「彼女を作ろう」

 ぺらぺらとひとり言葉をまくし立てる豹の声に耳を傾けることを放棄して手元の本に視線を落とし続けた。その間にどう会話の流れが変化したのかは理解できないのだが鷹山の耳に届いた一言は確かに聞き間違いと疑う余地もないものだった。
 男ばかりのむさくるしい部活に所属している連中が、思春期宜しく女子に夢見がちな一面を持っていたとしても鷹山はこれといって同調することも否定することもしない。女子、とは。鷹山の座席左右を挟み一緒に日直をこなすくらいにしか関わりを持たず清掃時間に箒と雑巾で野球を始める男子を恐ろしい形相と罵詈雑言を並べて凹ませる強い存在。それからわかりやすい目印としてはスカートを履いて髪を結んでいたりする。こうして情報を整理しているとまるで男しかいない未開の土地に暮らす人間の様だなと思う。だが実際そうなっても代わり映えしない生活を送っているのだから仕方ない。目下目指す地点は揺るぎなく定まっているので脇目を振る必要も余裕もない。性的な意味を含めたとて鷹山はあまり女子に興味がないのがそれを誰かに告げていればすかさずにお前は大半の人間に興味がないのだろうにと言い返されただろう。そうかもしれない。
 とにかく、彼女を作ろうと発言した豹がもう少しその言葉の意味を補強しやしないかと黙って本から視線を上げて次の言葉を根気強く待った。鷹山の他人の言葉への忍耐力とくれば常人の半分とまではいかないがそれに近い。ましてやバスケが関係ない話題となるとその傾向は顕著に表れる。豹は鷹山と合わさった視線をどう解釈したのか、ちょっと準備してくると席を立ってどこかへ駆けて行ってしまった。その際開け放った扉をそのままにして。バスケ部の寮の部屋なので、周囲に住む人間も同じバスケ部員であり顔見知りなので読書をしているだけならさほど問題もないのだが。それは鷹山なので、うっかり覗き込まれて声なんて掛けられたら心底鬱陶しいじゃないかと想像しただけで顔を顰めた。ずぼらのような几帳面のような神経質のような排他的のような。それぞれの片鱗を都合よく掻き集めて、鷹山は上手くいかないことが大前提の世界でやりたいように生きるのだ。
 扉を閉めて、また読んでいた本を手に取った。そして先程豹が出て行った瞬間に無意識に床に置いてしまったそれに栞を挟んで置かなかったことに気付く。これだけのことで、鷹山の機嫌はいとも容易く落下した。


 ふて寝というわけではないけれど、狭い部屋の中で鷹山の手元にある娯楽なんて読書以外に殆どない。それをふとしたことで中断に追い込まれた以上することは眠る以外にないという極端な思考に鷹山は素直に従った。それから数分、元々眠気があったわけではなかったけれど少しだけ微睡みの縁に手をかけたようなふわふわとした心地よさに包まれていた途中、先程自らの手で閉めた部屋の扉が勢いよく派手な音を立てて乱暴に開けられた。誰かなんて、自分の部屋にこんな無礼を働きに押し掛けてくる人間なんて不破豹以外にいる訳がなかった。だから無視を決め込んで、枕に顔を押し付けて両腕で抱え込む。しかしそれくらいでめげたり鷹山の機嫌を察して譲歩を覚える豹でないことも知っている。折れるのはきっと自分の方だと知っているから、さてあと何秒持つかなと記録の方に重きを置いてみたりもする。

「鷹山持ってきた!」
「………何を?」
「服!」

 この辺りから、鷹山の胸中に嫌な予感とも呼べる感覚が広がっていく。これは顔を上げた瞬間負け確定。面倒な事態に巻き込まれるに違いないと。だから必死に枕にしがみついた。呼吸は少しばかし苦しいけれど、後に味わうかもしれない苦しみに比べればきっと多分にマシなはずだったから。
 が、そんな鷹山の抵抗は豹の力尽くによってあっさりと終了した。子どもかと注意してやりたいくらいの要領で豹は鷹山の来ていたTシャツの上着を引きちぎらんばかりだった。鷹山をベッドから引っ張り出そうとする豹の手を叩き落として上体だけを起こし彼の手元を確認した。どんな災いを持ち込んでくれたのやらと気を張りながら。
 豹がこの部屋に持ち込んだものは、鷹山の知る限りの知識を総動員しても服としか言いようがないものだった。ただし冒頭に女物のという言葉が付く。それはつまり、鷹山の身近に転がってきたりは到底しないもの。だけども部屋を出て行った先の豹の言葉と、服のサイズとその他諸々総合してみれば恐らくそれは鷹山に着用を求める為に掻き集めてこられた洋服たちなのだろうなあと妙に達観した地点から悟る。着るかどうかは未だ別問題として。正直よくこの短時間で集めた物だと思う。恐らく顔見知りの女子生徒にでも頼み込んで貸して貰ったのだろう。私物ですと言われたらその瞬間鷹山は豹を部屋から追い出さなくてはならない。個人の趣向に文句をつける気はないが、自分に害が及ぶ性癖を自室に持ち込まれては困るから。

「豹」
「ん?」
「彼女を作るって言ってたよね?」
「だから鷹山にスカート履いて貰おうと思ってね!」
「馬鹿じゃないの?」

 身長と髪型的には問題ないと言い募ろうとした豹の脛を素早く起き上がり蹴っ飛ばしてやれば予想外の攻撃に蹲って耐える。その間、鷹山は豹が見繕ってきた女物の服を勝手に物色させていただく。無難な制服と、スキニーとインナーとニットカーデとそれくらい。如何にも女の子らしい洋服は思いの外選択肢に入っていなかったのか、用意された時点で怒っていいものを豹だからと妥協した所為でその選択に少しばかり好感を覚えてしまった自分の感性が憎い。しかもサイズが恐らく鷹山に悉く合っているものだから開き直りそうになってしまう。

「……これ着て何するの?彼女ってことにはならなくない?」
「デートに行くべや!」
「お断りします」
「なしてそんな丁寧に言うん!?」

 女装で外出なんてとんでもない。鷹山の表情に浮かばない憤慨を豹は読み取れない。だがもう一発先程とは逆の脛にぶち込まれた一撃になるほどと悶絶しながら頷いた。これは相当嫌がっておられる。
 神妙な顔をしながら豹が持ち込んだ女物の衣類を広げては比較している理由はわからないが外出はどうしてもNGらしい。彼女とデート作戦は失敗か。女装なんて単に鷹山なら似合いそうという変哲も捻りもない理由でしかないからさほど執着などないけれど、寮の外へ飛び出して遭遇したクラスメイトの女子に異様なものを見る目を向けられながらも拝み倒して取り揃えた服たちが活用されずに返却されるというのはどうしてか惜しい気がする。

「よーざんどうしても着てくれん?」
「……着用すること自体にジュース一本、一緒に出掛けるというか外出することにコンビニで菓子パン一つ、その後手を繋ぐ等々のオプションに伴い課金制となるけど」
「乗ったー!!」
「豹って偶に凄く馬鹿だよね」

 指で金の印を作りながら無表情で譲歩してやればあっさり食いつく豹の単純さに呆れつつ。スキニーではなく制服を手にしてしまった自分にも呆れながら学校周りを一周するくらいなら構わないだろうとあっさりと腹を括る。それで懐が充実する訳だから一向に構わない。誰かに見られたとして、他人の視線など見向きもしない鷹山なので問題ない。
 最終的に女装した鷹山と豹のデートは手を繋いで近所のコンビニに入りその後本屋に寄って帰ってくるという簡易なもので終わり、だがその短い道中の中で豹の財布が受けた打撃は深刻なるものだった。しかしどこか幸せな顔をしながら泣いている豹の隣で女子の制服姿の鷹山は心底幸せそうな顔で彼に貢がせた食料やら本を両手に抱え込んでいる。
 ――いつか路頭に迷いかけたらこれで行こう。
 鷹山がこんな物騒な決意を固めているとは露知らず。翌日豹が彼女とデートしていたなんて噂が立っても真実は明るみに出ることはない。彼女がいようといまいと、鷹山が女装をしようとしまいと彼の隣には大抵豹がいるのだから、探る必要も無かったりする。取り敢えず、不破豹と上木鷹山は付き合っているのか否か。そんな無粋な疑問が解決されない限りは二人に関するどんな噂も闇の中といった所だ。

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望み、という意地悪
Title by『ダボスへ』



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