今月の小遣い残額がやばいと嘆く豹の隣で平然とした顔で先程購入してきた牛乳にストローを差し込んだ途端、一口寄越せと手を伸ばして来るから、まあ予想通りだと鷹山は上体を捻ってそれを交わしてそのままストローを咥えてしまう。それを見ても未練たらしく宙を彷徨っている豹の手を手刀で落とせばしぶしぶながらにその手を引っ込めた。
 バスケ部の中で唯一テスト成績が平均点を下回っている豹の為に、鷹山が自分のテスト勉強の片手間に面倒を見ることになったのは、別に呼人や先輩に頼まれたからということはなく、豹本人に背後から圧し掛かられながら頼まれたからであった。

「なんか次のテストで平均点以上取らんとなんかやばいらしくてそんで勉強しても全然わからんでやばいから助けて…下さい!」

 切羽詰まり過ぎて何を言っているのか良く分からなかったし、最後に取って付けたような丁寧語も鷹山には違和感しか残さなかったけれど、豹の成績がやばいことなんてかなり前から知っている。そう言ったら、豹は何も言い返せないみたいで、ちょっと可哀相になって来たから、豹の言葉をちゃんと理解してあげようと少しばかり考え込んだ。生憎彼の言葉を一言一句反芻出来る程意識して耳を傾けてはいなかったけれど、たぶん平均点を下回ったら追試に合格するまでバスケ禁止等と脅しをかけられたのだろう。前回の豹の成績から鑑みれば、それは脅しではなくただの事実で連絡事項に過ぎないのだけれど、バスケを基準に生活しているような連中の集まりの一員でもある豹にとって、勉強とはつい疎かにしてしまったものではなく端から捨てている部分なのでテストの成績は毎度芳しくない。
 鷹山の成績も飛び抜けて優れている訳ではないけれど、毎度平均点以上はキープするように心がけている。バスケ部員の大半がそうであるし、それがバスケに全てを懸ける上での必要最低限の条件といっても良い。自分たちが目指し、活躍する場に立つ条件は学生であることだし、学生である以上本分は勉学だと世間一般は唱えるのだから。

「そこ、違う」
「何所が!?」
「何所がって…とりあえずxの値を出すのにyを用いてる時点で違う」
「…つまり?」
「最初から違う」
「ならもっと早く言うべきだがや!」
「………」
「ごめんなさい」

 そもそも豹は人選を間違えていると鷹山は思う。豹より成績の良い人間と言ったらこのバスケ部寮にいる全員が対象となるけれど、自分はそれほど他人に物を教える能力に秀でてはいないのだと自覚している。そもそも前にも述べたが鷹山の学力だって特別優れている訳ではない。分かる所は分かるが、分からない所は分からないので彼だって他人に教えを乞うこともある。だからこうして珍しくテスト勉強に頭を悩ませている豹の隣で、鷹山も自分の首を締めないよう同じ様にテスト勉強をしているのだ。
 先輩に聞いた方が良かったのではないかと思いながら、鷹山はそれを言えずにじっと自分の手元に集中してペンを動かす。一度引き受けた面倒を他人に投げるのは申し訳ないし、先輩らも頭の良い人間ばかりではないから、今頃テスト勉強に勤しんでいるかもしれない。テスト前だからと言って部活が休みにならないので、費やせる時間も限られている。可愛い後輩の為に一肌脱ごうじゃないかなんて性質の先輩は、鷹山の脳裏に一人として過らなかった。頼られたら応えてくれるかもしれないけれど、無条件に甘えさせてくれるような人間なんて、そうそういるはずもない。

「もう数学はイヤ」
「…じゃあ日本史にしとけば?暗記で済むし」
「鷹山は何しとるん?」
「古典」
「難しい?」
「別に、一度授業でやったとこしか出ないんだし」

 我ながら雑な対応をしてしまっているとは思うのだが、如何せん時期が時期なだけに他人とのお喋りに興じて時間を無駄に浪費している暇はないのだ。元より鷹山は口数が少ない人間なので、会話に於いては受け身に回ることが殆どだ。そして、受け取った言葉を広げて返そうという気が一切ない。相手が自分の言葉にどんな印象を受けるかもさほど気にならない。
 会話が止まってしまったことに、自分の所為かと思う所があるので。だけど何とも言わずにノートに落としていた視線をまた豹に向けてみると、彼にしては珍しくしょげ返ったように俯いていた。解けずに飽きてしまったであろう問題は結局解けないまま、ノートに押し付けられたシャープペンはその一点から動く気配を見せない。
 どうかした、とは口の中が乾いてしまってしっかりと声にならなかったので、少しだけ首を傾げて終わった。置いておいた牛乳パックにもう一度口を着ければなんだかひどく温くなっている気がして一口で飲むのを止めてしまった。

「豹?」
「よーざんはさあ、一人で勉強する方が、良かったりするん?」
「……?勉強はその場に誰がいようと一人でするものでしょ」
「そうじゃなくて…俺、邪魔?」
「別に?」

 教えてくれと頼まれたから一緒に勉強している人間を邪魔扱いするのは変だろう。鷹山はそう心底思っているから、豹の邪魔かという問いを間髪入れずに否定した。バスケに於いては完璧に鷹山の方が豹の方を追い駆ける関係だが、それ以外だとどうも豹は鷹山よりも子どもじみた言動が目立つ。周囲から見れば、今の光景は鷹山が豹を叱りつけて反省させているかのように映ったりもしているのだろうか。

「…豹が次のテストで全教科平均点行ったら、」
「何かご褒美くれんのかい?」
「それは寧ろ勉強教えた僕に寄越すべきじゃないの」
「うぐ、」
「平均点取れたら、また思い切りバスケ出来るんだから頑張りなよ」
「……」
「豹がバスケしてないなんて変だよ」
「……鷹山もな」
「うん、」

 不意に、バスケがしたいと思ったけれど、思い立ったからと行動する訳にはいかない。テスト明けの開放感に今から想いを馳せているのか、豹は止まっていた手をせっせと動かし始めている。覗きこんだ答えは、相変わらず間違いだらけで、鷹山は零れる溜息を止められない。仕方ない、引き受けたのは自分なのだからと持っていたシャープペンを置いて、赤ペンに持ち替えると、今しがた問題を解き終えたばかりの豹のノートにくっきりとバツを書いてやった。今日一日くらい、みっちり彼の勉強に付き合ってやろう。自信があったのか、げんなりとした表情を浮かべる豹に、鷹山は「全然違うよ」と微笑んだ。


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降伏しましょう
Title by『にやり』





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