※現パロ
※伊助が♀化


 ぱしん、と小気味良い音が響いた時にはもう手遅れだった。
 あーあ、と呆れた様に間抜けな声を漏らしたのはタカ丸で、驚きで言葉を失ったのが久々知だった。三郎次は呆然と自分の頬を打った伊助を瞳に映し、伊助はぽろぽろと大粒の涙を零しながら大きく息を吸い込んだ。

「絶縁してやる!」

 脈絡もなく言い残して、伊助は教室から出て行った。残された面々は、未だ委員会の途中なのにとは誰も咎めず、伊助が姿を消したと同時にくしゃりと顔を歪めた三郎次の救済に当たることにした。
 ひとつ違いの学年同士は仲が悪い。この謎の伝統を色濃く受け継いだ学年に在籍する三郎次と伊助は、性別の違いすら取っ払って口賢しく言い争うのが常だった。尤も、伊助本人は礼儀正しいし、元気は良いが女の子だし、年上の三郎次にちょっかいを出したりはしない。ただ売られた喧嘩を見送るほど大人ではないし、大人しくもなかった。
 三郎次の軽い悪戯から発展するふたりの喧嘩を、周囲は呆れと温さを含んだ眼差しで見守り続けた。委員会の面子が伊助以外男だったからだろう。誰もが三郎次の内側の本音をあっさりと見抜き、微笑ましいものだと頷いた。
 好きな子には、構いたい年頃なのだろう。学年も性別も違えば、触れ合う機会は自然とこの委員会のみに限られてしまうから、つい浮かれて限度を見失ってしまうことも多いようだが。肝心の伊助は三郎次の意識されたいが故の行動を意地悪以外の何物でもないと疑わない。意地悪だと思われてしまっている以上、助けてあげるのが優しさかもしれない。だがその優しさに懐かれてはあまりに三郎次が不憫だからと、タカ丸と久々知は黙って事の成り行きを傍観している。本当は、ふたりだって可愛くて素直な後輩を構いたくて仕方ないのだけれど、三郎次も彼等にとっては可愛い後輩のひとりである。素直では全くないが。

「…今日はなんて言ったんだ?」

 俯いてしまった三郎次に恐る恐る久々知が尋ねれば、ぼそぼそと不明瞭な言葉が返ってくる。纏めれば単純に、伊助の大事なクラスメイトを馬鹿にした発言をしたのだろう。伊助のクラスが学校中で群を抜いて仲が良いのは有名な話だ。成績の悪さも有名だったりするが、男女の差などものともせずに、素晴らしい団結力を誇っている。それは、個々に対する友愛が深いこととも同義で、伊助もそんな中のひとりであるから、仲間の誰をどう侮辱されようと同じように怒る。仲間に対する罵倒は自分への罵倒より耐え難いと、幼いながらに本気で思っているのである。

「三郎次君って悪口下手だよね」
「タカ丸さん黙って」
「だって伊助ちゃんの悪口は伊助ちゃんを傷付けると思って避けたんでしょ?でも伊助ちゃんの場合自分への悪口の方が沸点高いじゃない」

 久々知は思わず空気読めとタカ丸を黙らせてやりたくなったのだが如何せん正論なので叱る訳にも行かなくなった。三郎次も、よもや知らなかった訳ではあるまいと顔色を伺えば相変わらず俯いたまま、一言も喋らない。これは自分で浮上のきっかけを掴まない限りこのままだろう。幼い割には若干プライドの高い後輩を弄る趣味はない。それならばもう伊助のフォローに回ろうかと考えるが、当事者は泣きながら教室を飛び出して行ってしまったのだ。彼女のクラスメイトに泣きつかれでもしたら、三郎次は終わりかもしれない。おかしな団結力と行動力を持つ連中だから、仕返しに来ないとも限らないし。

「絶縁って、凄い言い方されたな…」
「それって三郎次君とかな?それとも委員会と?」
「…まさか、」
「意地悪されてるのに助けてくれない先輩達なんて嫌いです、みたいな?」
「それタカ丸さんも入ってるでしょ!?」

 ただでさえ人手の少ない委員会なので、親しくなりやすいと言えばその通りだ。元来の伊助の懐っこい性格も相俟って、上下関係は良好だったように思う。三郎次の箇所を除いては。
 タカ丸の予想通りだとしたら、事態は更にややこしい方向に向かうに違いない。言っては申し訳ないから言わないけれど、ぶっちゃけ面倒くさい。可愛い後輩だから止めて欲しくはないし、仲良しこよしで円満に活動して行ければそれが一番良いとは思う。しかし集団が個人の集まりである以上ばらけた意識が近くに寄り合っているに過ぎない。恋愛感情なんて、他人の手に負えないものの最たる例だろう。好きになってしまったならば仕方ない。今は三郎次が伊助に向ける気持ちしか見えず、伊助が恋を知らずにいるから傍観するか干渉するかの選択肢が上級生の自分等に与えられているかのように思える。このまま事態がごたごたと収束を迎えなければ自分等も否応無しに可愛く騒がしい後輩等の中に飲み込まれて行くのだろう。

「――…三郎次、謝りに行こうか」
「…はい」
「頑張ってねー」

 重い腰を上げて、促す。他人事のようにひらひらと手を振るタカ丸にはもう何も言わない。自分等の気を重くさせているのは紛れもなくタカ丸の発言の数々なのに、この温度差は一体何故なのだろう。
 申し訳なさそうに眉を下げている三郎次だが、果たしてそれは傷つけてしまった伊助に対してか、喧嘩に巻き込んでしまった先輩等に対してか。わざわざ掘り返して尋ねる気はないが、彼に付き合う久々知もまた申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。伊助への謝罪に付き合う理由が三郎次の恋心の為ではなく、自分が可愛い後輩を失いたくないからだなんて、口が裂けても言えない。
 ただひとり、タカ丸だけはまるで無関心のように、いつもと変わらぬ笑みを浮かべてふたりを見送った。焦らずとも、どうせ円満に落ち着くのだと知っている。
 自分達は、意外と仲良しなのだ。



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繋いだまま生きている
Title by『にやり』




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