつい引きずられてしまうのだろう。学校の最高権力者まで妙なノリの良さが健在している所為で、時には学校側が悪ノリを生徒たちに要求してくることだってあるくらいなのだ。
 乱太郎は明日の仮装衣装なのか、真っ白いシーツのような布をポンチョの着用時みたく被っている。捻りのないお化けの衣装かと思いきや未だに裾の方に待ち針が着いていたりこれから切断すると思しき線が引いてあったりとまだまだ作成途中の物のようだ。そそっかしい性格をしている訳ではないのに、何もない場所で転んだりとドジを踏むことの多い乱太郎にこの格好は危険極まりない気がするのだが。途端顰められていくユキの顔に、乱太郎は不思議そうに首を傾げる。その姿はまるで幼い子どもの用にも映る。ユキの口調が子どもを言い含めるような物になってしまうのもその所為なのかもしれない。

「乱太郎、あんたそんな針とかさしっぱなしで歩き回るのやめなさい。危ないわよ」
「ええ?でもこれ脱いじゃうと縫う時なんか大変なんだって」
「じゃあさっさと縫っちゃいなさいよ」
「伊助の順番待ちなんだよ。私は最後の方だからまだ時間掛かるんじゃないかな」
「何でそんなに呑気なのよ。スっ転んで針が刺さったとか笑えないわよ?」
「そりゃあそうだけど…。ユキちゃんは何でそんな真剣なの?大袈裟だよ」

 乱太郎の苦笑に、本当に言うようになったものだとユキは言葉に詰まってしまった。何故真剣かなんてそんなの、普段乱太郎を目で追っている内に本当に彼が不運な事故に巻き込まれる頻度が多いと知ってしまったからだ。騒がしいクラスの中、いくら乱太郎が慎重な行動を心がけていても災難は何処からともなく降ってくる。主に彼の交友関係から降ってくる。足は速いくせに回避能力には恵まれなかったのか、悪ふざけの好きなクラスメイトに体当たりなど喰らってみなさい、本当に危ないんだから。苛立つユキの気持ちなど知る由もない乱太郎は、今は仮縫い状態の自分の衣装が完成したらああなるんだこうなるんだとくるり廻りながら説明してくる。たった一日のイベントの為に、突発的な思いつきで良くここまで凝った準備をするものだ。
 あまりに嬉々とした様子で語る乱太郎と、同じ視界に映り込む彼のクラスメイト。ユキからしてもなかなかに付き合いの長い面子ではある。長所も短所も初めて知り合った頃とさほど変わらないまま、彼等はお互いの信頼を未だに揺るがさずにこうしてはしゃいで生きている。羨ましいとは思わない。立ち位置が違うし、彼等が自分に敷く線引きを同じように自分たちだって持っている。時折交わって、事が終われば少し離れる。それが昔と変わらぬユキと彼等の在り方。ただ、乱太郎個人に於いてはその限りではないということで。一つの歳の差と勝ち気な性格が素直に寄り添うことを容易く成させてはくれないのも昔と変わらぬこと。それでも今回ばかりはもう少し上手くやれても良いんじゃないかとユキ自身が思うのだ。

「仕方ないわね。乱太郎、それ、私が縫ってあげるわ」
「――ユキちゃんが?」
「何よその意外そうな顔は!?」
「いや、だって…裁縫できるの?」
「馬鹿にしないでくれる?それくらい出来るわよ」
「そっかあ…じゃあお願いしようかな。この格好のままだと他の準備の手伝いが出来なくて落ち着かないんだ」
「最初から素直に頼みなさいよ」

 いきり立っていた肩を落としたユキを確認して、乱太郎は一応伊助に確認を取りに一度場を離れた。引かれた線通りに縫って貰えば良いのかというやり取りが微かに聞こえてくる。駆け足で戻ってくる乱太郎にぎょっとした顔で制止の声をあげればそこまでドジじゃないよと弁解が返ってくる。それがアテにならないからこうして衣装の裁縫を手伝ってやろうとしているのだ。
 教室にお邪魔すると、きり丸としんべえに「ユキちゃんだ」と手を振られあっさりと受けれいれられた。裁縫箱を一つ借りて針と糸を布に通していくユキを見下ろしながら、乱太郎は今日の出会いがしらよりもにこにこと笑みを深めている。訝しんで、手を止めて「何よ」と尋ねれば乱太郎は少しだけ照れくさそうにはにかんだ。

「ユキちゃんも共犯だね」

 「明日が本当に楽しみだなあ」と、じっとしていられない風の乱太郎をじっとするように言い聞かせて、ユキは作業の手を再開する。ユキの裁縫は、乱太郎の言葉に赤く染まった頬を隠そうと躍起になっている所為もあってかとても手早かった。少しだけ曲がってしまった縫い後を修正するつもりはない。だって乱太郎が悪いのだから。明日は極力関わらないつもりでいたけれど、これは是が非でもお菓子だけはふんだくらせて貰わなくてはなるまい。トリックオアトリートだなんて唱えない。トリートだけで結構だ。後は精々、楽しそうに学校中を練り歩く3組の面々の中に乱太郎の姿を見つけられたら、それで充分。



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ふり回される私の身
Title by『呪文』



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