01

 勘右衛門が何の気なしに学園内をふらふらと散策していると、珍しく学園長先生にお使いを頼まれた。ただ手紙を届けるだけという、いかにも簡単そうなそれは、偶々タイミングよく勘右衛門が学園長の前を通り掛かったという理由だけで彼に託された。わざわざ人を呼び止めて、外出許可まで取ってほれ行って来いというには、本当に簡単すぎて、勘右衛門は内心、本当にこれは自分が行かなくちゃダメかと気乗りしない感満載だったのだが、思えば誰が頼まれたって率先して引き受けたいお使いなんてそうそうありはしないと自分を納得させる。お駄賃なんてものに釣られる程、彼はもう幼くはなかった。
 そうして頼まれるままはいはいと頷いて、要件を済ました。本当に只の世間話を書き綴った程度の手紙だったのだろう。相手もにこにこ微笑んで勘右衛門に謝辞を述べるばかりで、まるで隣家に夕飯のお裾わけでもしたような気分になった。感謝されるだけ、むず痒い。
 もしこのお使いを頼まれたのがあの有名な一年は組の面子だったのなら、こんな簡単なことすら大騒動に変えてしまうのだろうかと想像すると、彼等は一生退屈とは無縁な生活を送りそうだと突飛な方向に思考が及ぶ。帰路を急ぐ訳でもなくぶらぶらと歩を進めながら、自分の所属する委員会の可愛い後輩、庄左ヱ門もこの一員だったと思い出す。そして、自分は最近彼と会っていないということにも気付いて、少しばかり物寂しさを覚えた。
 委員会自体は先日開かれたばかりだが、その際庄左ヱ門だけが補習なのか騒動に巻き込まれたのかは定かではないが一年は組全員で学園を留守にしていた為に参加していなかった。寂しいねえとぼやく先輩たちの隣で、真面目ない組の彦四郎は「これだからは組は!」としきりに憤慨していたが、その実一番心配していたのだろう。上級生にもなると先生方がついているなら大丈夫だろうなんて呑気に構えていられる程度には情報を持っていて、それを使用し状況を理解することも出来るが、下級生となれば単に友達が厄介事に巻き込まれたとしか知らされないのだから不憫だ。その日の晩に、は組の生徒達は無事に帰ってきたけれど。その後、勘右衛門は庄左ヱ門には会えていなかった。
――お土産でも買って行こうかな。
 思い立ったら即行動ということで、少し歩調を速めて町に寄って団子を購入した。庄左ヱ門の顔を見るついでにお土産だけ渡してしまうか、一緒に食べるか、はたまた委員会のメンバー全員を召集していつもの様にお茶会を開くか。どうなっても大丈夫なように、ちょっとだけ多めに購入したそれを大事に抱え直して、勘右衛門は学園への帰路を急いだ。


02

 学園に戻った勘右衛門は、まず自室に戻り私服から忍装束に着替え直してから、同じ委員会の三郎の部屋を訪ねた。「鉢屋いるー?」という掛け声とほぼ同時に戸を開ければ、だらりと文机に寄りかかるようにしながら読書している三郎の姿が目に入る。同じ顔とはいえ、雷蔵とは間違えようのないそのだらしない姿勢に、勘右衛門はコイツは暇に違いないという確信を持ったが、一応確認はしておこうと口を開いた。

「鉢屋、今、暇?」
「何でそんなぞんざいな話し掛け方するの」

 私、案外打たれ弱いんだから優しくしてよと本を閉じて机に突っ伏してしまった彼を横目に、勘右衛門は部屋全体をじろじろと見まわしながら興味なさげにそうなんだ、と呟いた。「鉢屋は偶に凄く面倒臭いよね」と言ってやりたかったが、此処で思った通りに告げてしまえば三郎はまた嘆き始めて会話がだらだらと続いてしまいそうだったので黙った。勘右衛門は確かに三郎に用があったけれど本命は一年生達であったので、彼は今回はおまけという認識をはっきりと持って貫こうとしていた。要するに、いてもいなくても、たぶんそんなに変わらないと思っている。やっぱり本人には、内緒にしておくけれど。

「で、鉢屋暇なの?」
「んー、超忙しい。超多忙」
「それ同じことでしょ。二回言わないでいいよ、鬱陶しいから」

 恐らく三郎が欲しがっているであろう通りのツッコミを入れてやる。だが明らかに暇を持て余している彼の態度と言葉の矛盾には触れてやらない。本人がそう言っているのだからその言葉を信じてやろう。甘やかしてはいけないのだ。
 まさか三郎も、同級生相手に嘘ばっかり言ってないで遊ぼうよなんて喰いつきを期待したりはしていないだろう。そういうのは、もっと根が正直な人間に願うべきことだ。

「わかった。それじゃあお邪魔しました」

 忙しいなら邪魔はすまい。そうあっさりと踵を返してしまった勘右衛門の背後から、「薄情者!」と三郎の悲しげな罵声が届くが無視をして、さっさと五年の長屋から一年の長屋へと向かう。
 最初に尋ねたのは彦四郎の部屋で、模範的ない組の生徒らしく彼は明日の授業の予習をしていたらしい。突然の勘右衛門の来訪に驚いた様子で、ぱちぱちと数度瞬きをした後、慌てて勘右衛門の方へ駆け寄って来た。同じ委員会の先輩がやって来たので、急遽委員会が開かれることになったとでも思ったのだろう。

「尾浜先輩、どうしたんですか?」
「ちょっと委員会のみんなでお茶会しようと思って」

 言いながら、持ってきたお団子の包みを見せるように持ち上げる。委員会のみんなと称しながらも一人欠員がいることは最初に報告することでもないだろうと口を噤んでおいた。
 明らかに一人では食べきれないであろう大きさのそれは、彦四郎に遠慮の必要のなさを教えるには十分だったらしく、直ぐに嬉しそうに頷いた。

「次は庄左ヱ門を誘いに行こう」
「鉢屋先輩はどうしたんですか?」
「んー、何か忙しいんだって」

 純粋な後輩は、すんなりと勘右衛門の言葉を鵜呑みにして残念そうに眉を下げた。忙しいと言ったのは三郎本人で、嘘と知りながらすげなく扱ったのは勘右衛門だったけれど、ここまで後輩に慕われていたとなると少しの罪悪感が勘右衛門を襲う。だけど、まあいいやと思ってしまう辺り、勘右衛門は立派に三郎の友人だった。彦四郎も落ち込んでいたようでいて、直ぐに話題が庄左ヱ門の淹れるお茶は美味しいだのに映っているし、大した問題でもないのだろう。
 庄左ヱ門の部屋に着くと、丁度そこには彼しかいないようだった。また同室の伊助は委員会で暫く帰って来そうにないからと、いつも委員会で使用している教室ではなく庄左ヱ門の部屋でお茶会を開くことにしてお邪魔する。
 今お茶を淹れますね、と手際よく準備を始める庄左ヱ門に礼を述べながら、勘右衛門は持ってきた団子の包みを開いて自分の分の支度を終えた。

「いただきます!」

 元気に唱えて、お茶菓子といえど行儀よく合掌までする後輩たちに沢山食べてねと微笑んで、勘右衛門も団子を一串頬張った。

「そういえば、鉢屋先輩は?」
「忙しいんだって」
「大変なんだな」

 後輩たちの会話を耳に入れながら、「鉢屋って本当に馬鹿」という言葉を熱いお茶と一緒に呑み込む。ついでに、自分の意地の悪さも同じように呑み込んだ。
 庄左ヱ門の淹れてくれたお茶は、いつも委員会で御馳走になっているのと変わらず美味しくて、団子も凄く美味しくて、この場にいない三郎はやっぱり馬鹿だと勘右衛門はもう一串団子を口に含んだ。後輩たちが寂しがってるぞと届く筈もない念を飛ばしながら、勘右衛門はもぐもぐと口内の団子を咀嚼した。


03

 数分後、「勘右衛門の薄情者!いけず!」と絶叫しながら飛び込んできた三郎に対して、「届くのかよ!」と噛み合わない返事を同じくらい大声で勘右衛門が叫んだ。そして、普段手裏剣を投げるのと同じ動きで食べ終わった団子の串を三郎めがけて投げつける。思いの外勢いよく三郎に当たって、なんとも言えない空気になって、結局委員会のみんなでお茶会をすることになった。
 「忙しいんじゃなかったんですか」と尋ねる後輩に対して、「可愛い後輩とお茶する為に急いで用事済ませてきた」とにんまり笑って答える三郎に、勘右衛門は思い切り顔を顰めてやった。


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夕食まであそべるよと誰かが囁いた
Title by『ダボスへ』




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