※命(→)←瀬名←雅/暗い

 優しさに甘えている。悪く言えばつけ込んでいる。良心は人並みに瀬名の内側に存在していてチクチクと瀬名自身を刺しては苦しめる。だけど一人ぼっちは嫌だった。取り残されるなんて真っ平ごめんだと思った。
 情に訴えればどうにでもなると思っていた訳ではない。それでも予想外にすんなりと自分を受け入れた雅を、瀬名は身勝手ながらも予想外だと思い好都合だとも思った。寂しかったから、自分の傍にいてくれるのなら、きっと誰でも良かったのだ。そう最低な言い訳を使う暇などない位、雅は瀬名に優しかった。
 好きだと言ってくれる、抱き締めてくれる、キスをしてくれる。向かい合わない気持ちの行方を見失いながら、一方通行ではないような錯覚すら起こしそうだった。

「雅先生…」
「ん?」
「ごめんなさい」
「…何が?」

 何も知らない振りをして、雅は瀬名に微笑む。力なく安堵と申し訳なさに歪む笑みを浮かべた瀬名に、今度は雅の良心が痛む。
 欲しかったものは、生憎まだ手に入っていない。現状を簡単に述べるならば、無断拝借とでも言うべきか。出会った頃から変わらず瀬名の視線が追い掛ける人物が誰かなんてことは分かりきっている。憧れよりも恋が勝つ。けれど憧れで済ませなければいけなかったのだと瀬名は言う。好きになんて、なるべきではなかった。
 雅は、瀬名の想いは恋のまま、そうあって良かったのだと思っている。でなければ、自分が彼女に向ける気持ちを肯定してやれなかったから。
 瀬名は雅から向けられる気持ちになど気付かないまま、雅に寄り掛かり涙し謝罪を繰り返してはまた手を繋ぐ。雅は瀬名に気持ちを伝えることなどしないまま。弱った彼女に付け込むように自分の傍に引き寄せた。そしてその度に、ごめんなさいと繰り返す瀬名に雅はそれはもう美しく微笑んで見せるのだ。
 他人にあまり興味など無かった。嫌われるのには慣れていて、その上で無関心を貫くのにもだいぶ前から慣れていた。命によって分け与えられた、本来彼の持つ世界に住む人々は雅を嫌わず、雅もわりかし好意的に接してきたつもりだ。
 その中で、気付けば雅は瀬名を欲しいと思うようになった。要するに、好きになっていた。だけども瀬名は命が好きだったから。機を待つようにただ黙って瀬名の他愛ない会話に耳を傾けて過ごしていた。理由ははっきりしないけれど、瀬名は自分と命は結ばれないと頑なに思い込んでいた。だから雅は、そんなことないと云う無難な励まし文句すら呟けず初めて瀬名の手を握った。
 弱々しく握り返されたその手が、瀬名が雅に捕まってしまった何よりの証拠だった。優しさに隠された毒を、彼女は見抜けなかった。

「瀬名さん、」
「…西條先生?」
「お疲れ様、今から帰るの?」
「はい、これからー…、」

 喉まで出掛かった言葉を寸前で飲み込む。自分がこれから雅先生と食事に行くことなど、西條先生には全く関係も興味も無いのだから。
 曖昧に微笑んで言葉を濁す。命は余計な詮索はしないと知っている。それでも少しだけ寂しそうに眉尻を下げたように見えたのは、きっと自分の恋心故に抱いた願望だ。
 また明日、と頭を下げて足早にその場を去る。自分は確かにあの人のことが好きなのに、どうしてこんな簡単な会話すら泣きそうになってしまう程に辛いのだろう。雅に寄り掛かっても辛い。命に向き合っても辛い。だからやはり、瀬名は自分は命を好きになるべきではなかったと思う。
 きっと自分は今夜も曖昧に心を痛めながら雅に泣きついて優しい彼に慰められるのだろう。いつ突き放されても文句は言えない。覚悟は出来ている筈なのに、それでも孤独は怖いと無力なこの手を伸ばすのだ。
 瀬名の下心も、雅の下心も結局は叶わない恋故の衝動で、どちらも諦めてしまえばそこで終わると知っている。それでもまたお互いの優しさに付け込みながら寄り掛かり支え生きて行くのだろう。行き着く先など、今はまだ知らなくて良い。



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いつまでたっても暗闇
Title by『彼女の為に泣いた』




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