鳥が飛んでいる。快晴の空に浮かぶ黒い点は飛行機ではなく間違いなく鳥だった。ただ、その鳥がなんという名前であるのか、それが鷹山には解らない。取り敢えず、家鴨ではないのだろう。家鴨は飛べないのだ。跳ぶことも、あまりしない。
 屋上には昼休みだというのに人気はなくて、真冬の横風はここまで敬遠されるのかと少しばかり意外にも思う。太陽の陽射しの当たるスペースに陣取ればそれなりに暖かいというのに。購買で購入したパンを黙々と食しながら、鷹山はぼんやりと空を見上げている。雲はない。この風だから、あっても早々に流されていってしまうだろう。取り敢えず、鷹山の視界だけは快晴の空を映し続けていた。
 午後の体育はマラソンだと教室で誰かが言っていたことを思い出して、鷹山は二つ目のパンに伸ばしていた手を止める。運動部だし、柔な鍛え方はしていない。食べ過ぎた後に走って脇腹を痛めたり気分を悪くすることはないだろうが、体育と部活の間にも授業はある。腹保ちの方が心配だった。だが今も腹が減っているから昼食にパンを購入して食していたのだ。食べたいと思って買ったものを数時間後の為に我慢することすら、えらい決意を要することだった。
 ひとりで悶々と思案する。不意に、ズボンの尻ポケットに入れたままの携帯から着信を教える振動が伝わって来る。鷹山はパンを片手にもう片方の手で携帯を取り出すとそのまま相手を確認することもなく通話ボタンを押して耳に当てた。昼休みに電話を掛けてくるような知人は、鷹山にはさほど多くないので、大体の目星は着けられる。

『もしもし、鷹山君?』
「うん」
『今こっちは昼休みなんだけどそっちは?』
「昼休みでもなきゃ電話出ないよ」
『それもそうだね!』
「うん」
『………』
「…何?」

 電話をかけてきたのは鷹山の数少ない他校の知り合いである車谷空。友人とは少し違うのだと、お互いが思っている。
 初めての邂逅と共に交わした約束はなんとか果たされていて、今ではこうして連絡を取り合ったりしている。不精というよりずぼらな鷹山は、自分からは用事がなければとんとメールも電話もしなかった。その為初めて空が特に用事もなく新しいバッシュを買ったと写メを送ってきたときはへえ、というほぼノーに近いリアクションしか出来ずにうっかり空メを送信してしまった。そうして今度は鷹山の対応に困惑した空との数回のメールを経て、こまめな人間は用がなくとも電話やメールを寄越すのだと理解した。たとえ相手が鷹山で、返事に期待が持てなかったとしてもだ。
 そんな暇人がいるのかと若干の揶揄を込めて呆れてみせれば、空はだから世の中ブログやらツイッターやら日常の捌け口が充実しているのだと言った。妙に納得してしまって、それが少しだけ悔しかったのは秘密だ。
 そんな風だからきっと今回も、そんな鷹山よりはこまめな空のなんてことないちょっかいなのだと鷹山は受け止めている。

『お昼を屋上で食べようとしたらさ、誰もいないんだよ』
「へえ、うちもそうだったよ」
『そうなの?やっぱり寒いからみんな教室で食べるんだね』
「息苦しいのにね」
『暖房?』
「それもあるし、隣の席の奴が他のクラスのも呼んだりするから居心地悪い」
『鷹山君人見知りしそうだもんね!』
「………」
『図星?』
「うるさい」

 いつの間にか片手間だった通話をメインに据えて、食べようがない昼食に風で砂埃が被らないようにとビニール袋に戻す。自分以外誰もいない屋上でこんなに喋ることになるとは思わなかった。
 ひとりで昼食とか寂しくないかと呆れていた部活仲間に、鷹山はもともとひとりが気楽だから迷いなく寂しくないと答えたけれど。実際、寂しくなんてなれなかった。鷹山を構い倒す人間の方が珍しくて、その分彼を構い倒せる人間はよっぽどしつこいかそれ以上にマイペースな人間なのだと鷹山は自覚している。空はたぶん前者と後者の中間点。人の話を聞かない時があって、自分の意見も曲げなくて。良いところないねと面と向かって言ってやれば憤慨しながらも鷹山君だって同じじゃんと言い返してきた。初めて会った時に交わした会話では、正直鷹山は空のことを嫌いと認識しかけたほど開けっぴろげな物言いをする所が彼にはある。
 それが今では昼休みに電話で話すような仲になっているのだから世の中わからない。毎月残る無料通話料が今となっては懐かしい。基本的に掛けてくるのが空からでも、タイミング次第では鷹山が掛け直さなくてはならない時もある。そうして大抵は女子かと辟易する程に喋り倒す彼の話に相槌を打つのだ。友人ではないだろうと、思っているのに。

『今度練習試合なんだ!』
「………」
『鷹山君?』
「いや、話題がいきなり変わったからなに言ってんのかわからなかった」
『え?えー、そう?』
「君と普段会話している人達が気の毒になってきた」
『…どういう意味ですかね』
「うちは毎週練習試合みたいなものだよ」
『鷹山君はほんっと人のこと言えないと思う』

 だってそれは空が怒らないからだ。電話越しに不満げな気配を感じながら、どうせ唇を尖らせているのであろう。だがそこに鷹山への怒りだとか嫌悪だとかマイナスな色が滲むことはなくて。喧嘩腰に突っかかってくるような人間も事態も嫌いだった。意見も意思も貫きたいだけでぶつけ合うのはあくまで最小限が望ましい。
 ――甘えてるのかもしれない。
 距離がある故の気楽さに。近すぎないが故の付き合いやすさに。空はそんな鷹山の、当たり前のように他人と自分の明確な線引きなど気付いていないだろうけれど、自分は割と我儘だと鷹山は自覚しているから。利用しているのとは違うし、気安さの裏には確かに親しみがあるのだから悪くはない。それでも時々、自分からは何も踏み出せないことが申し訳なく思える時がある。

『空が青いねー』
「……うん」

 だけど、こんな呑気な会話が楽しめる間はそうないから。与えられるものを享受しているだけでも構わないだろうと目を伏せる。電話の向こうの彼はきっと、そんなことと許してくれるに違いない。


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言葉を生んだひと
Title by『にやり』




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