常日頃からカールを初めとする菓子を貪り食っている千秋曰く、本日はハロウィンであるが故公然と他人に菓子を要求し食すことが許されているらしい。何か嫌な思い出でもあるのか彼の双子の弟である百春はうんざりとした顔で千秋と関わり合いにならぬよう距離を取っていた。修学旅行の存在を気にしたり、クリスマスに浮かれたり(これは千秋だけではないが)、誕生日でもある正月に片端から部員に電話して遊ぼうとしたり、春休み最終日にもどうように空を強制的に遊びに巻き込んだり。兎角楽しいことばかりしていたい人間だから、ハロウィンというしかも菓子の絡む行事を見逃すはずがないのだ。誰も彼もが親切にお菓子をくれるのならばそれは当然空だって嬉しいけれど、彼の周囲にはハロウィンを盛大に祝う環境は一度たりとも存在しなかったので想像もつかない。それは長野と神奈川の違いではなく、日本全体を通して同じことだと思っている。
 朝練の最中から部員たちに「お菓子を寄越さなければ殺す」と全く聞き馴染みのない脅迫文句を携えてお菓子をせびる千秋から逃げ回り、練習メニューをこなし既に疲れてしまった空の意識からはハロウィンなんて言葉はすっかり零れ落ちてしまっていた。黒いごみ袋を引き裂いてマントのように結びながら教室へ向かう千秋を、百春たちが叱りながら追い駆けて行く。あの顔でお菓子を寄越せと迫られたら逃げ出す人の方が大半だろうに。そう口に出しかけて、自分の悪口を頭に思い浮かべただけで見抜く千秋に殴られたら堪らないと、空は慌てて自分の着替えを終えて教室へと向かった。


 ハロウィンでなくとも、女子高生というものは大抵毎日お菓子を持参している。それを分け合ったり交換したりするのも当たり前のことで目新しい光景ではない。それでも中にはハロウィンという言葉を用いて普段と変わらないお菓子のシェアを気分的に盛り上げようとしているクラスメイトは何人かいた。期間限定のパッケージだったり、味だったり。そういうのは大抵、黒だったり紫だったりオレンジだったり、そして大方パンプキン味だったりする。
 ――パンプキン、かぼちゃ、カボチャ、南瓜!
 あれは煮物が美味いと思う。スープや天ぷらを捨てがたいけれど。空の母親である由夏は生憎料理が不得手だったので、記憶に思い描くのは祖母の作る料理だ。想像すると、釣られて腹の虫が鳴り出すから不思議だ。だって想像の中でいくら満腹くになるまで食べても現実の腹は満たされないのに、空かせる方はこうも簡単なのだから。だらりと机に上体を預けると、情けない腹の音が連続して鳴り続く。たまたま隣を通った女子生徒に「お腹空いてるの?」と問われたので素直にかつ力なく頷けば苦笑と共に一口チョコレートを貰った。礼を言い、勿体ぶることなく口に放り込む。これは、ハロウィンとは関係なく空に放られたものだ。昨日でも明日でも、同じ会話が成され同じものを所持していたら同じ流れに至ったであろうことともの。空にはハロウィンの影は迫って来ない。全力で楽しもうとしていた人間を見てしまった後だからか、自分だけがその波に乗り遅れてしまったかのようで少し寂しい。
 朝練で千秋がお菓子を要求する際に唱えていた言葉を思い出す。ハロウィンで仮装をして練り歩くという具体的な実践をしたことはなくとも、中学時代に英語の教科書で唱えた記憶ならある。少なくとも、お菓子を渡さない対価が死という物騒な言葉ではなかったことは覚えている。当時からバスケと身長、母親の病気のことばかり考えていて、学業の比重は軽くて咄嗟には思い出せない。上体を起こし、腕を組んでうんうんと唸る。重要なことではないし、考え過ぎるとお腹が空くし、だけど気になるし。そんな空の真剣味など知らないクラスメイトが、自分の名を呼ぶ声にあっさりとその集中は途切れた。見れば、入り口にマネージャーであるナオが立っていた。他人のことは言えないけれど、ナオの隣に立つ自分を呼ぶよう頼んだ相手が男子だった所為で、小柄な彼女が余計小さく見えた。乱雑に机が並ぶ教室内を全速力で抜けられるはずもなく、空は小走りでナオの元へ辿り着いた。用件はきっと部活に関することだろうけれど、だからこそ心当たりがなくて彼女から説明してくれることをじっと待った。

「ごめんね、忙しかった?」
「全然、お腹空いて、ハロウィンのこと考えてた」
「千秋先輩みたいに無差別にお菓子をせびらないでよ!?」
「しないよ!?」
「それもそうだよね…。ごめんね、先に三年生の教室に寄ってきたらその…色々凄くて…」
「そんなに?」
「うん。車谷君、近付かない方が良いよ」
「そうする」

 前置きが二言目で脱線してしまうのってどうなんだろう。子どもの会話なんてそんなものだろうか。クラスの違うナオと校舎で話す機会と言えば部活の連絡事項とテスト前の勉強会と本番後の答え合わせくらいのものだ。部活中だったり校外だったりすると割と部員の中では交流の深い方だとは思うのだが。ナオの着ているカーディガンがどこかくたびれて見えるのは、着古したからではなく直前まで上の階で千秋の暴挙に巻き込まれていたからなのかもしれない。責任感と人気と実力を兼ね備えたマネージャーは、それはそれは大変なのだ。空は素直に感心するし感謝する。会話の流れとして不自然過ぎる自覚はあるから、わざわざ伝えたりはしないけれど。

「ねえ七尾さん、ハロウィンの言葉って知ってる?」
「言葉?」
「お菓子を貰う時に言うんだと思うんだけど…。ほら、今朝千秋君はお菓子を寄越さねば殺すって言ってたけどああいう…」
「同系列かどうかは置いといて、トリックオアトリートのことかな?」
「ああ、何かそんな感じだった気がする」
「お菓子をくれないと悪戯するぞって意味だよ」
「そうだそうだ!あースッキリした。ありがと七尾さん」
「どういたしまして」

 軌道修正されない会話で、空は疑問を解消されて満足している。ナオは自分の用件を済ませるよりも彼の話題に付き合うことを疑問にも思っていない。挙句空もハロウィンを楽しみたいのかという方向に思考が転がっていく。常日頃所有者を問わずお菓子やご飯を食している千秋ほどの強引さはないにせよ、空の食い意地は彼に引けを取らないのだ。生憎ナオは現在何もあげられる食料を持っていなかった。一度教室に戻れば、鞄の中にカロリーメイトが入っているのだけれど。申し訳ない気持ちになって肩を落とすナオに、説明のない空はぎょっとする。
 どうしたのだと尋ねようとした瞬間、被さるようにチャイムが鳴った。

「ごめんね車谷君…。後でカロリーメイト持ってくるからね…」
「え?何で?くれるの?」
「次は忘れないから!」
「うん?うん、ありがとう」

 落ち込んだように言い残し、ナオは踵を返し教室へ戻っていく。小さくなっていく背中を見送りながら、何もない廊下で蹴躓く瞬間を目撃してしまい気まずい。そして結局ナオは何をしに来たのだと首を捻る。たぶん用事は確かにあったはずなのに、脱線する会話にそれを見失ってしまったのだ。そして彼女の目的は自分にカロリーメイトを渡すことになっていた。そこへ至る過程が、空には理解できないが。 ――ハロウィンだからかな?
 もしそうならば、自分もナオに何かお菓子をあげなければならない。しかし何も持っていない。購買に買いに行くには財布の中身がない。こんなことなら、先程貰った一口チョコを取っておくべきだったかと少しばかし後悔する。けれど食べてしまったものは仕方ない。
『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!』
 その文句を思い出し、これは自分は悪戯コースだなと息を吐く。ナオのことだから、きっと酷いことはしないはず。けれど彼女と自分のこんな戯れが千秋にばれたらきっと理不尽な責苦を負わされるに違いない。それだけは絶対に嫌だった。だから次にナオとやり取りする際に全て完結させなくてはならない。ふと、二人でカロリーメイトを分け合ったらそれでイーブンに出来ないものかとも考えたけれどやめておく。それはきっと、より千秋にばれた場合のリスクを跳ね上げる。
 もしもの想像はなかなか恐ろしい可能性ばかりを出現させるけれど。席に着いた空は、教科書を出しながらもまだ始まらない授業の終了を願い始める。だってナオがまた来るのだ。カロリーメイトを差し引いたってそれが嬉しい。ナオは知らないだろう。貰えることはわかっている、それでも次の休み時間に彼女が訪ねてきたら「トリックオアトリート」と唱えてみるのも良いかもしれない。きっとナオは笑ってくれる。そうしたら、腹の虫が空腹を訴え続けていたとしたってそれは最高のハロウィンだ。



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成り行きで窒息
Title by『呪文』


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